第53話 陰陽師、生徒会長と戦う

 魔術の歴史は、決闘の歴史でもある。

 故にグロリアス魔術学院でも戦闘訓練があり、その手合わせの為の訓練場もある。

 俺とジャスミンが立っている場所は、グロリアス魔術学院第三訓練場。

 手合わせには丁度いい広さの空間だ。


 前世で言えば小さなスタジアムみたいなもので、ぐるりと一周する観客席には俺以外の陰陽道部の人間や、生徒会質の人間が座して見守る姿がある。


「で、どうすれば部の継続を認めてくれるんですか。ジャスミン先輩」


 中心に立つ俺ら二人は、一定の距離を取りながら向かい合う。


「陰陽道とやらを私との戦闘で見せていただければ結構ですわ。魔術に代わって放課後の時間を消耗する必要があるのかについて、戦闘中に私が見極めます」


「つまりあんたのお高い眼鏡に適えば、俺達は無罪放免って事か」


「そういう事ですわね」


「ちなみにあんたに俺が勝った場合は?」


「実力主義であるグロリアス魔術学院の仕来りに則り、あなたの言う無罪放免って所でしょうね。それに陰陽道部への予算を増やすことを約束しましょう。ですが――」


 ピシン、ピシン! と爆竹が鳴ったかの様な炸裂音がした。

 鞭。

 ジャスミンが持っている鞭の先端が、音速の切り替えしで炸裂音を放っている。


 呼応しているのだろう。

 土足で誇りに踏み入ってきた俺への憤怒と。


「今の発言は無知蒙昧を意味しますわ。私はハロワルト家故に生徒会長をしているのではなく、実力故に生徒会長の座についています。私が勝ちましたら、その甘言、痛みを持って償っていただきますわ」

 

「あんたの事は耳にするよ。“氷聖の女帝”」


 そんな怖い顔しなくても、俺は知っているさ。アルフから聞いたよ。

 ジャスミンがまだ第二学年である事も。

 にも拘わらず第三学年たる上級生を全て倒し、圧倒的なカリスマと人望でもって生徒会長に君臨しているという事も。

 

 “氷聖の女帝”。

 入学以来、そう呼称され、称えられ、畏怖されて、二学年に上がると同時に最終学年から生徒会長の椅子まで奪い取った。

 しかも副会長にその奪い取った最終学年の先輩を置いているんだから驚きだ。

 曰く、副会長は自分への対抗勢力でなくては、学院は成長しない。

 玉座に座ってただ傍観しているだけに留まらない所が、誰もがついていきたがるカリスマの所以なのかもしれない。

 

 詰まるところ、目の前に君臨する女帝は。

 この学院で権力だけでなく、その戦闘力でも頂点に君臨している訳だ。

 

 しかし別に、最強なんて言葉に心は踊らない。

 そんな言葉が空しいだけなのは、前世で十分すぎる程分かっているから。

 だが自由を奪われるのなら、相手が最強だろうが知った事じゃない。


 自由じゃないのは嫌いでね。

 

「陰陽道部は俺達の奇跡を発掘してくれる。こちとらそう易々と奪われちゃ、つまらないなぁ」


「その奇跡は相応しくない場所かもしれませんわ」


「玉座からじゃ見えない景色もあるって、どっかの殿下は言ってたぜ」


「アイスブレイクはここまでにして、始めますわよ」


 縦横無尽に駆け巡る鞭の先端。

 短い刃が装着されていて、鞭を伸ばして突く事も出来るのだろう。

 しかしジャスミンが戦術として選んできたのは魔術だった。

 

 とても目で追う事が出来ない線の先の点から、橙色の光球が放たれる。

 火球。鞭が織りなす残像のせいで、同時に十、二十から放たれているようにも見える。

 しかも一球一球の球威が凄まじい。

 魔術の授業で未だここまでの威力の炎を現象化させたのは見たことが無い。

 って、どこが氷聖の女帝だ。烈火の女帝だろこれは。

 

「“水不知”」


 そのど真ん中に投げた紙飛行機。

 深海の更に深淵の水圧が籠った柱が四方八方へ飛ばし、迫りくる火球を鎮火させた。

 しかしこの程度で驚いてくれない。満足してくれない。

 一切表情に曇りを見せない辺りは女帝だ。

 

「ならば接近戦はいかが?」


 振るう鞭に光が迸った。魔法剣と同じ光だ。

 ハノンが剣に対してやっている事を、この女は鞭に対してやっているのか。

 何でもありなんだな、魔術ってのは。

 

「おいおい、魔術ってのは遠距離からの砲撃戦がかっこいいんだろ?」


「グロリアス魔術学院に体術の学問が何故あるか考えませんの?」


 そんなやりとりをしている内に、何重にも何百にも見える鞭の軌跡から真空波が飛び出してきた。ここもハノンの魔法剣と同じ理屈だ。

 

