第51話 陰陽師、帝国からランク指定される
「古代の話をしたからな。授業の最後に、魔物の話をしよう」
ヒューガ先生の今日の授業は、その話で締めくくられた。
机と机の間を歩みながら、まるで読み聞かせるように低く、しかし安心できるような声が俺達の耳に入っていく。
「そもそも魔物とは人類に仇を為す動物、人類と比べ強力な動物を勝手にカテゴライズしただけのものだ。人類は魔物を敵と見定め魔術を使い、古代から住んでいた彼らからどんどん居場所を奪っていった。だが魔物も黙ってはいない。人類に勝てるよう、遺伝子的に強くなっていった。今の魔物の脅威は、人間が創り出したと言ってもいい。人間と共に、魔物も進化している」
ヒューガ先生は歩みを止め、しかし警鐘を鳴らす様に更に声を大きくして言った。
「だが……人類はその知識や知見で、新しい世界を生み出そうとしている。人間自身が本当の意味で、魔物を創り出すという領域に」
「――
アルフの質問を、ヒューガは首肯した。
「許されない事です」
「しかし、それだけの技術は既に完成している。後はそれをどう使うかだ。技術の進化を止める事は、人類の進化を止める事と同義だ。そしてそれを止める事は、誰にもかなわない」
俺達は先月、魔物が創られるのを見た。
神様と勘違いした貴族が、命をパズルの様に当てはめていく末路を見た。
その結果見上げたのは、とても綺麗とは呼べないものだった
ヴァロンという男の悪行は、勿論ヒューガも聞き及んでいる所だ。
だからこそ、ヒューガは俺達を諭すように言う。
「しかし人間には倫理と、法と、徳がある」
倫理があるから、悪行を止める事が出来る。
法があるから、悪行を抑える事が出来る。
そうやって人間と国の価値観は出来たんだよ、とヒューガ先生は語ってくれた。
「ただし、これはちゃんと頭に入れておくことだ。最早人間は、自分で魔物を生み出せる程の技術を手に入れていることに。それによって文明の破壊だって起きる事に」
とんとん、と出席簿を教壇で叩く音。
「今日話した、古代にして最初にして最強の敵であった“天使”の話も含めて、君達がこれからどう生きていくかもしっかり復習しておくように」
“天使”。
数こそあまりに極小だったために自然に消滅してしまったが、世界中の人類や魔物を凌駕した力を持った破壊者の種族で、一時期は人類は彼らの為に滅びかけたという。
そして。
天使という言葉が出た時。
僅かにアルフの頬が歪んだのも、今思えば当たり前の事だった。
■ ■
オール帝国。
帝都から少し外れた雪景色の中から、一つの馬車が出る。
馬車の中では、帝国特殊独立部隊“ウォーバルソード隊”が席に座って向かい合う。
上座に位置して当然の統率者であるニコーが、今回の作戦を語り始めていた。
「俺達はこれより、アイルラーン王国に存在する“天使”を奪取する」
放たれた御伽噺の怪物に、隊員はただ沈黙。
しかしそれは信じられないからでも、臆しているからでもない。
ただの情報として受け取っているだけだ。
……新入りであるアレン以外は。
「ようアレン。あんま緊張すんなよ、と」
ホウキ頭が特徴の副隊長、ジストが震えるアレンの肩をぽんぽんと叩く。
しかし拭えない驚愕が、アレンの顔には正直に現れていた。
「いや……しかしまさか“あいつ”が天使だったなんて……」
「捨てた国に、仲間意識?」
ホワイトと呼ばれる美少女が、絶対零度の目線でアレンを睨む。
この一か月間、雑用として過ごして来たアレンだった。
貴族の生活から一転した下働きにも慣れなかったが、それ以上にホワイトの心ない挙動には中々慣れない。
眉をピクリとも動かさないニコーの威圧感にもだ。
「アレン。新入りには荷が重いが、やり遂げてもらうぞ」
アレンは頷くしかなかった。
しかしホワイトはアレンの挙動不審が癪に障ったのか、冷たい声で釘を刺す。
「お前が裏切った場合、私はお前を殺す」
アレンは何も言えず、ただ視線を逸らすだけだった。
ニコーが話を続ける。
「要注意人物を二人挙げる。一人目、グロリアス魔術学院在籍、ツルキ=アンフェロピリオン」
「ヴァロンの亡命を食い止めた奴だな、と」
ジストがホウキ頭を整えながら、ツルキの所業を一言で表す。
隣でアレンも忌々しそうに顔を顰める。
「同時に奴は
「帝国は随分と臆病だねぇ」
オール帝国では脅威と認定された人間に対して、ランク付けをする。
ランクが高いほど他国への侵略の際に、要注意人物として認識しておく。
「ツルキ……通称“
流石にアレンだけでなく、ホワイトも眉を潜め、ジストが呆れた様に唸る。
スワン――優雅な白鳥を思わせる名称だが、見惚れていれば最後。
翼を模した鎌で首を狩られる事は間違いない。
それも陰陽道という魔術でも測れない、神の仕業によって。
だがそれよりも、着目したのはランクの方だった。
「おいおい、ランク:SSは最上位の筈だぜ……、さらに“~”を着けるかよ、と」
“~”が意味するのは、まだこのランクは暫定段階であり、伸びしろが十分予測されるという事だ。
まだ“
「警戒しすぎてしすぎる事はないが、歴史上初のランク“X”もあり得るな」
「問題ない」
焦燥ムードが漂ってきた中で一人だけ狼狽せず、真っすぐな声で場を切りなおしたのはホワイトだ。視線も、姿勢もブレない。
「人間であるなら、心臓を貫けば死ぬ。人間である以上、どこかに限界がある筈」
「そうなるねぇ」
「もし
「正解だ。
ニコーは部隊を鼓舞した上で、注意を付け加える。
「だが我らは極力この要注意人物との戦闘は徹底して避ける。目的はあくまで“天使”の奪取なり。無駄な名誉欲に駆られて、命を無駄にするな」
「分かった」
「オーキードーキ、と」
ホワイトもジストも同意して首肯する。
ウォーバルソード隊の面々は皆、ニコーの統率に不服を申す者はいない。
アレンも一ヶ月も隊にいると、全体の様子が見えてくる。
「いずれにせよ先程話した通り、ツルキともう一人の要注意人物の相手をするのは我らではなし」
ツルキと、もう一人の要注意人物。
一瞬狼狽こそすれど、ウォーバルソード隊全体が絶望に駆られなかったのは、自分達が彼らの目前に立つことは無いからだ。
今回の作戦は、ウォーバルソード隊ともう一つ別の部隊で実行する。
「とはいえもう一人の要注意人物についても、ここで話しておく」
「そいつは誰だ?」
「グロリアス魔術学院教師、ヒューガ」
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