第71話 女騎士、天使の残像を見る

 ハノンとエニーが駆け出した道は路地裏で、人通りは皆無に等しい。

 今日王都中に放たれた不審者出現の周知。あれが聞いていて、特に人通りも監視の目も少ない路地裏に人が来るわけがない。


「不審者って……もしかしてアレンですか……? それともさっきの白髪の女の子……」


「……」


 ハノンは知っている。

 不審者はあの二人――ではない。

 ジャバウォックが示す特徴とは、まるで違う。

 

 だが違うとはいえ、アレンには一度ひどい仕打ちを受けているとはいえ、殺されそうになっているのを見過ごすわけにはいかない。

 ある程度進むと、アレンがどん詰まりでしゃがみ込んでいた。

 先程の白髪の少女はどこに行ったのか。

 

 勿論最大限警戒した上で、アレンに近づく。


「ハノン、エニー……」


「あなた、アレンでしょ……一体何が……」


 だがこの時、ハノンもエニーも、もう一人注意を払うべき存在がすぐ前にいる事に気付いていなかった。

 バッ、と。

 突如ハンカチの様なものを取り出して、エニーの口を覆う。

 

「!?」


 すぐに二人がかりで振り払われ、その場に転げ込むアレン。

 助けようとした相手に突如襲われ、ハノンは体勢を立て直すアレンに叫ぶ。

 

「アレン……どうして!?」


「生きる……ためだ!」


 震える声で、正気を失った眼でアレンが返す。

 まるで言い訳でもするかのように、壊れた魔術の様に繰り返す。

 

「生きるためだ生きるためだ生きるためだ生きるためだ生きるためだ生きるためだ生きるためだ生きるためだ生きるためだ生きるためだ生きるためだ生きるためだ生きるためだ生きるためだ生きるためだ生きるためだ生きるためだ生きるためだ生きるためだ生きるためだ生きるためだぁぁぁ……!!」


「……何を……うっ」

 

 エニーも何かを言おうとするも、すぐによろけてしまう。

 

「さっきのハンカチ……眠り薬……っ!?」


「エニーちゃん!?」


 体勢を崩すエニーを支えようとした直後。

 思わず自分達を覆う影が大きくなっていることに気付いて、“着地”してくる前にエニーごと横に転がる。

 ハノンが目を向けると、さっきまでアレンを殺そうとしていた少女がハノンを見返していた。

 

「ホワイト……!」


 ホワイト。アレンの口ぶりから少女はそういう名前らしい。

 そしてさっきまで煌めかせていた二本の短剣を持ちながら、アレンを殺すでもなく隣に並ぶ。

 まるで最初から口裏を合わせていた仲間同士の様に、二人してハノンとエニーの前に立ちはだかる。

 

「こいつがハノン――“燕”か」


「……アレン。最初から私達をおびき出すつもりで」


「悪いな……死ぬ訳にはいかないんだよ!」


 アレンが剣を取り出し、ハノンへ振り被る。

 だがそこは戦闘経験の差が凄まじい。抜刀よりも先にアレンの腹を蹴り後ろに転がすと、今度は一瞬タイミングをずらしてナイフを突いてきたホワイトの刃を防ぐ。

 

 キキキキン! と甲高い音が凄まじい速度で連続する。

 二突き、三突き。途轍もなく速い。ナイフ故の小回りの早さだけじゃない。

 アレンとは比べ物にならない、異常なまでに精錬された動き。

 防御すらまともに出来ない。魔術を放つ事も許されない。


 早い。

 早すぎる。

 ――何もできない!

 

「あなたの番はない」


「うぐ、ぐ、ぐ」


 全ての攻撃が、ハノンの動きを先回りしている。

 ハノンの攻撃手番が回ってこない。

 ハノンが剣を震わすたびに、ホワイトが三振りする。


「あなたの攻撃は許さない、燕」

 

 ホワイトの間合いに入った時点で、ハノンの敗北は決定していた。

 全封殺。攻撃の手番を譲らない。

 殆ど同い年なのに、圧倒的に戦闘経験に差がある。

 それを加味しても、“普通の人間にしては”速度とパワーが桁外れすぎる。

 まるで“そもそもの人種”が違うように感じる――。

 

「アレン、今のうちに対象の回収を」


「わ、分かった……」


 殆どホワイトの言いなりになりながら、眠り薬が聞いて意識が朦朧としてるエニーに近づくアレン。


「“対象”……? ……どういうこ……とっ!?」


 またナイフがハノンの体を掠めた。


「しぶとい……くたばれ」


 状況は分からないが、アレンとホワイトの目的はエニーを連れ去る事だった。

 そんな事はさせない。

 自分が学院に入って初めてできた友達を、連れ去らせはしない。

 

 その為にはこの嵐のような斬撃を、掻い潜らなければならない。

 だがハノンを殺すというよりも、手出しをさせない事に徹したホワイトのナイフ捌きの速度はハノンとあまりに次元が違う。

 

 だからこそ、ハノンも賭けに出る必要があった。

 死地に置かれた状況だからこそ、全身の霊力が集中によって研ぎ澄まされていくのを感じる。

 

 それを、“陰”の霊力に変換し。

 ホワイトが薙いできたナイフが、自分の剣に当たる瞬間に。

 

 “陰陽道”を、発動させる。

 

「“鏡己乱舞”」


「!?」


 突如ホワイトの全身に鎌鼬が走ったかのように、無数の斬撃が襲った。


「なに……」


 成功した。ホワイトの斬撃を、剣が併せ持つ鏡の性質を利用し反射したのだ。

 だがそれに喜ぶ暇は無い。

 やっと隙が出来た。

 アレンを剣の一振りで遠ざけると、エニーを抱えてとん、と浮遊をする。

 これもツルキから最初に教えてもらった、陰陽道の基礎中の基礎だ。


「ハノン……お前まで飛べるようになったのかよ!」


 アレンの言葉に反応している暇はない。


「エニーちゃん、大丈夫!?」


「……何とか」


 建物も遠くなっていく下界を見据えながら、エニーの様子も伺う。

 酷い熱にうなされている様に、意識を保っているのがやっとと言った様子だ。

 

 しかしアレン達は何故かエニーを狙っている節に見えた。


(まさか……ツルキ君がジャバウォックに着け狙われている事と、何か関係が――)

 

 だがそんなハノンの思考を遮る一つの残像。

 ハノンの浮遊速度よりも早く飛行したその影は、月夜を覆う。

 

「え」


 絶句するのも無理はない。

 自分達の真上を取ったホワイトもまた、つまりは宙を飛んでいたから。

 そしてその背中には、まるで天使に成りきれなかった様な、灰色の翼が広がっていたから。

 

「翼も無く、飛べるなんて芸当は確かに大したものだが、私も飛べる」


「……あなた、まさか」


「……天使を衒った改造魔物キメラ。……人工天使《ダウト


 昨日のヒューガの授業にも登場した、かつてこの世界の人類を滅ぼしかけた最強にして最恐の種族、天使。

 背中の純白な翼が象徴である、最早絶滅したかさえも分からない種族の細胞を移植した改造魔物キメラ



 それが、人工天使ダウト



「燕、そんな飛翔じゃあなたはどこへも飛べない」


 一瞬の思考の空白が命取りだった。

 大振りしたナイフは防いだものの、勢いは凄まじくそのまま地面に叩きつけられる。

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