51 二人も熱々だから問題ないよねっ

 冬も本番。


 日を追うごとに、どんどん寒くなって来る。


「この時期は、やっぱり辛いね」


「うん。あ、今日はおでんを作ろうかな」


「え、本当に? 嬉しいなぁ」


「ふふふ。ちょっと待っていてね♡」


 遥花はルンルンとした様子で台所に立つ。


「ちなみに、幸雄はおでんの具材だと何が好きなの?」


「ちょっと贅沢だけど、だし巻き卵が好きなんだ」


「分かった、じゃあ多めに入れてあげるね♡」


「ごめんね、手間だろうに」


「ううん、愛しいダーリンのためだもの♡」


 遥花はまたそんな風に可愛らしいことを言いながら、くるくるとだし巻き卵を作ってくれる。


 僕もウキウキした気持ちでおでんの完成を待った。


「はい、お待ちどおさま♡」


 遥花が大きな鍋を持って来た。


 テーブルの上にセットしておいたカセットコンロの上に置く。


「ジャーン!」


 ふたを開けると、湯気が立つ。


「うわぁ、美味しそう~」


「さあ、冷めないうちに食べましょう?」


「うん。いただきます」


 僕は箸を手に取って具合を掴もうとした。


「待って、幸雄」


「え?」


 遥花は僕を止めて、それからだし巻き卵を箸で掴む。


「はい、あーん♡」


「あはは。あーん」


 僕は照れながらも、好物を前に口を開く。


 そして、唇に触れた瞬間。


「……うわっちぃ!?」


 喉が裏返ったような悲鳴を上げた。


 慌てて水を飲む。


「は、遥花? これは一体……」


「ごめんね、せっかくだから、すごく熱々のおでんにしてみたの。あたし達みたいでしょ♡」


「バ、バラエティーだね、これは……」


「うふふ、楽しいでしょ? ほら、もっと食べて」


 遥花は笑顔で大根を差し出して来る。


 改めて見ると、湯気の立ち方が少し尋常じゃない。


 ぐつぐつと煮えるおでん鍋の中身は、今から僕の口内を容赦なく攻撃してくる連中なのだと思うと、今すぐ逃げ出したい気持ちだ。


「ほら、ダーリン。あーん♡」


 遥花は笑顔で容赦なく僕の口にちょん、と大根をくっつけた。


「うわっち!」


 僕は悶える。


「うふふ、ダーリンってば可愛い♡」


「は、遥花。自分だけズルいよ」


 僕は箸を手に持つ。


「遥花はどの具材が好きなの?」


「え、はんぺんかな……あっ」


「よし、分かった」


 僕はニヤリとしながらはんぺんを取る。


「はい、あーん」


 遥花はたじろぐが、観念したように口を開く。


「あ、あーん……」


 ぴとっ。


「……んああああああああああああああぁん!」


 そして、案の定、エッチな大声を出す。


「こら、遥花。山本さんに迷惑がかかるでしょ?」


「そ、そうだけど……声を我慢できない」


「自業自得でしょ? ノリでこんなことをするから」


「だ、だって~……幸雄と色々なことがやりたいんだもん」


「じゃあ、もっと食べようか。次は昆布巻きなんてどう?」


「あ、これならまだ食べれそう……」


 ぱくっ」


「あちゅいよおおおおおおおおおおぉ!」


「アッハッハ! 遥花、可愛いよ」


「くぅ~……幸雄も食べて!」


 ぱくっ。


「あっつ!」


「キャハハハハ!」


「やったな~?」


 僕は少し怒った顔をしながら、次の具材を吟味する。


「よし……コレだ」


 僕が選んだのはソーセージだ。


 熱々のおでんつゆに浸っていたそれは、部屋の照明を受けてまたてらてらと輝く。


「ゆ、幸雄……それはダメ。絶対に熱いし……太いよ」


「けど、遥花は好きでしょ?」


「バカ! エッチ、スケベ、変態!」


「遥花に言われたくないよ」


「うぅ~……」


 遥花は小さく唸りながらソーセージを見つめる。


「……まあ、幸雄のよりは可愛いサイズだしね」


「ちょっと、何を言っているの」


「何でもないもん。食べれば良いんでしょ?」


 遥花はぷんと頬を膨らませて言う。


「じゃあ、あーん」


「あーん」


 遥花は少し不機嫌そうにパクっとした。


「うああああああああああぁん!」


 そして、また大きな声を出す。


「はぁ、はぁ……何コレ、すごく熱くて……サイズは幸雄の方が上だけど……熱さはそれ以上かも……」


「こら、遥花さん」


「嘘だよ。幸雄のだっていつもすごく熱いから♡」


「いや、そうじゃなくて……」


「じゃあ、次は幸雄ね。えっと、じゃあ……これで」


「うっ、白滝か……」


「ほらほら、早くぅ~」


 遥花はニヤつきながら白滝を揺らす。


「わ、分かったよ」


 パクリ。


「あっつ!」


「幸雄、一本だけほどいて食べてみて」


「いや、そんな器用なこと出来ないから」


「もう、仕方ないなぁ」


 遥花は一度お皿に白滝を置き、箸を使ってほぐす。


「あ……これ、何かちょっとイケナイ気持ちになっちゃう」


「何で?」


「何でもないの。はい、1本あがりぃ」


 遥花は器用に1本だけにした白滝を僕の前にちらつかせる。


「あむっ……あつっ……けど、さすがに大丈夫だ」


「じゃあ、あたしも……」


 遥花はバラした白滝をちゅるりと吸う。


「熱い……うふふ、何だかイケナイ気持ち♡」


「は、遥花さん……」


「ほらほら、幸雄。まだいっぱい残っているよ?」


「何て苦行だ……」


 初めて、遥花の料理が恨めしいと思いました。







  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る