第70話 状況は、加速する
飲食店アンフェロピリオン。
アンフェロピリオンの食材や料理が特徴だ。
店内では三人の娘が、エプロンを着こなしながら忙しく動いていた。
オープンしたてで、軌道に乗るには時間がかかる。
それでも徐々にお客は増え、今月は黒字で乗り切れそうだ。
「以上になりますね! ありがとうございます!」
かつてハノンがヴァロンから助け出した少女、ヒナが店員として客からオーダーを貰う後姿をハノンは見ていた。それなりに元気になった、と安堵する。
一ヶ月前、ヒナは村を失い、両親を失っている。
心の傷は、同じ経験をしたハノンにも計り知れない。
ましてやまだ10歳。その歳で孤児院には恵まれていたとはいえ、働きに出ざるを得ない。
それでも今度は同じ店員として、ここから少しずつ彼女の心を癒していけたら、と思う。
「ハノンさん、オムライス3つです!」
「うん、ありがとう! ヒナちゃん」
まだ働き始めて日が一番浅い。
動き方もまだ分からない所もある。
だがハノンはある想いもあって、ただお金を稼ぐためじゃなく、自分への投資の為に料理を繰り返す。
勿論こんな自分を拾ってくれたアンフェロピリオンという店にも恩を返したいというのもある。
「うん、様になって来たね。飲み込み早いね、ハノンちゃん」
「エルちゃんが色々教えてくれたから……」
エルという少女が、この店主だ。
ハノンと歳は近いにもかかわらず、店をやり切りする手腕はハノンも眼を見張るばかりだ。
そうやってハノンが褒めると、こう返してくる。
「アルフレッド殿下が取り計らってくれたおかげなんだよ。二ヶ月前に地元で起きた出来事を切欠に、知り合っちゃって。ハノンちゃん、アルフレッド殿下と同じクラスなんだよね?」
「うん、部活まで同じだけど……」
「それだけでも驚きなのに……まさかあのツルキ君と恋人同士になっていたなんて」
「あ、あんまり大きな声で言わないで……!」
最近判明した事だが、なんとエルは地元がツルキと一緒らしい。
二ヶ月前に起きた出来事でエルと同じく、ツルキもアルフと知り合った。
それが現在のツルキに繋がっていた。なんと世間は狭いのだろう。
「ツルキ君、かっこよかったからなぁ……村でも結構自由奔放だったけど、人気だったのよ?」
「そうだったの……」
「ハノンさんの恋人さん、会った事ないんだよねぇ……どんな人かなぁ。早く呼んでほしいなぁ」
掌で頬杖をつきながら、心待ちにする姿勢を示すヒナ。
「まだ恥ずかしいよ……働いている時にツルキ君に来られたら、うまく仕事出来なくなるよ」
「でもいつかは目の前で料理を披露するんでしょ?」
「えっ」
「お帰りなさい、ご飯にする、お風呂にする、それとも私をするんでしょ?」
「な、な、何を言ってるの、ほら、早く運んで!」
挙動不審になりながらもしっかり料理を作れるくらいにはハノンも成長していた。
ヒナが上機嫌になりながら料理を運んでいくのを見届けると、カウンターからそんなハノンを楽しそうに見ている級友の姿があった。
ヒナと同じくらい幼顔ながら、同い年のエニーだった。
「ハノンちゃん、今が幸せそうです」
「エニーちゃんまで何を……」
「幸せじゃないんですか?」
「えっと……幸せ。幸せだよ」
照れを隠しきれない様子で、エニーからの質問に答える。
「でもいきなりこんな働いている姿とかツルキ君に見られたら、料理、出せるか心配だから」
「だから私とアルフ様に、まずは味見をさせようって訳ですよね」
「うん。殿下を前座だなんて、とても恐れ多い事は分かっているんだけど……」
アルフも呼んだが、少し遅れるそうだ。
「いいえ。アルフ様からすれば、これくらい親密な扱いをしてくれた方が喜びます」
エニーがハノンの料理を食べ終えて丁度、哀しい眼をする。
「あの人は世界全てを見ている様で、関わりが少ないから。いつも一人で戦っているから」
「……エニーちゃんは本当に、アルフ殿下の事を想ってるんだね」
「いつも一緒にいるから、色々分かっちゃうこともあるんです」
「……」
陰陽道部一員として活動している中でも、アルフはどこか一歩引いた視点にいる。
確かに王家の人間として酸いも甘いも経験しているが故の達観した視線なのだろうけれど、それでもまるでどこか陰陽道部の中に入れていない様な雰囲気もある。
