58 最後の思い出に……思い切りエッチしよ?

 春休みを迎えた。


 僕と遥花が出会って付き合い始めてから、もうすぐで1年が経とうとしている。


 本当に色々なことがあった。


 これからも、ずっと彼女と一緒に居られると思っていた。


「幸雄、話があるの」


 いつものように、遥花のアパートにて、二人でくつろいでいた時のこと。


 遥花が改まった様子でそう言った。


「うん、どうしたの?」


 遥花はテーブルの前に正座をした。


 僕も何だかかしこまってしまい、同じようにする。


「あのね、この前、両親と将来の進路について話し合ったんだ」


「うん」


「それでね……あたし、イギリスに留学することになったの」


 正直、その事実はあまりにも重たかった。


 けれども、僕は揺るがずに、遥花の言葉を受け止めた。


 何となく、心のどこかで覚悟はしていたから。


「そっか……」


「だからね、このアパートからも巣立つの」


「うん、寂しいね」


「幸雄とも……」


 遥花はきゅっと唇を噛み締めて俯いた。


「……この一年、僕は遥花の恋人でいられて幸せだった」


 僕は言う。


「君は本当に魅力的な女の子だったから。僕はいつもドキドキしていた」


「あたしだって、そうよ。幸雄は最高にカッコイイ男の子」


「ありがとう。だから、君の将来のために別れることになっても……」


 その先の言葉が出て来ない。


「……好きだ」


 精一杯、その言葉を絞り出した。


「……バカ」


 遥花は言う。


「何で、そんな風に良い子なの? それが幸雄の唯一の欠点だったりするよ?」


「遥花……?」


「あたしのことが本気で好きなら、もっと求めてよ」


 遥花は胸に手を置きながら、僕を真っ直ぐに見つめた。


「嘘なの……」


「えっ」


「ちょっとしたドッキリです! テッテレ~!」


 遥花は両手を握って、目を閉じながらそう叫んだ。


「……じゃ、じゃあ、留学はしないの?」


「うん。だって、あたしは英語を話せないし。日本が好き……ううん、何よりも幸雄が大好きだから」


 微笑む遥花のそばに寄って、抱き締めていた。


「僕も大好きだ……」


「んっ……幸雄の体が温かい」


「遥花もだよ……」


 僕らは唇を重ねた。


「……でもね、このアパートを出るのは本当なの」


「そうなの?」


「うん。次はもっと、壁がしっかりと厚い所に引っ越そうと思って。これ以上、山本さんに迷惑はかけられないから」


「そうだね」


「それでね、なんだけど」


「ん?」


「良ければ……幸雄も一緒に住まない?」


「へっ?」


「こ、今度は3年生で受験もあって大変だけど……二人で一緒にがんばりたいの……それから、エッチなことも」


「エッチなことは欠かせないんだ?」


「うん。もし、幸雄と距離を置いて頑張っても、きっとムラムラして勉強に集中できないから」


「だったら、お互いに思い切りエッチをして、勉強をするようにした方が、効率が良さそうだね」


「うん。ダメ、かな?」


 少し不安げな遥花の顔を見て、僕は微笑む。


「夢みたいだよ、遥花と一緒に暮らせるなんて。家賃、ちゃんと払うよ」


「出世払いで良いよ。もしくは、カラダでお支払いとか♡」


「いくらでも払うよ、遥花のためなら」


「幸雄……♡」


 僕らはまたキスをする。


「……今日はこのアパートで、最後の思い出エッチをしよ?」


「うん」


「安心して、山本さんは気を利かせて出かけてくれているから」


「あれ? さっき来た時、顔を合わせたよ。今日もご迷惑をおかけしますって、言っておいたけど」


「えっ!?」


「もしかしたら、山本さんも、最後に聞きたいのかもね?」


「そ、そうなのかな……」


「じゃあ、今日は思い切りしようか」


 僕が少しからかうように笑って言うと、遥花はぷくっと頬を膨らませる。


「もう、バカ」


「ごめん」


「良いよ。じゃあ……死ぬほどエッチして?」


 遥花のその言葉が引き金となり、二人で一斉に服を脱ぎ捨てた。


 確かに、最後のエッチだけあって、遥花は思い切り声を出した。


 僕も思い切り彼女を抱いた。


 ありがとう、僕と遥花の思い出のアパート。




      ◇




「あん……あっ……あん♡ 幸雄……すごい……幸雄ぉ~!」


 壁の向こうから響いて来るその声を聞きながら、一人でチューハイ缶を飲んでいた。


「……羽ばたてよ、若人」


 我ながら、少しかっこをつけているなと思っていた。







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