第77話 陰陽師、エニーとアルフの過去を聞く。

『――故に、現在王都各地で目撃情報があった“天使”についてはその正体も含めて目下調査中ある。未明に会った西側の山の消失との関係性も含めてだ。そして王宮の関係者がその天使であるかどうかも今調べている。どうか王都の治安は我々が守る故、静粛にしてほしい』


 改造魔物キメラと呼ばれる忌々しい存在であり、しかも幼い頃から伝説の巨悪として聞かされていた天使と同じ力を持つ化物である。

 王宮広場で、王宮関係者からそんな言葉を聞けば民衆が群がるのも当たり前。

 不安と罵声が入り混じった広場で、現王位継承権第一位であるレオナルド王子が毅然と大柄な体に沿った声を発し続け、騒ぐ民衆を次第に沈めていた。

 

 ……俺は行きがてら、そんなレオナルドの姿を見た。

 流石にアルフの兄ってだけあって、王位に一番近い存在というだけあって、非常に場慣れしている。

 外見は思ったよりもアルフには似ていないが、しかしカリスマを思わせるには十分な雰囲気を醸し出していた。

 

「……兄上達とは、そして無くなった姉上とは異母兄弟だからね。そもそも結構年齢離れてるし。似てないでしょ」


 早朝、学院の屋上に俺とハノンは辿り着いていた。

 そう語ったアルフの眼は、明らかに眠れていなかった。今でもエニーを探したくて探したくて仕方ないのだろう。

 むやみやたらに探したところで、見つかる術もない。

 それも分かっているのだろう。

 だから自分がどうすればいいかわからない。そんな迷子みたいな目をしている。

 

「……あのホワイトが言った通りだ。エニーは改造魔物キメラで……そして“天使”としての最高傑作として794プロジェクトで造られた」


「アルフはそれを知っていたんだな」


 朝日の向こうへ、エニーを探すように目を向けながらアルフが返す。

 

「うん。僕が知ったのは四年前のことだけどね」


「四年前?」

 

「四年前、僕とエニーは794プロジェクトの連中に誘拐された」


「なんでお前まで」


「さあね。奴らの目的はエニーだったろうし、僕はいつも一緒にいたから。やむを得ずかな」


「……それで?」


「何日間か監禁されていたけれど、暫くして王国軍が助けに来た。そして僕は自由の身になって、真っ先にエニーを探した」


「見つかったのか?」


「うん――その時には、エニーが姉上を殺していた」


 沈黙。

 俺とハノンは、どんな顔をしていいのかわからなかった。

 

「……四年前、794プロジェクトの奴らは“連れ戻してきた”エニーに最後の手術を施して、洗脳していたみたいでさ。エニーが長年慕った姉上でさえ、兵器として殺戮対象に迷いなく上げるくらいに」


「……」


「聞かないのかい? どうして僕がエニーを恨まないのかを」


「聞かねえよ」


 俺は短く答えて、理由を続けた。

 

「成功作はそうするとしても、“エニー”はそんな事をしないから、だろ?」


「うん……大好きだった姉上の死は、どう言い繕ってもエニーに一因はある……それでも僕は」


 屋上のフェンスにつかみながら、その先の世界をさみしく見つめる。

 

「せめてエニーだけは……生きててよかったと思ったんだ」


 握りしめるフェンスに、力が籠るのが分かる。

 軋んだ音が、小さく聞こえた。

 

「……俺はあの子に、幸せに生きてほしいから。あんな優しい子、他にいないから。僕にとっては、血がつながっていなくても、主従関係だったとしても……家族だから」


「……家族。失ったら、つらいです」


 ハノンの言葉は重かった。父親を失ったばかりの彼女の言葉を、俺達は聞き逃すことはできなかった。

 

「……僕はその後、エニーの改造魔物キメラとしての設計図を手に入れた。設計図なんて言い方、したくないけどね」


「もしかして、アルフが呪いを解きたいと言っていたのは」


「……設計図を見たところ、魔術では説明しきれない箇所があることが分かった。元々は“エイトハンドレッド”という西のマッドサイエンティストが作り上げた人工の魔物の技術を流用している事は分かっているが、そこに未知の技術を盛り込んでいた」


「成程な。それでお忍び旅の始まり始まり。そして俺の陰陽道に目を向けたってわけだ」


「でも、もうそれも、もういい」


 鼻で笑うアルフ。


「王宮関係者も、王都の国民も、そしてこのグロリアス魔術学院だって! 今……まさにエニーの扱いをどうしようかなんて話をしている」


 前のアレンの時も思ったが、ここの学院長は切るときは切る。そんなきらいがある。


「……この学院に、貴族の力は効かない。王族の力も効かない。そんな素晴らしい場所だからこそ、彼らにとって“化物”を置くことはできない。エニーはもう……例え僕たちが見つけたところで、普通の生活を送ることさえできなくなってしまった」


 俺はそんなアルフの隣に立つ。

 弱音が一番聞こえる所へ、経つ。


「……本当にどこの世もさ。異端者見つけりゃ即爪弾きだ。最悪魔女狩りなんて言って、女だからって理由で湖に沈める文化もあるくらいだ」


「……」


「だがよ、アルフ」



 そして俺は。

 右拳を思いっきり握りしめて。

 


「――歯ぁ食いしばれ!! この頭でっかちが!!」



 思いっきり殴った。

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