それは、アルフと常に付き従うエニーにも言える事だった。
「ハノンちゃんは凄いです。好きな人の為に、部活を開いたり、こうやって料理にも手を出そうとしたりって」
「そんな事ないよ……それはきっかけで、本当に今私がやってみたい事なんだよ」
「……私は、見守る事しか出来ていないから」
「エニーちゃん……」
アルフを見守るエニーの視線が、そういう好意を孕んでいる事も分かっている。
付き人としての役割として、一線を超えないように理性を保っているのも。
何とか、背中を押してやりたい。
お節介かもしれなくても、止まれなかった。
「……今度、一緒に料理作ってみようか」
「えっ、でも私は万国の料理の作り方くらいならインプットしています」
「でも、ちゃんと手料理をアルフ殿下に作った事ないんじゃない?」
「まあ、そりゃ宮廷には専属の料理人がいますから……」
言い淀むエニーに、ハノンは励ますような笑顔で言った。
「そこから始めて見よう?」
「ハノンちゃん……」
その時だった。
店の“裏口側”の扉が開いたのは。
「た、助けてくれ!!」
「あなたは……」
「アレン……!」
それは、確かにオール帝国に亡命したはずのアレンだった。
彼の父親にされたヴァロンからの度重なる所業。しかも一時奴隷と主のような関係だった事もあり、忘れていた恨みがハノンの中で溜まりかけた。
しかし同時、「助けてくれ」の意味に一瞬頭が硬直した時。
後ろから、白色の髪をした少女がキラリとしたナイフを振りかざしているのが見えた。
「あぶない――!」
それから一分後だった。
「ハノン、エニー!」
アルフは店の“玄関側”の扉を開けて、店の状況を見た。
ハノンもエニーもいない。
店主のエルが、焦った様子でアルフに状況を説明する。
「アルフレッド殿下! 今さっきハノンちゃん、裏口から入って来た女の子からアレンを守って――」
守って、そのまま裏口からハノンもエニーも出ていってしまったという事らしい。
「アレンだと……なんでここでアレンが出てくるんだ……!?」
オール帝国に亡命したはずのアレンが、何故ここにいる。
しかも命を狙われている? ジャバウォックの別部隊だろうか。
頭の中に溢れた情報を整理しているその時だった。
「うぐっ……!?」
隣に座っていた客が、気付けば自分の腹部へ掌底を一撃。
刈り取られる意識の中で、見上げる。
――ヒューガによく似た、しかしヒューガとは決定的に違う超要注意人物を。
「暫くここで眠っていて貰おう」
「……ニコー」
オール帝国を相手取る上で、ジャバウォックよりも警戒すべき連中がいた。
それが帝国特殊独立部隊“ウォーバルソード隊”。
その隊長であるニコー、そして副隊長のジストは世界最強の呼び声も高い、次元違いの兵士である。
ジャバウォックは完全に囮。
ツルキすらも目晦ましさせるための、前段。
本隊は、このウォーバルソード隊――そう確信した時には、既に遅かった。
一方で、先程までオムライスを食べていたウォーバルソード隊の隊長のニコーは、倒れたアルフに見向きもせず、今度はエルとヒナの方を向いた。
「お客様、何……を……」
その眼から放たれた、威圧。
それだけでエルは初の死を、ヒナはヴァロンに襲われた時の想起し、何も出来なくなってしまった。
尻餅をつき、泣く事さえ許されないヒナにニコーは膝を折る。
「……オムライス、美味しかった。これは迷惑料だ」
「……」
ただ両手を受け止める様に差し出して、ニコーから迷惑料付きの料金を受け取る事しか出来なかった。
そしてエルとヒナには何もせず、店を出たニコーとジストは互いに顔を見合わせる。
「新人アレン君とホワイトは迫真の演技だった、と」
「我らも行くぞ。失敗は許されぬ」
「ぐっ……」
扉が閉まってすぐ、アルフが意識を取り戻す。
「アルフレッド様、大丈夫ですか!」
「僕は大丈夫だ……だが、あいつらが、ウォーバルソード隊が動き始めていたなんて……まずい」
エルとヒナの制止も振り払い、腹部を抑えながら体を引きずる様に店の扉を開く。
「エニーが……危ない」
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