第79話 陰陽師、人とは何かと教育者に問う

 この学院の緊急職員会議は熱が入る。

 広大な敷地にそぐう、かなりの人数の教職員。

 更にはグロリアス魔術学院の学院長、理事数人、そして一番奥で審判を一番下す位置には理事長が座している。

 物凄い分かりやすく「エニー=ノットを在籍させるか退学するか」という境界線で席が分かれて対立していた。

 

 俺達はその職員室に入る前から、激論が耳に入っていた。


「ではやはり、エニー=ノットについては退学という方向でよろしいですな!」


 理事長を除いた中で、一番権力を持ってそうな白髪ジジイが聞き捨てならない台詞を吐いてくれやがった。

 しかし乗り込もうとしたその時に、ヒューガ先生の低い声が俺の怒りを鎮めていた。

 

「待ってください。まだ結論は何も出ていない。エニーが一体何かをしましたか? 王国軍が、街の人達が勝手に恐れているだけでしょう? 何故学院が右に倣えで生徒を放り出そうとするのですか」


 圧倒的な数の人間がエニーを退学させる側の席に座って腕組しているのが見えた。

 反対派のメンバーにヒューガ先生やエレナ先生がいる。

 特にヒューガ先生は自分よりも立場が上の理事達に一切妥協することのない視線を送り、世界でたった一人の少数派になろうとも徹底抗戦を繰り広げようとする教師の鑑が佇んでいた。

 

「ヒューガ先生もしつこいな。いいですか? 既に王国全体として彼女は敵として判断しています。ヴァロンの一件で改造魔物キメラの脅威というのは学院内にも、この王国にも再沸騰したんですぞ。魔物を匿う教育機関など、どれだけ目の敵にされるか……。評判が落ちて入学者激減どころの問題ではない! 取りつぶしだって考えられる! この永い永いグロリアス魔術学院の歴史を、君達は終焉させたいのか!」


「過去より……生徒の未来を取る気はないのですか」

 

 ヒューガ先生が毅然と何か反論しようとしていたが、ごめん。

 俺、我慢できねえや。

 気付けばテーブルの上に、行儀悪く俺は座していた。

 

「なっ……」


 一同の視線が俺に注目される。

 ステージに上った歌手ってのは、こんな気分なんだな。


「流石理事。算盤の音鳴る回数でしか物の価値を測れていねえですね」


「なんだ君は……!?」


「でもそんな大人たちに導かれるんじゃ生徒としては不安だな。エニーよりあんた達の方こそ先に出ていったらどうだ?」


「なんだと!?」


「さっきから黙って聞いてりゃ、評判が落ちるだとか入学者が減るとか周りからの圧がどーたらこーたらとか……生徒について案ずる発言が一切ないっすね」


 ヒューガ先生も流石にテーブルの上から生徒が理事に物申すという状況にまずいと感じたのか、俺を戻そうと動く。

 だがそれを無言で制したのは、奥にいた女性の理事長だった。

 確かキーチ理事長といったか?

 70代と聞いているが、明らかにどう見ても肌年齢含め外見年齢30代にしか見えないじゃねえか。

 

「ツルキさんと言いましたね。続けなさい」


 ……あまりそう言われると、続けにくい内容ではあるんだが。

 っていうか俺の名前ご存じなのかよ。


「そりゃ大人の思惑もあるでしょう。ただそれを聞いた生徒の立場としては憤懣やる方ないってのが正直な感想でしてね」


 理事達の訝し気な顔が俺の視線に並ぶ。

 どいつもこいつも豊かな老後を送るのが夢ですって顔をしてやがる。


「そんなに思うが儘に皮算用したいんだったら、土地買って牧場でもやればいかがですか? それはさぞかし上質なお肉が出来て、食うにも売るにも困らんでしょう」


「先ほどから言わせておけば……!」


「……じゃあここにいる大人達に問いたい。あんた達にとって人ってなんだ?」


 人間の定義。

 人はそもそも、何であれば人であるのか。

 同時に、命ってのは何をもって命であるのか。


「肌色の形をしていれば人か? 背中から翼生えてなきゃ人か? あんたらにとって都合のいい体を持っている奴を人と呼んでるのか?」


「少なくとも造られた改造魔物キメラであるエニーを、人と呼べるのか!?」


「呼べる」


 俺は短く、しかしはっきりと理事達に言い放つ。


「部品単位からせっせと作られようが、お袋の臍の緒からおぎゃあと生まれようが、んなもん関係ねえでしょうが。エニーはちゃんとあの小さい体に合わないでけえおっぱいに心ってもんを宿して! 自分がどうしたいのか、どうなりたいのか、そのために何がしたいのかってちゃんと考えてんだ! だからこのグロリアス魔術学院だって入学してんだ! あそこにいるアルフに、主従関係なく一緒にいたいから! 尽くしたいからここの門を叩いたんだ!」


「……ツルキ」


 アルフの呟く音が聞こえた。

 俺は構わず、続ける。


「エニーが改造魔物キメラだから。エニーが天使の力まで持ってるから。山一つ吹き飛ばすような力持ってるから。ここに揃いも揃って学問や魔術、体術のプロが束になったってかなわないかもしれないから。手に負えねえから逃げ出したいだけなんじゃないんですか!?」


「……その通りだ」


 理事の一人が、俺をにらみ返してくる。

 

