第69話 陰陽師、へのへのもへじと邂逅する
龍の覆面からは、グレーやネズミとは全く異質の気配を醸し出していた。
血生臭い雰囲気ではない。命に対しての倫理を感じる。
「ハイーロじゃねえことは確かだな。お前は他のジャバウォックと、何か違うものを感じる」
だが、それでも俺を殺そうとしたことは間違いない。
それはグレーの様な生粋の倫理欠落者とはまるで違う。
蒸気の様に湧き上がる憤怒が見える。
「……俺は、龍王」
そう低い声で、答えてきた。わざと声のトーンを下げているようにも感じた。
グレーは訓練によって痛みを感じなくしているように見えるが、龍王はその怒りで痛みを超越しているように見えた。
「龍王……?」
しかしその名前は聞いた事がある。
昔親父に、西の方の大国であった龍王に纏わる伝説と戦争“
その龍王を指しているのか?
勿論本物の龍王じゃない事は確かだが、さっきの攻撃力は名乗るには相応しい攻撃力が合った。
金剛不壊によるダメージも浅いように見えるしな。普通の肉体じゃない。
「さては伝説の龍王の細胞でも見つけて、それを移植した
「……知る必要はない。お前はここで死ぬ」
床を蹴破った音は最早爆音。
縮地に匹敵する速度で、俺に迫る。
「“平方完成”」
俺の前に水と金の属性で構成された結界が出現する。
龍王にとっては一度破った盾だ。何の躊躇いもなく、全力の右拳を放ってくる。
「さっき破った。奥にいるお前はまた偽物か」
「いや。本物だよ」
爆弾をも凌駕する威力の破壊が、平方完成と衝突。
改めて恐るべき威力だ。
それでも、もうその威力は覚えた。想定以上だったが想定外だった訳ではない。
「俺も――平方完成もな」
「!?」
結界に注ぐ霊力を調整することによって、防御力は上下自由自在だ。
「……さっきの平方完成はわざと脆くしていたのか」
「こちとら時間が惜しいんでな。隙を作ってもらうために一芝居打ったわけだ……騙るのは得意でな」
そう言いながら、俺は袖から何個もの紙飛行機を放った。
水属性の“腐敗”という性質を利用した陰陽道だ。
「“一心腐乱”」
「うっ……!?」
飛行機が掠めた箇所から、濁った色へと変色していく。
初めて龍王の苦しがる声が聞こえた。
更には別方向に投げた紙飛行機が縮地で消えたグレーの残像を掠める。
避けたつもりだろうが、無意味だ。
「う……っ、あああああああ……ば、かな……避けた筈なのに」
グレーが膝をつきながら変色し蝕まれた顔の一部を抑えて蹲る。
顔を隠すマフラーも腐って剥がれ、緑色の変色した顔を見せてきた。
“一心腐乱”。
水と陰を混ぜ合わせた、腐敗の臭気を齎す災害だ。
「蝕む力の範囲は結構広い。目に見えるものばかり潜ろうとするからそうなる……ネズミにやった金剛不壊の対策ばかり取って来たんだろうが、生憎陰陽道は一つじゃない」
「くっ……」
「水は腐食の性質も持つ。いくら体が硬かろうが、朽ち果てる時の流れはどうしようもないだろ」
生き物である限り物理攻撃には耐えられても、腐敗には対する術がない。
だが龍王は耐えきったようで、俺への戦闘意志を姿勢で見せてくる。
「龍王、お前は殺さない」
「何故だ」
「お前の気配は、学院に通っている学生のものだ」
誰か、までは特定できないがな。
そういう意味では入学前に無理矢理襲撃させられたハノンよりも徹している。
「だがグレーは殺す」
「はーぁ、野郎ぅ……!」
グレーは自分に殺意が向いたと感じ、顔を抑えながら剣を出現させる。
さっきの一心腐乱を一万個投げる。金剛不壊と違う範囲攻撃の側面を持っており、縮地だろうが潜り抜ける事は敵わない。
グレーもそれは自覚している様で、易占による未来によればこのまま逃走を始める気だ。
それなら逃走経路に平方完成を張って逃げ場を無くす。
袖から平方完成用の折り鶴を出そうとした時だった。
『丑の刻参り』
「あ……!?」
体が勝手に動く。
未来には無かった緊急事態。
なんだ。どうした。何があった。
これは、魔術じゃない。
「陰陽道、だと……?」
この陰陽道には覚えがある。
媒介の通りに敵の体を動かし、媒介の通りに敵にダメージを当たえる呪術にカテゴライズされる陰陽道の一種。
だが、陰陽道だと割れれば話は早い。
体内霊力を俺の腹へ溜める。
丑の刻参りの解除方法くらいなら、前世から心得ている。
「解」
体に纏わりついていた呪いの霊力を弾き飛ばし、もう一度グレーの方を見る。
「ちっ……逃げられた」
厄介な奴を野放しにした。
だがそれよりも、“今の陰陽道を仕掛けてきた”奴の方が先決だ。
俺は龍王が後退った先にいた影を視界にとらえた。
シルクハットはあまり気にならない。
問題は“へのへのもへじ”と、
「で、今度は誰だ。へのへのもへじ野郎」
『あまり驚かない! やはり驕らない! 流石は最強、微かに堪能!』
「俺という前例がいるんだ。同じ地球から転生してくる奴もいるだろう程度に考えていたからな」
『流石は救世主、確かにすっげえっす!』
ふざけた踊りをしながら何か韻を踏んでやがる。
成程。面の下には興味ないが、こいつの陰陽道は分かった。
“踊りを媒介にした”陰陽道を使ってくるのか。
だが前世の陰陽師には、こんな媒介を使用してくる奴はいなかった筈だ。
「だがまさか同じ陰陽師が転生してくるとは思わなかったがな。易占で見た未来へ、同じ易占を使う事によって介入してきた。そして丑の刻参り……まあ、証拠は揃ってるわな」
そもそもこんなノリノリな陰陽師、いなかった認識しかないが。
「どうやらジャバウォックにも、その龍王にも一枚噛んでるようだな。前世の人間がどう絡んでるかは知らんが、やはり俺を殺す以外の狙いがあったという事か」
『ナイス洞察、なんて総括。流石に“降神憑き”は違う、憧れるゥ!』
前世の俺を知っている、というのか。
同年代に生きた陰陽師なら俺も知り尽くしている筈だが、こいつの事を逆に俺は知らない。気持ち悪い。
『龍王。もう結構。時間は十分に稼いだ』
「時間稼ぎだと」
何の時間稼ぎだ?
……まさか。
『僕は君とは戦わない。丑の刻参りを破られる時点で、僕じゃどうしようもない、Oh,諸行無常!』
「……ハノン達に何する気だ」
『人に聞いてばかりじゃ駄目だぜBaby! 自分の目で確かめなきゃ――』
ぶん投げた“金剛不壊”の紙飛行機がへのへのもへじと龍王に直撃する。
だが途端、文字が書かれた札になって雨水に溶けていくだけだった。
「
『負ける殺される分かってて君の前に出ていく馬鹿はいない! Hey、頑張れBoy! かつて世界しか救えなかった“降神憑き”!』
「……」
俺は反響する全ての声を聞かず、浮遊を始める。
ハノン達の店から大分遠のいてしまった。
一瞬、先月ヴァロンに殺されたハノンの顔が思い浮かぶ。
もう、あんな思いは嫌だ。
「……まだ何も、起こってくれるなよ」
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