第73話 陰陽師、えっ

 ……まるで墓標の様に積み上がった、瓦礫の山。

 エニーがその雪崩に巻き込まれる瞬間を、俺は目撃していた。

 目撃して、陰陽道で防ぐまでが間に合わなかった。

 

 とても、あんな小さな少女が生き残れるような量の山じゃなかった。

 ハノンは倒れながらも、初めてできた友達の最後に泣いていて。

 アルフは――もう、絶望しきった顔をしていた。

 固く重い、建物一つ分の重量に押し潰されたエニーと同じ様に、心が潰れてしまったかのように。

 

 二人共、見た事ない悲痛で虚無な表情をしていた。

 そしてそれは、俺もだ。

 恋愛同盟、組んだばっかなんだぞ。

 

「で? お前らがやったのか」


 俺はアルフとハノンとどう見ても敵対していた四人を見る。

 リーダー格の巨大な男。ホウキ頭。白髪の同い年の女の子。

 そしてもう一人。

 

「アレン、てめぇこんな所で何やってんだ……?」


「……つ、ツルキ」


「ヒューガ先生はお前を心配して、帝国にまで乗り出そうってしていたのに、お前は同級生を見殺しか」


「……」


 戦意喪失していようが、関係あるか。

 この敵たちと同じ服をしてるって事は、イコール敵って事でいいんだよな。

 

「じゃあ俺も、お前を見殺しにしてやろうか……村で最初に会った時、殺してやればよかったか!?」


「……ま、待て」


 待つかよ。

 敵なら容赦しねえ。


「そうか。貴様が黒金の鶴スワンか」


 俺の視線を引き付ける声。


「……そうらしいが。お前は誰だ」


 この中で一番隙の無い体勢を保つ巨体。

 グレーと同じくらい、否、それ以上やるな。

 しかもこの男、見た事あるな。

 

 そもそも、俺を黒金の鶴スワン呼ばわりするって事は、ジャバウォックと同じくらいに闇に溶け込んでる奴らだな。

 ジャバウォック程血の臭いはしねえが、それでも修羅場を潜って来た殺戮者なのは分かる。

 

「……その人は……“ニコー”だよ」


 ハノンの振り絞るような声に、俺は一つの知識を思い出した。

 世界三大最強戦士に名を連ねる、三人の存在がいる事を。

 

 一人は“救国の剣聖”エルーシャ。十二年前のある戦争で死亡しているが。

 二人目は“狼少年”ただし正体不明。都市伝説化していて、存在が危ぶまれているが。

 

 そして三人目が、目の前のヒューガ先生に似た、しかし巨体の男だ。


「そうかい……あんた、“闇王”ニコーか」


「……いかにも」


 オール帝国でウォーバルソード隊と呼ばれる特殊部隊がある事は聞いた事がある。

 世界最強にして、しかし水面下でしか動かない暗躍の部隊。

 なんでそんな部隊とアレンが関わってんのかは意味不明だが、その伝説がいまこうして俺の友達を手にかけた訳か。

 

「で? その最強さんがどうして俺のダチをこんな酷い目に合わせるかね」


「任務也」


「そう言えば俺が帝国のせいにしてお前らを見逃すとでも?」


「思わぬ。お前の足止めは我が務めよう」


 少し刃こぼれした巨大な剣を俺に向ける。

 

「ジスト、ホワイト、アレン。対象を回収しろ――最悪死亡しても、と言われている」


 対象が死亡しても。

 こいつらの狙い、否、ジャバウォックまで使った帝国の狙いは、エニーか?

 ……させるかよ。

 

「最強の闇王さんだか、最強のウォーバルソード隊だか知らないけどさ。そろそろ勝手が過ぎんだろ。事情は分かんないけどさ、俺の親友を死に至らしめてまで辱めようとかさ、ジャバウォックより下劣非道極まりねえな!!」


 いや、そもそもまだエニーが死んだと決まった訳じゃねえ。

 落ち着け。俺。

 まずは陰陽道でこの瓦礫をどかし――

 

 

 ごろ、と。

 まるで布団から起き上がる様に。

 人間なんて簡単に押しつぶしてしまような瓦礫を押しどかしながら、立った。

 

「えっ」


 俺が思わず声を漏らしたのはエニーが明らかに人力では不可能な瓦礫をどかしたから、ではない。

 

「えっ」


 ハノンも声を漏らしたのは、エニーが五体満足で生きていたから、ではない。

 

「いたた……くっ……運が良かったのですかね、痛くないです……」


 間違いなく、その瓦礫から抜け出してきたのはエニーだ。

 声は間違いなくエニーで、その雰囲気も絶対にエニーだ。

 エニーの筈だ。

 エニーの筈だ。

 エニーの筈だ。 

 


 例え近くのガラスに映った彼女の背中から、純白の翼が広がっていたとしても。

 全身が紫色に染まっていて、人間という肌から逸脱していたとしても。

 髪は白くて、自分の“化物の様な”姿を見て思考が止まったとしても。

 

 

「えっ」

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