 なので予め易占で見ていた予知通り、真空波の隙間に回避ルートを見出し、潜り抜ける様にして全てやり過ごす。

 真空波までは易占で回避できる。

 しかし鞭本体は別だ。まるで結界の様に鞭の軌道を縦横無尽に展開されては、未来が見えていた所でどうしようもない。

 

「じゃーまずはその鬱陶しい蠅叩きを何とかしますか」


 と、俺が取り出したのは赤い紙飛行機。

 掻い潜るにはあまりに密度が残酷過ぎる鞭の結界に放つ。

 

「“燎原之火りょうげんのひ”」


「これしきの紙飛行機……ッ!?」


 紙飛行機と鞭が触れた途端、爆発と衝撃波が広がる。

 結果、鞭を握っていたジャスミンが後方の壁まで吹き飛ばされる。

 勿論、壁に対して受け身を取りながらすぐさま体勢を立て直す。

 

 戦い慣れ、してやがるな。

 だが爆炎に塗れなかったとはいえ、衝撃のダメージを無視しきれないようで、流石に表情に陰りが混じり始める。

 

「これは想定以上……これ程の炎の魔術は、見た事がありませんわ」


 爆発の衝撃をまともに受けた右腕を庇う女帝に、俺は提案した。

 

「ここら辺で分けって事にはしねえか? 陰陽道部の存続、認めてくれるって条件で」


「……ご生憎様。私は納得しないと頷かない主義ですの」


「そうかい」


「ただ威力が高いだけ……それだけなら、魔術であろうと辿り着ける境地ですわ。だから私が見せて差し上げますわ。如何なる強さであろうとも凍り付かす、絶対零度の十八番を!」


 ジャスミンが闘気を発散させた直後、観客席で立ち上がる音が聞こえた。

 アルフが、制止する言葉を発した。

 どうやらそれくらいにやばい十八番の様だな。

 

「そこまでだよジャスミン。命の奪い合いでもないのに、確実に相手を死に至らしめる魔術を許すわけにはいかない」


「殿下はご静観下さい。いつも私に対しては、そうしてきたではありませんか」


 意味深な会話の後で、俺に向かって不安を拭い去る様ににこりと笑うジャスミン。

 しかし俺には、圧倒的な余裕の裏付けにも感じ取れた。

 

「ご安心下さいな。私とて命は貰いません。しかし――“一時的に心臓が止まるかもしれませんのでご了承を”」


 陰陽道部の面々のどよめきが見えた。

 エニーも知っているのか、アルフに同調するように制止する声を発する。

 そしてハノンは、俺を心配している。

 また失うんじゃないかと。恐れいている眼だ。

 

「行きますわよ」


 また鞭の結界。

 依然と特に変わったところはない。今のところは。


「……そういう事か」


 易占が俺に映し出した未来。

 しかし俺はその未来を感じ取りながらも、失敗だと分かっていても“燎原之火”を込めた紙飛行機を放つ。

 先程までの鞭ならば、ここから爆風でジャスミンが吹き飛んだ。

 だが見た未来の通り、突如鞭に“純白の炎”が宿る。

 

「我がハロワルド家の血を持つ者のみに解放可能の、かつて世界を救った属性“銀”による魔術。“ニブルヘイム”」


 紙飛行機と雪の様な炎が触れた瞬間。

 一瞬で紙飛行機が氷塊の中に閉じ込められ、鞭の衝突によって粉砕された。

 焔を炸裂させる事も無く、陰陽道を発する事も無く、静かに煌めく雪となって消えていった。

 

 雪という結晶へ散りばめられた紙飛行機の破片が反射して煌めく。

 粉雪に彩られたジャスミンの姿が、一層美しく映える。

 鞭に宿った白い炎が地面に触れると、そこも一瞬で凍り付いていく。

 

 ははぁ、理論は大体わかった。

 

「その白い炎に触れると、何でも凍らせちまうのか」


「それなりには有名な筈ですけれど、アンフェロピリオン地方までには轟いてなかったようですわね」


 絶対零度の炎。

 それを宿した鞭を振るいながら、降りしきる雪に塗れて女帝は改めて自己紹介をした。

 

「私はジャスミン=ハロワルト――この銀という属性を使った絶対零度の炎“ニブルヘイム”を扱えるが故、貴族へと成り上がった一族の末裔ですわ」


 あ。

 そう言えば自己紹介まだだった。

 先に自己紹介されるのは、何だか癪だな。

 

「俺はツルキ=アンフェロピリオン。趣味は紙飛行機を飛ばす事だ」


「あら、恐れませんのね。体に当たれば確実に心臓麻痺ですわよ」


「絶対零度の炎なんて陰陽道には無くてね。ちょっと感動してる」


 やっぱ魔術は広いな。

 陰陽道よりも自由だぜ。


「だが俺は陰陽道部の一員だ。俺達の居場所まで雪にさせる訳にはいかねえな」


「絶対零度の炎、ニブルヘイムを相手に藻掻き方でも思いつきましたか」


「ああ――2つほど」

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