第74話 陰陽師、それでも友達でいる
「えっ、えっ」
段々と絶望に染まっていく表情。
しかしどう見ても昨日、歴史の授業で習った“天使”の翼を持っていて。
だけどその体は、ヴァロンの様な“
しかも。
エニーは、自分がそうだと分かっていなかった様な様子だ。
「エニーちゃん……?」
ハノンも予想だにしなかったエニーの姿に、ただ名前を呼ぶだけでしかなかった。
一方で襲撃者と言えば、最初からそうだと知っていたかのように微動だにしない。
アレンは本当にそうだったのかよ、みたいな顔をしているけれど。
しかし、その中でひときわ目立つ表情をしていたのアルフだ。
まるで心臓でも貫かれたかのように、絶望しきった表情を見せていた。
それは家族が化物だと分かってしまったという驚愕ではなく。
隠しに隠してきた真実が白日の下に曝け出されてしまった事に対する、絶望だ。
「ふ、はは、ふはははは……やはり今まで気付いていなかったんだ」
感情が籠っていない様な笑い声を飛ばすのは白髪の女の子。
後から聞いた話、ホワイトという名前らしい。
「だったら、今ここで本当の事を言ってあげる!」
「――言うな!!」
アルフが前にいる敵の事も忘れて突進しようとするが当然制される。
ホウキ頭の槍がアルフを貫く前に、“金剛不壊”で牽制した。させるか。
「エニー=ノット!!」
一方でホワイトはまるで真相を暴くように、自身の姿に混乱しきっていたエニーに追い詰める。
「あなた、“6年前から前の”記憶がある?」
ない。
俺もそう聞いた。
「そもそも記憶も無いあなたがどうして、いきなりアイルラーン王家の付き人になったなんておかしいと思わなかった?」
確かに。
記憶がない、そんな少女を王家が置いておくのは確かに疑問を抱いていた。
「そして今回、ジャバウォックもウォーバルソード隊も含めた本当の狙いがあなただったのか分かる!?」
まるでホワイトはこれまでずっと溜まっていた憤怒を晴らすかのように、段々と激情が声に乗っていく。
「やめろ!! やめろぉ!!」
「……私は“794プロジェクト”失敗作の天使型
自分の胸を苦しそうに掴みながら、羨望と嫉妬が深く刻み込まれた眼付きでエニーに真実を突きつける。
「エニー=ノット……あなたは唯一の“成功作”――」
「……」
「六年前に造られた、ゼロベースからの完成形天使型
――6年前からの記憶が無いのは、エニーがまだ造られていなかったから。
――王家に置いていたのは、唯一の成功作を王家が独り占めにする為。
――帝国がエニーを対象にここまで動いていたのは、世界で唯一“成功した”
俺の中で全てのパズルが嵌め込まれる中で、エニーはその紫色の顔で首を横に振った。
乾いた笑い。どんな雨も、もう潤す事は出来ない。
「う、嘘です……私を、私を騙そうと……!」
「違うっ!!」
そんなエニーの後ろに抱き着いて、全てを否定したのはアルフだった。
エニーの発言ではなく、ホワイトを翼の上から抱きしめて、まるでどこにも行かさないかのように言い放つ。
「エニーは……エニーはそんな兵器みたいな存在じゃない!! この子は、一つの命なんだ!!」
「……アルフレッド。そんな事を言ったって事実は覆らない」
「……違う……違う……!」
振りほどき壁に押し付けたアルフに、忌々し気な眼を送る。
「あなたは最初から全部知っていた。私と同じ、そのエニーには“命”なんて概念は無いのよ」
「違うって言ってるだろ!!」
アルフが叫んだ直後、辺りに煙幕が吹き荒れる。
放った煙を巻き散らかす魔法陣。ジストのものだ。
「ホワイト。そこまで也。もう間もなく兵が来る」
「……その前に天使は回収する、と」
「ああ」
という会話が聞こえたが、“
全部ブラフだ。だがそれも俺が三人の十分近くにいるからであって、逆に追いかけようとすれば思わぬ反撃を喰らう未来も見えている。
今はどちらかと言えば、とっととどこかに行ってほしかった。
エニーが、アルフがそれどころじゃないから。
「あの人たちは……」
煙幕が晴れ、ウォーバルソード隊は姿を消していた。
エニーも、アルフも無事だ。
……この状態のエニーを、無事というならの話だが。
「アルフ様……私は一体何なのですか……」
「知らなくていい……君は何も知らなくていい……」
溢れる異常な現実が寄生中の様に、エニーの頭を苦しめる。
頭を抱えたまま、何も受け入れきれないエニーの表情がそこにあった。
「どうすれば私は元に戻るのですか、私はそもそもこの姿が本当の姿なのですか、私は、私は……、あ、あああああああ!!」
悲鳴を上げるエニー。
体に纏わりついた虫を取り払う様に、自分の体を払う。
まるで肉でももぎり取る様に、“
「戻って、戻って……私は、私は……!」
「エニー!」
よろめきながら、最早自分がどこへ向かって歩いているかも分かっていない様子で路地裏から出ようとする。
俺らも追いかけようとしたその時――。
「――いたぞ!!」
今度は、王国の紋章が刻まれた甲冑もしくはローブの集団。
王国軍。
紫色の体、純白の翼――。
彼らが敵意を抱くには、あまりに十分すぎる条件がそろってやがった。
その数は魔物でも討伐するかのように準備されていて。
剣やら槍やら魔力増復路の杖やらが、エニーに向けられていた。
エニーを魔物と見定めた、獣を駆逐する作業的な眼をしていた。
「
「魔物……
言葉の暴力。
今、エニーに投げつけちゃいけない心無き言霊の羅列が、エニーの中に入り込んでいくのが分かる。
「やめろ!! 彼女は違う!!」
「アルフ様!! 何をおっしゃいますか!」
平方完成で遮られた世界の先頭に立ち、エニーを庇うようにして両手を広げる。
「そいつはどう見ても昨今この世界を脅かす
「違う、違うと言っているだろっ!! 何でだ、何で皆分かってくれないんだ!!」
そのアルフの叫びの後ろで、エニーが最早世界にはじき出されたような顔をして。
「あ、あああ、ああああああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
バサっと。
上空へ消えてしまった。
「エニー!?」
俺とハノンが見上げた時には、もう既に夜闇に小さな体は消えてしまっていた。
その横で、アルフは膝を落とし、エニーがいなくなった夜空をただ仰ぐしかなかった。
今まで見たことのない様な、乾いた表情だった。
壊れた機械の様に、無抑揚の笑い声が聞こえた。
「終わりだ……全部……間に合わなかった」
最早アルフが動く気配も無く、兵士は押し寄せてくる。
今のアルフをあの兵士の最中に放り投げるのは不味い。故に俺は未だ残っている煙幕に紛れてアルフを肩に担ぎ、動けるようになったハノンとその場を離れた。
結局その日。
俺もハノンも懸命に探したが――エニーは遂に見つからなかった。
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