「その通りだ。あれは紛う事なき魔物だ。あの魔物を駆除しなかった結果、王都の人間に被害が及んだら? 君は責任が取れるのか!?」


 責任が取れるのか。

 その返答に、俺は右手に一枚の紙を出現させる。

 陰陽道を使っているが、技名は省略。

 今ここにいる全員に示したいのは、この紙が“退学届”となった結果のみだ。

 

「い、今何を……」


陰陽道んなコト喋ってる尺はねえんだよ。ああ。責任取って学院だって辞めてやるよ。なんだったらテロリストとして牢獄にでも入れてみろよ」


 俺はその退学届を紙飛行機にすると、キーチ理事長の目前にまで投げる。

 まぁ、と暢気な声。この人もただもんじゃねえな。

 まあいいや、それよりもエニーだ。


「エニーはそんな奴じゃねえし、仮に改造魔物キメラとしての機能が邪魔するってんなら、全身全霊でいの一番に止めにいく。そのエニーが帰ってきた時、この学院にあの子の椅子がない状況は、俺は絶対に認めない……どうかご先達の皆様方には、教育に携わる人間として、エニーを化物とか人間とかそんな線引きをせず、一人の生徒に対する賢明な判断をお願いしたい」


 俺はそう言って、机から降りて深く頭を下げた。

 前世から変わらない、一番の礼儀を尽くす方法だ。

 

「……この学院の良さは、貴族主義になびかない。僕はそんな自由な校風がとても生きやすかった」


 そんな俺の隣で、アルフもまた頭を下げていた。


「故に僕が王族でも、こうやって自身の進退を簡単に賭ける事が出来る」


「アルフレッド殿下……」


「理事。今この場で僕に殿下という名称は相応しくない……僕はエニーの、家族としてここにいる。エニーは僕が6年ずっと見てきた。あの子の事は僕が一番よく知っている……故に、あなた達が想像するような、凶悪な存在じゃない。一人の、頭のいい女の子です」


「ですが……」


 理事達も、それなりの立場にあるからこそ、王家とも近い。

 故にアルフに対して強くは出れないようだ。だが、そのアルフの存在でも中々変えられない思いという物はある。

 理事達の中にそれがあると分かったうえで、アルフは胸元からあるものを取り出した。

 

「ってお前……それ、退学届じゃ」


「……エニーがもし、こういう事になったら、どこかで必要だと思って。最初に準備していた……もう使うとは思わなかったけど」


 俺の紙一枚とは違う。ちゃんと封筒に封をされた、退学届だった。


「身内のいう事など信用できないというのなら、王族の策謀が絡む等訝しげになるのなら、僕だって賭けるものを賭けさせてもらう」


「……」


「あの子は僕の家族です。どうか王関係者の人間としてではなく、一人の人間として、僕のわがままを通させてください」


 再度頭を下げるアルフ。

 その反対側で、ハノンも頭を下げていた。

 どよめく職員会議の場所に、終止符を打ったのはキーチ理事長の拍手だった。


「……子供達の、ヒューガ先生の、エニーさん残存派の勝ちですね」


「理事長!」


 理事達が訝し気な顔でキーチ理事長を見た。

 そんな理事達を諭すように、キーチ理事長は続ける。


「確かにエニーが改造魔物キメラであり、危険があるのは事実。そのリスクを背負うことにより、他の生徒達や、教職員に危害が加わる可能性がある。私はそれを恐れていました」


「その通りです。ですから……!」


「しかし、前回のアレン君の亡命は規定違反として退学させたものの、今回エニー自身は何も規定違反をしておりません。それに得た情報によれば、王国軍が一方的に彼女を追い詰めているだけにも聞こえます。彼女を一人の生徒として捉えた時、何か退学に当たるような事をしましたでしょうか。理事」


「そ、それは……」


「これから先、何かをするかもしれない。そんな曖昧な理由で彼女から居場所を奪ってしまえば、たちまち改造魔物キメラとしての生しか送れなくなるでしょう。それは大人の役目では、教育者の役目ではありません」


 次にキーチ理事長は、俺達を見た。


「ツルキ君、そしてアルフレッド君。貴方達の魂に、感服いたします。ですが三つだけ言わせてください」


 ですが、と否定語を加えたうえでキーチ理事長が続けた。


「一つは、完全にエニーさんが人類にとって敵かどうか、まだ測りかねている状態です。完全に我々人類を滅ぼす存在であると分かった時には、私も容赦はできません」


 他の理事達とは違う。このキーチという人間が、学院の経営という観点と、教育者としての矜持を天秤に乗せている状態だ。

 乗せた上で有無を言わさない強さが、叫ぶでもない彼女の口から感じられる。


「二つは、別段理事達もお金ばかり考えているわけではありません。彼らも彼らの立場があっての、今回の判断です。もう少し相手の立場で見通せるといいですね」


「……すんませんでした」


 俺への指摘だろう。素直に謝っちまった。


「三つは――」


 そしてキーチ理事長は俺が投げつけた退学届を一度掲げると、炎の魔術で灰にするのだった。

 

「エニーを生徒として在籍させるというのは、この学院として判断したことです。よって責任を取るのも私達、学院です。君達はまだ責任の取り方を学ぶ側であって、責任を取る側ではありません」


 ……こちとらそれなりに覚悟をして出した退学届を、そう灰にされるとずっこけそうになる。


「ヒューガ先生。エニーの件、担任としてよろしくお願いしますね」


「承知致しました」


 毅然とした態度でヒューガ先生が頷き、職員会議は終了した。

 エニーの居場所は、まだ残っている。

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