第78話 陰陽師、親友とガチの殴り合いをする

「ツルキ君……!」


「来るんじゃねえ、ハノン」


 間髪入れない。ハノンにも手は出させない。

 

「こういう大人ぶって達観した振りの子供はよ、何回か殴らねえと目ぇ覚めねえ!!」

 

 俺は唇から血を流すアルフの胸倉をつかみ、体を揺さぶる。


「王宮が、国民が、魔術学院がエニーを見捨てようとしてっからなんだよ。尻尾巻いて、お前もエニーをほったらかしかよ」


「……なんだと」


「王子ってもやっぱだらしねえんだな。熾烈な教育やら、王家としての義務やらのおかげで多少は厳しく育てられてもよ、心がなっちゃねえ」


「君に……」


 低い声。

 途端、アルフの右拳骨が俺の頬を一閃した。

 

「君に何が分かる!!」


 転がって青空を見上げる俺。

 起き上がる隙間も与えず、アルフが俺の上に馬乗りになる。

 逆に襟を思いっきりつかんで、息が出来ないくらい力を入れて顔を近づけてきやがった。

 苦痛に塗れた、殿下という鍍金が剥がれた顔を。

 

「ここに来るまでの道のりで、君も見ただろう!? 正式発表がなくとも、みんなエニーを異物としてしか認識しなくなった!! みんなエニーを見つけたら殺しに来る!! 僕の説得だって全く耳を貸さない! 怖い怖いばかりで、真実を見ようともしない!! それが人間なんだよ!!」


 雄叫び。縄張りを犯されたかのような獅子が威嚇するように、唾を飛ばしながら声の暴力をぶつけてくる。

 だが俺には全部弱音にしか見えない。


「……だから全部終わりだってのかよ、このボンクラ王子が!!」


 頭突き。

 アルフをのけぞらせるとそのまま押し倒して、逆にマウントを取る。

 

「世界がどーこー、あーだこーだ言うからってよ!! 世界中がエニーの敵だからってよ!! お前まで諦めちまったら、本当にエニーに味方になってくれる奴はいねえぞ!! あの子、ずっと独りぼっちなんだぞ!! ずっとずっとずっとずっと、てめぇの自由を捨ててまで、あの子はお前と一緒に行きたいって道選んでんだよ!! 自分の自由で、お前の隣にずっといたいって、心の底から言ってくれる奴なんざこの世のどこを探したっていねえぞ!?」


「……僕の隣に……ずっと……」


「お前は嫌ってたみたいだがな……お前はあの子に自由な道を歩いてほしくて、それで改造魔物キメラじゃなくなる方法はないかって四六時中東奔西走してたんだろ!? お前らそれくらいに熱く互いのことを思いあえるんだろ!? んなもん家族とかすら超えてんじゃねえか!?」


「……くっ……うぅ、ううううううううあああああああああ!!」


 俺を逆に持ち上げて、フェンスに押し付けるアルフ。

 フェンスが揺れる音。

 痛い。何の陰陽道も使ってないからな。

 素の体力じゃ叶わねえや。改めてこいつ、相当体鍛えてやがるってわかる。


「……だとしても、もう手遅れだろう……! 現実問題、一体どうしろって言うんだ!! 君の陰陽道でどうにかなるって言うのか!?」


「んなもん知るか!! どうにかなるかなんて考えるんじゃねえ!! 四苦八苦して藻掻いて動いてから決めりゃいいんだよ!! 陰陽道でもどうにもならない壁があるんだったら、王家の権力でも崩せない壁があるんだったら、そうじゃねえ方法でやるんだよ!!」


 俺はアルフの頬を掴んで、言い放つ。


「俺はハノンが同じ目にあったらな!! 最後の最後まで足掻いてやる!! 仲間の力を土下座して借りてでも、お前の権力に依存したってなぁ!! ハノンが幸せに生きるために命だってかけたらぁ!!」


 アルフの脳味噌に届くように。

 その中の心に貫く様に。

 その先の魂に刺さる様に、俺は精一杯の声で言い放つ。


「おいアルフ! てめえはどうしてえんだよ!! このままエニーがどこの誰ともわからない糞野郎に消されるのを指くわえて待ってんのか!! 四年前の姉さんが死んだときと同じ、あの悔しい気持ちをかみ殺して大人って奴になるのか!! あぁ!?」


 両肩で俺もアルフも息をしていた。

 体動かすのは疲れんだよ、くそっ。


「僕は……僕は……」


 けどよ、親友のこんな苦しそうな顔をいつまでも見ていたくねえ。

 四年前の事を思い出しながら、家族を今から失う事に直面した顔を見たくない。

 泣きそうで、辛そうで、苦しそうな、葛藤する顔なんて。

 増してや腫れ上がったお前の顔なんて。


「……エニーを助けたい」


 だからやっと絞り出したこの答え。

 俺はずっと待ってたんだよ。ずっと、そう言ってくれるのを願ってたんだよ。

 

「だがその為に僕だけじゃ役不足だ……あの子を助けるために世界各地を回ったのに、僕には何の力もない、無力だ……! 頼む。ツルキ……」


 ずるずると、アルフは俺の体を掴みながら沈み、膝をつく。

 

「エニーを助けるのに……君の力を貸してくれ」


「頭下げる事じゃねえだろ。言っただろ。どうにもならなくなったら、俺を頼れって。俺はお前の親友なんだって」


 切った口の血を拳で拭ってから、アルフに肩を貸して二人でハノンの元まで歩く。

 早朝からボコボコになった俺たちの顔。呼応して心配する表情になるが、それを押し殺してハノンもハノンで気持ちをアルフへぶつけた。

 

「……エニーちゃんは、私にとって初めての友達なんです」


「ハノン」


「私がツルキ君とデートするってなった前日に、デートプラン考えてたらそのまま二人で話し込んで、寝ちゃいました。でもそれでも足りないくらい、エニーちゃんとも話したい事、まだまだあります」


「……」


「お願いします。私にもエニーちゃんを助け出させてください!」


「……あの子は、本当にこんな奴らに囲まれてたんだなぁ」


 床に、垂直落下する一滴が落とされた。

 屋上の石畳に染み付いたのは、王子の涙だった。

 

「頼む。一緒にエニーを、どうか救ってくれ」


 ハノンは温かい笑顔でうなずく。

 

「――それなら、先にやっておく事がありますわよ」


 屋上から校舎の中に繋がる扉で、待ち構えていた氷が代名詞の女帝。

 生徒会長ジャスミンは、腕組をしながら俺達を細く睨んでいた。

 

「今職員室で、エニーを退学にするかどうか、議論中ですわよ」

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