第55話 陰陽師、屋上で彼女の手作り弁当を食べる
「ほんっとに良かったよぉ……昨日は何事も無くて……」
物凄いハノンが脱力していた。ふにゃふにゃだ
昨日の生徒会室との一件から、ずっと机に突っ伏したままだ。
まったく、本当に大袈裟だなぁ。
「陰陽道部が創部一ヶ月で生徒会に潰されるかと思って、ジャスミン生徒会長の前で心臓が潰されるかと思って、ツルキ君が氷漬けにされちゃうかと怖くて……」
「まあ確かに、何でもかんでも凍らせちまう炎ってのは妖怪にもいなかったな。魔術はあんな事も出来るのか」
「私が言っているのはそこじゃなくて、ツルキ君がやられちゃうんじゃないかって……」
「大丈夫だ。生憎陰陽師は魔術師よりもあらゆる摩訶不思議を想定して鍛えられてるもんだ。絶対零度の炎も予想以上だったが、別に予想外だったわけじゃない」
「……私の恋人は人を心配させるのが上手なのです」
どうやら俺の心配をしてくれていた様で、それに気づくのが遅かったせいでハノンは口を膨らませていた。
ちくしょう、かわいい。
もっと困らせたいんだけど。
でも嫌われるのも嫌だな。
「――おーい、昨日の試験を返すぞ。あまりなれないかもしれないが、平均点が低かったからな」
その授業は経済の授業であり、昨日の試験の答案が返ってきた。
俺は自分の答案を受け取るなり、すぐさまさり気なく机の中に隠す。
……あまり見せたくないから。
「ふぅ、平均点よりは良かった……あれ? どうしてテスト用紙隠したの?」
うわっ! ぬかった!
ハノンに見つかってしまった!
陰陽道はこういう時に使うものなのに!
「……もしかして赤点、とかじゃないよね」
「とんでもございやせん。今日の陰陽道部には補習とかで出れないというオチにはならないので」
「じゃ見せあいっこしよ、見せて見せて」
「――だが満点が二名いたので発表する」
ハノンが先生の方を向いた時には、俺は手遅れだと思った。
……この先生、満点成績者を公開するタイプの人間か、くそっ!
「一人目、ツルキ!」
俺は観念して、マルのみで構成されたテスト用紙をハノンに見せた。
ハノンだけじゃなくて、クラス全員からの視線が物凄い熱い。
ハノンからは当然の反応で、その後の昼休みに聞かれる。
「なんであの点数で隠すの……」
「いや、何だか自慢しているみたいに思えてさ。結局あの先生言っちゃうから、皆から知られちまったけど」
「変なところで謙虚だよね」
「それにしても今日の弁当、このウィンナー美味しいな!」
「ほんと!? よかったぁ……」
物凄い嬉しそうで、俺も嬉しい。
嬉しさって伝染するんだな。愛って感染するんだな。
フォークに刺さったウィンナー含め、この弁当はハノンが作ってくれたものだ。
料理が苦手とか言っていた割には、彩り豊かな美味しい弁当を作ってくれる。
作ってくれるだけでもうれしいのに、美味しいのも嬉しいし、嬉しいと言ってくれるのも嬉しい。
「これでも最近ある人の下で料理を修行しているので、それはとても誇らしいです!」
「ん? バイトか?」
「バイト自体は昨日からなんだけどね、最近オープンした店があってね」
曰く、一ヶ月前に助けたヒナちゃんが働いている店があるらしく、そこのオーナーからレシピや作り方を伝授してもらっているらしい。
ただ、心なしかアンフェロピリオン地方の造りと似ているのは気のせいだろうか。
「ごちそうさま」
「はい、お粗末様でした」
「じゃあこの後魔術の授業だけどよ、ちょっと魔術見てもらっていいか?」
「うん、分かった」
俺は何もない屋上で右手を翳す。
――一昨日くらいから出せる様になった緑色の魔法陣。
俺はそこから突風レベルの空気の砲弾を放つ。
「……どうだ?」
「……やっぱりすごいね。魔法陣って普通もっと、年単位でかかるものなんだよ?」
「そりゃあきっと、ハノンの教えが上手だったからだ。基本が染み渡っているっていう意味も最近よくわかった気がするぜ」
「――それは君が努力型の人間だからじゃないか? 意外な事に」
屋上に訪れたのは、アルフとエニーだった。
最近俺ら二人を気にして、食事が終わるであろう時間に合わせて屋上に来るのだ。
……別にそんな事気にしなくてもいいのにな。
「僕も彼の部屋を訪れた時にね、正直ちゃんと勉強していて驚いたもんだ」
「やっぱりそうなの?」
「しかし魔法陣もこうやって出せる様になって。彼は僕らと会っている時間以外は殆どを勉強か、魔法の練習に明け暮れているよ」
「折角の学校生活だ。部活も遊びも、勉強も全力でやるのが楽しみだったんだよ」
そこでふと、俺はもう一人の機能の試験で満点をたたき出した少女を見つめる。
「大体エニーの方が凄くないか? アルフの身の回りの世話をしながら、満点だなんてよ」
「初学年の試験で勉強しなければ満点を取らなくてはいけないようでは、アルフ様にお付き従う資格はありませんから」
医療にも、プロレベルで精通している知識を持っている。
エニーならば最終学年の筆記試験相手でも、オール満点は間違いない。
そのエニーが何だか今日は不服な顔をしていて、幼顔がぷくーと頬を膨らませている。かわいいな。
「それよりもアルフ様。あの点数では、王家の威厳を保てません……!」
「僕は王位を継ぐつもりは無いし、それにケアレスミスの一点ミスだから許してよ」
「駄目です! そういった小さな気のゆるみがですね……!」
暫く出来の悪い兄と、出来の言い妹のやりとりを聞いている様な気分だ。
でも注意されるアルフはどこか楽しんでいる様で、悪い気はしていないみたいだ。
そんなアルフに訊いてみた。
昨日ジャスミンと別れ際に話していたことだ。
「そういえばよ、アルフ。ジャスミン先輩とは何かあるのか?」
「……まあ古くからの知り合いでね」
相変わらず人の事には首突っ込むくせに、自分の事になるとうまいこと流しやがる。
『変わらず、“何を探しているのか分からないお忍び”をされるかと思ったら、一所に止まるなんて意外と思ったので、聞いたまでですわ』
やはりこいつのお忍び旅には、ちゃんと何かしらの目的があったんだろう。
それも、
■ ■
俺はその夜、学生寮の近くで魔法陣の練習をしていた。
魔法陣を描き、そこから疾風を出現させる。
次第に体が疲れていく様な反復練習だが、これを繰り返していれば魔術の発生速度、持久力が上がるとハノンは言っていた。
俺は皆より遅れてる分、頑張らなきゃな。
「うっし……後100セット」
「あら、噂とは違って魔法陣程度は出せますのね」
声の主は夜道に一人でいるには不釣り合いな、金髪碧眼の大御所だった。
砂漠の花のように感じた人間の正体は、腕組をして樹に寄り掛かっていたジャスミンだった。
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