第54話 陰陽師、生徒会長と握手する

 絶対零度の炎。

 触れた瞬間焔ですら凍てつき、人間が触れれば芯まで凍り付く凶悪な純白の炎。

 薄暗い室内を照らす雪の様な炎には正直、感服している。

 

 未だニブルヘイムを宿す鞭を一払いして、訝し気にジャスミンが聞いてくる。

 

「陰陽道とやらは、彼我の差も測れないほど蒙昧な学問ですの?」


「流石貴族様。彼我の差を測る気もないくらいに、自信満々ですな」


 油断している様には見えない。

 しかし、難攻不落の自信があの白い炎に固まっているように見える。


「では安心してとくと御覧じろ。陰陽道だけのたった二つの冴えたやり方って奴を」


 そう言い放って、俺は歩いた。

 

「つ、ツルキ君!?」

 

 陰陽道部も、生徒会も一同が騒めいた。そりゃそうだ。

 触れれば即死確定の毒沼に無防備で歩いているのだから。

 

 ジャスミンも俺の無防備さに何かあると踏んだのか、潜めた眉を見せる。

 だが狂喜乱舞する鞭の間合いに入ると容赦なく、俺に向かって振り抜く。


「“ニブルヘイム”!」


 易占の未来予知でも回避ルートが見えない鞭の結界。


「結界には結界だ。“平方完成”」


 鞭が俺を捕えることは無かった。

 しかし代わりに、四つの折り鶴が織りなす四面体の平方完成に巻き付いた。

 

「バリア……!? こんなもの凍らせて……!」


 平方完成が凍り付いていく。ただし俺がいる内面とは逆の、外側のみだ。

 もうじき砕けてもいい筈なのに、と霜が纏わりついた平方完成へ焦燥の眼を見せるジャスミン。

 

 読み通りだ。

 易占で見た、未来の通りだ。

 易占が見せた、冴えたやり方の一つだ。

 

「水と金の性質を、霊力の壁として具現化させたものだ。凍れば砕ける物体と違って、脆くはならない」


「霊力の壁……!?」


「じゃあ次は先輩が守る番な」


 頃合いだな。

 平方完成前に放っていた紙飛行機を、ジャスミンに向けて飛行させる。

 

「また爆発する折り紙ですの!? ニブルヘイムで炎ごと凍らせて差し上げますわ!」


「ああ。いくらでも凍結させてどうぞ。ただし」


 白銀の線が、紙飛行機を叩きつける。

 一瞬で紙飛行機が凍り付く。後は鞭の衝撃で粉雪へと変わる――とジャスミンは目論んでるんだろうな。

 

「金剛石は砕けない」


 結果、弾かれたのは鞭だった。

 反射的にジャスミンがとった行動は、凍り付いた紙飛行機から一旦距離を取る事だった。

 後退が戦士として不名誉なんて言ってられない、と驚愕の顔をとりながら。

 

「なん、ですの……その紙飛行機は」


「“金剛不壊”」


 凍り付いてもなお砕けず、浮遊を続ける紙飛行機を睨むジャスミンに、俺は陰陽道の名前を伝えた。


「土と金の属性を織り交ぜた、金剛石の強度を持つ紙飛行機だ。凍らせた程度で割れる程ヤワじゃない」


「そういう事ですわね……」


 意外と驚きが少ない。

 自信の絶対的な武器といえど、完全ではない事は自覚している様だ。


 一呼吸を整えると、今度は純白の炎ニブルヘイムと一緒に虹色の魔力ひかりを込める。

 鞭のボディを魔法陣が通過し、先端の刃物まで遂に強力な光を帯び始める。

 見た感じ、ハノンよりも威力がありそうな魔法剣だ。

 いや、魔法鞭と呼ぶべきか?

 いずれにせよ、眠れる獅子を完全に起こしたらしい。

 すぅ、と呼吸を溜めて、大声で咆哮してきた。

 

「来なさい。砕けぬのなら、払いのけて突き崩すまで! 私のプライドに掛けてこの勝負、黒星とするわけにはいきませんわ!」


 飛来し、ジャスミンの間合いに入った金剛不壊の紙飛行機。

 ジャスミンは鞭を大きく一回振るう。

 音速に達した先端が、紙飛行機の側面を穿つ。

 ……あ、これ割れるな。


 ニブルヘイム、魔法鞭、先端の素材、音速の全力の突き。

 残酷にも紙飛行機が真っ二つに割れ、空しく地面に落ちていく。


 金剛石をも崩すか。こいつただものじゃねえな。

 訓練場の床に落ちた氷漬けの紙飛行機を見るジャスミンは、全力を使った反動か息が酷く切れていた。

 

