第75話 造り物、強がる

 一夜あけて、王都では騒々しく殺気が立っていた。

 天使を衒った改造魔物キメラが、人工天使ダウトなのかは不明だがこの街を闊歩している。

 一ヶ月前ヴァロンが起こした改造魔物キメラによる事件もあって、かつジャバウォックの名を伏せた不審者情報も伝えたこともあって、脅威と信憑性が一気に深く拡散していた。

 

 何よりも、その魔物が実は第三皇子アルフレッド殿下の付き人だったエニーと言う可能性が非常に高い。

 民衆はそんな恐るべき魔物を飼いならしていた王家に早速、避難が殺到した。


 押しかける民衆に、抑える警備兵。

 諜報活動にはうってつけの人ごみだった。

 民衆に紛れていたウォーバルソード隊から得た情報を耳にして、ホワイトは呟く。

 

「……上手く逃げおおせているな。成功作」


 相変わらずの感情の起伏を感じない、雪の様な綺麗な顔。

 その横顔が、昨日エニーに真実を話す時に酷く感情的になっていた事を、アレンは覚えていた。


(あんな顔も出来んだな、こいつ……)

 

 この一ヶ月、自らの教育係として機械の様に戦闘技術を叩き込まれていた身として、ホワイトが笑う所も、怒るところも見たことは無い。

 まるで人形の様だ。そう思っていたのに。

 

「なんだ、アレン」


 鋭く短い声が聞こえて、整列でもするかのように体を固くする。

 

「もう任務が終わったと思ったか。今はプランBだ。“成功作”はまだ逃げている。それを捕まえ、帝国に引きずるまでが私達の役割だ」


「別に、忘れてねえよ」


「もし王国軍に先を越されたら、お前の出番が来る」


 アレンの出番とは、エニーが王国に奪取された最悪の事態に、その導線を見極めるというものだ。

 アレンも王国の根幹まで潜り込んだヴァロンの息子。こういった珍種が捉えられ、その後どのような道を辿るのかは詳しい。

 そして先回りし、ホワイトとアレンは兵に紛れてエニーを奪い返す。

 

「化物は化物らしく、化物に相応しい戦場にいるべき……一人だけ悠々自適な場所にいるなんて許さない」


 嫉妬か。とアレンはホワイトの涼しい顔を見ながら思う。

 人工天使ダウト

 四年前にその殆どが駆除されてしまったホワイト曰く、失敗作。

 ホワイトはその生き残りとして、エニーを執拗に追い回している。

 

「じゃああんたも、人工天使ダウトだからこのウォーバルソード隊にいるのか」


「私は望んでここにいる」


「……」


「なんだ。その疑問そうな顔は」


「いや、それは……」


 鋭い目線は慣れない。いつも唾をのむ事しか出来ない。

 

「俺は正直……こんな所にいたくねえ……。けれど、生きていくには仕方ねえと思ってる」


「理解が出来ない。どちらにしてもお前には役割を果たしてもらう」


「どういう経緯があったか知らないけどよ……、望んでなる事が出来た訳なら、選択肢に自由があった訳だろ?」


「……」


人工天使ダウトってのは、特別な改造魔物キメラと聞いているけどよ。少なくともエニーはこんな特殊部隊に入りたいとは思わないだろうな。って事は、別に天使だとか改造魔物キメラだとかそういう仕組みから戦闘を望んでいる訳じゃないんだよな?」


「……それが?」


「いっ……ま、待て」


 その質問が終わった時には、時すでに遅しだった。

 虎を前にする兎の様に、心臓を鷲掴みにされそうな睨みを効かされていた。

 ツルキと相対した時と同じ様に、生きる道がないと言わんばかりの予感に、アレンはもう何も言えないでいた。

 

「私達造られた存在に、命なんてない。故に価値も、尊厳も無い。だから兵器として生きるのが一番楽」


「……そ、そうか」


「話は終わりか」


「……あ、ああ」


 アレンを横切り、部屋の奥へ向かうホワイト。


(俺はお前らと関わりたくねえよ……)


 心で呟くアレンだったが、後ろで物音がした。

 

 ホワイトが、倒れていた。

 

「なっ……ホワイト!?」


「……うっ」


 思わずホワイトの隣に膝をつき、様子を伺う。

 普通の少女と同じ様に、何かに苦しむ姿があった。

 まるで命がある生物の様に、痛覚がある生き物の様に。


「な、なんだよ、どうしたんだよ」


 アレンに声をかけられると、ホワイトはまずい事に気付いたかのような素振りを見せて、すぐさま起き上がる。


「問題ない。転んだだけだ」


「転んだだけって……どう見てもそんな風に……そうか、昨日のか!? 殿下から受けた攻撃が……!」


 そう言いながらアレンは一つ、昨日ホワイトが受けたダメージを思い出した。

 アルフからの稲妻をまともに受けていたのだ。

 雷魔術は指先や髪を掠めただけでも十分致命傷に成りえる。そもそも昨日から何も問題なく動ける方がおかしかったのだ。

 

(くそ……見ているだけでこっちが痛々しいっての)

 

 証拠に、全身をよく見ると火傷の跡がすさまじい。

 雷魔術はダメージが全身に複雑に行きわたるが故、回復魔術でも回復しきれていなかったのだ。

 

「おいおい、無茶すんなって……!」


 立ち上がろうとするホワイトに、流石に心配の声をかけざるを得なかった。

 だがホワイトは助けなどいらないと、手で制する。


「痛い方が、まだいい」


 その時ホワイトが向けた眼は、決して痛みに悶えるものではなかった。

 まるで自分の大事なものが失われてしまう。そんな風に怯える瞳だった。

 

「いいな、誰にもいうな……次の作戦までには必ず直す……!」


「ば、馬鹿言ってんじゃねえよ! どう見ても重傷だろそれ! 休んでろよ!」


「そんなことをしたら! ここに居場所が無くなる!!」


 胸倉をつかまれ、部屋には少女の叫び。

 必死な顔つきに、アレンは何も言い返せなかった。

 

「言ったはずだ……化物は、化け物にふさわしい場所にしかいられない」


「……お前」


「成功作でさえ、あの様だ……なら失敗作の私は何もしなければどうなるか……お前の平和ボケした脳でも想像できるだろう……」


「……」


「話すというのなら、お前をここで殺してやる……私の居場所の為に……! 生きるために!!」


「うおっ……」


 気づけばホワイト愛用の二枚の短刀がアレンの首筋に当てられていた。

 だがその動作はいつもの彼女と比べてあまりにキレがなく、アレンでも後ろに下がるだけで避ける事が出来た。

 眼で見るよりも、ホワイトの体には相当のダメージが残っている。

 これは“次の作戦”の時まで、とても回復しているとは思えない。


「生きる、為に……か」

 

 生きるために。

 アレンはこの時、彼女のそんな言葉を否定できなかった。

 アレンとて、昨日“生きるため”に本来土下座してでも謝るべきハノンにみっともなく刃を向けたのだから。


「二度と……あんな地獄に……戻って……たまるか」


「……」


 地獄。

 ここを居場所と呼ぶ彼女は、だとすれば前まで一体どこにいたのだろう。

 

「――おいおい。ホワイト。ちょっとそれは鍛錬にしちゃ、はしゃぎ過ぎじゃねえか、と」


 ホワイトの後ろに箒のような頭をしたウォーバルソード隊のNo.2――ジストが聳え立っていた。


「ジスト……これは……」


 言い淀むホワイト。

 言葉を探す彼女を見て、アレンの口が反射的に回る。

 

「――俺が昨日不甲斐なかったからって、更に厳しい鍛錬を課そうとしていたんだ」


「ほーん。ホワイトはアレンの教育係だもんな。だからってやりすぎってもんがあると思うんだ……ちっとは加減ってのを覚えろ、と」


「……」


 無言で部屋の奥に行くホワイト。

 明らかにやせ我慢でふらつきを見せないようにしていたが、アレンにさえ分かる状態だ。

 

「……何があったかくらいは分かるぞ、と」


 勿論、ジストにも無様な前進はバレバレだ。

 ホワイトが見えなくなった所で、ジストから話があった。

 

「4年前に794プロジェクトが滅ぼされ、人工天使ダウトたちが皆殺しに会った中で、ホワイトは研究所から一足先に逃げ出したそうだ」


「そうだったのか」

 

「……俺とニコーが彼女を拾ったのは3年前。彼女の肉体年齢が11歳の時だ。その時彼女は何をしていたと思う?」


 ジストは聞かれるでもなく、静かに尋ねた。

 地獄。

 明らかにホワイトからその言葉を聞いたと分かっているが故の、言葉だ。

 そしてアレンは思わず、分かってしまった。

 

「……“娼婦”、だろ」


「へえ、よくわかったな」


「お父様が斡旋していたから、雰囲気で分かっちまったっていうか」


「その通りだ、と。まあ子供相手にも欲情する趣味趣向の奴らが色んな淵にいるって事くらいは知ってるよな。そんな奴らの相手をしてたんだよ」


「……それが、地獄」


「男の俺らには迂闊には分かるなんて言えないけどよ。ホワイトには全ての客が化物に見えていたんじゃねえかな」


「……」


「俺らが人工天使ダウトの噂を聞きつけ、彼女を引き取った時には……もう女性器は使い物にならなくなっていた」


「そんな。女の一番大切な所を使い物だなんて言い方……!」


「んん? 言うじゃねえか、と。お前だって客側の世界で生きてきたんで、しょ」


 とん、と意地悪するかのように額を軽く小突かれる。

 痛くはなかった。その代わりに心臓がなぜか痛かった。

 

「ああ、そうだ……そうだけど俺は……俺は……」


 その筈だ。ヴァロンは少なくとも逃げ場のなくなった女を笑って娼館に押し込め、変態達とおしくらまんじゅうさせてきた。

 そんな親の背中をずっと見てきた。

 ……そんな自分が、今になって痛くなってきた。

 ……ハノンに対して、そんな変態と変わらない奴隷の扱いを下してきた自分が、恥ずかしくなってきた。

 あんなホワイトの足取りを見て、世界中が雪景色に埋もれたかのように寒くなってしまった。

 頭を抱えながら、全てに詫びるようにアレンが呟く。

 

「本当に……俺は今まで何をやってきたんだ」


「まぁ、もう貴族だったころは忘れろって言われてんだろ。じゃそんな過去引きずるだけ無駄だ、と……そんなんじゃお前、死ぬぞ」


「……!」


 死ぬ。

 昨日ツルキと対面した時の戦慄が、絶対零度が皮膚を撫でてくる。

 あの時、ツルキは本気で殺すつもりだった。

 このウォーバルソード隊でさえ真っ先に警戒対象とする化物に、昨日アレンは殺されるところだったのだ。

 

「……あのさ、ジスト」


「ん?」


 それでも、アレンの中で死を超える何かが買った。


「次の作戦の事なんだが……一つだけお願いがある」

 

「俺は次の作戦でもホワイトとツーマンセルだった筈だ……俺だけでやらせてくれ」


 それを聞いたジストは。

 淡々と言った。

 

「お前だけじゃ、死ぬぞ」


「……」


「……分かった。ニコーには俺から伝えておく」


 ジストがニコーと話そうと部屋を去ろうとした時だった。

 

「アレン」


「……?」


「少しだけお前を見直したよ」

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