「この勝負……私の勝ちですわね」


 いつの間に陰陽道部の存続に値するかどうかの展示会から、プライドをかけた勝負になっていたらしい。

 しかし自分が死ぬまで決して退く事を知らないであろう、気高き目の前の戦士へ、十分に敬意を込めて返事する。



「では、残り999個はどうします?」



 はっ、と全員が訓練場の天井を見上げる。

 やっと気付いたか。

 

 金剛不壊を付与した紙飛行機は、同時に1000個投げていた。


「この数、いつの間に……!」


「陰陽道が同時に放てる数が一個なんて、言った覚えはないですよ。先輩」


「あ、ああ……」


 蝗の集団の様に一気呵成に向かう金剛不壊を相手に、それでも鞭の結界。

 だが金剛のくちばしが結界を解き、ジャスミンの右手から鞭を叩き落とすのに時間はかからなかった。

 

 俺はそれを確認すると、陰陽道を解く。

 世界で一番硬い鉱石のくちばしは、ただの紙飛行機となり訓練場を自由気ままに飛んでは落ちていく。

 勿論、座り込むジャスミンの頭にこつんと当たった時には術は解いている。

 最早ただの紙なので、ダメージはない。


「情けを懸けたつもりですの……、わざと急所を外して、武器を奪う事だけを狙って」


 敗北を認めたのか、俺が近づいても鞭を取りに行こうともしない。

 だが手を抜かれた事を屈辱に感じているのか、悔しそうに視線を逸らす。

 

「俺がやってるのは勝負じゃない。あんたに陰陽道部を認めてほしかっただけの、発表会だ」


 俺は最強の座が欲しいって訳じゃない。

 何より金剛石で女子の体を貫くなんて、男の名が廃る。

 

「ジャスミン生徒会長」


 声をかけたのは、陰陽道の基本である浮遊をして近づいてきたハノンだ。

 風の魔術を使っていない事を悟ったのか、ジャスミンがぱちくりと瞬きしている。

 

「今ツルキ君から見せさせていただいたのは、陰陽道の一端でしかありません。まるでカルトの様で信じて頂けないかもしれませんが、私は父の死後、この陰陽道を使って少しだけ対話をする事が出来ました」


 “蝶々結び”の事だ。

 死者との交流。魔術からあまりにかけ離れた領域だ。

 だからこそハノンも、信じてもらえない事を前提に、経験を話しているのだろう。

 

 化物へと変貌した親父さんとの、最後の触れ合いを。

 

「あの五分間のおかげで、私はどうにか立ち直る事が出来ました……陰陽道は魔術では届かない箇所へ奇跡を齎す研究です……!」


「……」


 ジャスミンは座り込んだまま、ハノンの必死な説明を聞き入っていた。

 

「私達は、陰陽道で一体どこまで人を笑顔に出来るかを見たい……それを胸に、陰陽道を極めようとしています……何卒、存続の再考を……!」


「入学式のスピーチみたいに、硬いですわね」


 指摘されて、慌てるハノン。落ち着け部長。

 しかし観念したように一度頭を項垂れると、ジャスミンは立ち上がる。


「……存続を認めます。ただし月毎に活動報告を」


「ありがとうございます!」


 ハノンは花が咲いたように嬉しそうな顔になって、深々と頭を下げた。

 俺も頭を下げようとすると、しかしその額を抑えられて止められてしまった。

 

「勝者が敗者に頭を下げないでほしいですわ。私もどうやら井の中の蛙だと分かりましたので、礼を言うのはこちらの方ですわ」


「……そりゃどうも。じゃあこっちかな」


 俺は手を差し出した。

 

「何ですの」


「生徒会と陰陽道部。これからも色々話し合う事はあるだろうからな。よろしくお願いいたしますって事だ」


「……容赦はしませんわよ。何か問題がある部活だと分かれば、生徒会として厳正な対応をとります」


 そう言いながらも、意外とすんなり握手に応じてくれた。

 しかし波風はまだ立つ。

 ジャスミンがアルフの横を通ろうとした時に、立ち止まったのだ。


「アルフレッド殿下。しかし私には一つ分からない事があります。何故あなたが陰陽道部に入っているのか」


「……別に僕の自由だ」


「殿下は陰陽道に世界を救う可能性を見出したのでしょうか。それとも」


 この時、俺にはジャスミンが何を考えてエニーに眼を向けたのか分からなかった。


「この付き人の隣以外に、居場所を見つけたのでしょうか」


「僕も陰陽道のファンになった。そしてエニーは自分の意志で陰陽道部に入っている。それだけだ」


「……変わらず、“何を探しているのか分からないお忍び”をされるかと思ったら、一所に止まるなんて意外と思ったので、聞いたまでですわ」

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