第47話 陰陽師、親友の本当の顔を知る

「……」


 世界で一番、分かりたくない景色が目の前に広がっていた。

 俺達が訪れた時、独房の中でヴァロンは死んでいた。


 外見上は細かい傷は見当たらない。

 しかし既に心停止して久しく、体は冷たくなっていた。

 心臓発作……、そうヴァロンの死因は片づけられた。

 

 ただ一つだけ解せなかったのは、右手と両足を縛っていた枷が外れていた事。

 そして汗まみれだった事。

 何より快楽の世界で溺死したかのように、全身全霊の笑顔だった事。

 

 あまりに日常とかけ離れた死にざまに、死体特有の異質さとは異なる異次元さが独房に染み付いて離れない。

 明らかに外部の何かが働いたのだろう。

 俺がそう確信していると、となりでアルフが独房の壁を殴っていた。


「……折角の手掛かりが……!」


 俺はこの日、初めてアルフが人間らしい感情を露にしていたのを見た。

 殴りつけた右手には既に包帯が巻かれていたが、血が染み込む。

 まるで仇敵でも前にしているかのような眼光。

 

 それはどこか、焦燥にも見えた。

 まるで時間はもうないんだって、振動する頬から聞こえた気がした。



「……何だ、今日はもう帰っていいと言っていたのに」


「よう」


 ヴァロンの実況見分が終わるまで、アルフが立ち会う事になり、俺が帰る事になった。

 のだが、俺は事が終わるまで建物前で待っていた。


「その包帯、どうした?」


 相変わらず赤黒く染まっている、アルフの右手を包む包帯を指す。


「エニーに巻いてもらってね」


「どうして巻いてもらったんだ? さっきみたいに壁殴ったのか?」


「……擦りむいただけだ」


 らしくない。

 ここまで頑なに何も語らず、去ろうとするのはらしくない。


「何がそんなに悔しかった!?」


 一人で帰ろうとするアルフを、俺は大声で引き留める。

 足の止めたアルフは決して先程の様に苛立っていなかったが、どこかすまし顔だった。

 

「犯罪者だろうが死んだら悲しいなんてロマンチストじゃねえだろ……俺を連れてきて、ヴァロンと会わせて、何を知りたかった?」


「もう知ることは出来ない。意味のない質問だ」


 そこまで言うも、アルフは一息を着き冷静さを取り戻す。

 ふっ、と頬を緩ませて、俺に言う。


「今日は無駄な事に付き合わせてしまって済まないな。ハノンとの時間にあてたかったろうに」


「……バーカ、誤魔化そうったってそうはいかないんだよ」


 俺だってアルフにも何か狙いがあって、俺を連れてきた理由がある事は知っている。

 それは自分が痛手を負っても知らん顔出来るくらいに重大である事も。

 王子故の余裕という化粧を被っている事も。


「さっき、何か呪いを解きたいとか言っていたな」


「……呪いと言ったのは、言葉の綾だ。仮に本当に呪いがあったとしても、陰陽道は本来この世界にないもの。僕らの世界の範疇じゃない」


「“丑の刻参り”」


 その言葉を、俺は陰陽道の詠唱として唱えた訳ではない。

 ただの紹介だ。

 

「……そういう陰陽道があるんだよ。さっきのヴァロンの死体。“明らかに肉体の限界を超えた”感じだった。体を無理矢理動かされたと言えばその陰陽道しかない」


「ここまで何も言わなかったという事は、証拠はないんだろう?」


 俺は両肩を竦めて、図星だった質問に返す。

 

「陰陽道は暗殺にも使われがちでね。証拠隠滅はお手の物なのさ……だがお前の顔が、本当は陰陽道が関わっていたって顔をしているぞ」


「心の悟りも、陰陽道の範疇か?」


「友達だからだよ」


「……へぇ」


 俺の発言に、まるで力が抜けたかのようにアルフは笑った。

 灯りに晒されていたのは王子として、職務を全うする大人の顔ではない。

 いつもの教室にいる様な、悪戯好きな子供の顔だった。

 

「てめぇが言ったんだろ? 一人の友人と接してくれってよ」


「……君には実力でも、人間力でも敵わないようだな」


 俺たち二人はやがて人通りの少ない夜中の王都を歩いた。

 街灯と暗黒が交互に俺達を照らしては隠し、そんな俺達を満月は照らす事も隠す事もせず、ただ見下ろしているだけだ。


「それでも、言いたくない事はある」


「分かったよ。けど手遅れになる前に言え」


「……一人の親友として、手遅れになる前に言っておきたい事がある」


 まるで遺言の様にアルフが言ったのは、分かりやすい別れ道だった。

 寮に帰る俺は右側に進む。王宮に用があるアルフは左に進む。

 もう一歩進めば、俺達は一人になる。

 

「もし僕とエニーに何かあったら、エニーを助けてやってほしい。例えどんな事になっても」


 脅威一番のいい笑顔だった。

 俺が女だったら惚れちゃいそうだな。

 だが残念ながら俺は男なので、少し怒り口調でアルフの胸倉を掴む。


「……ツッコミどころが二点」


 俺はあえて低い声で言い放つ。

 

「まずどんな事になっても、ってどんな事があるんだよ。さてはてめぇらが国際指名手配犯になってもってか」


「ああ。その通りだ」


「2つ目。なんでエニーだけ助けんだ。お前はどうしたお前は」


「……もしエニーと僕の命をどちらかを優先しなきゃいけない時は、って事」


「じゃあ返事だ。耳かっぽじってよく聞けアルフレッド殿下」


 更に顔を近づけた。キスしそうになった。構わず続けた。

 

「お前らが間違ってると思えば敵になるし、そうじゃなければ地の果てまで助けてやるよ。お前ら二人揃ってだ!」


「……」


 胸倉を掴んでいた手でアルフを押し飛ばす。

 襟を正してアルフは呆れた笑みを浮かべていた。真剣な俺の顔とは真逆だ。

 

「大胆と言うか。そんな恥ずかしい台詞、良く言えるね君は……」


「お前も誰かに告白してみろよ。結構ハート強くなんぜ」


「……いや。恋愛よりも、僕にはやる事がある」


 そう言って、手を振りながらアルフは自分の道を歩き始めた。

 俺もあまり恥ずかしい事を言いたくなかったが、寂しそうなあいつの背中に言葉で追い打ちをかけたくなった。

 だから俺は叫んだ。

 

「おい! 俺はお前に感謝してんだ! お前のおかげで俺はグロリアス魔術学院に入学して、クラスや陰陽道部っていう仲間が出来た! で、陰陽道も悪くねえって思えたんだ! 何より最高の彼女が出来た! 一生大事にして、結婚したいって思える自慢の彼女だ!」


 アルフは振り返らない。

 きっと、笑っているのだろう。

 

「だから何かあったら俺に頼れ! お前はもう、俺の一番の親友なんだからな!!」




 結局、何の返事も無くアルフは闇の中に消えた。

 あいつが何を考えているのか、一体陰陽道に何を求めていたのか、言葉の真意も分からなかった。

 陰陽道は結局、破壊と手品くらいにしか使えない。

 

 それなら俺があいつの抱えているモノをいつかぶちまけてやる。

 陰陽道なんてオマケだけでどうにかなるのは世界くらいだ。

 人間をどうにか出来んのは、人間くらいだからな。

 


『貴様は何のために戦ったのだ』



 不意に、前世の魔王の発言が脳裏をよぎったのはなぜだろうか。

 この話をしている時、ずっとアルフの中に山本五郎左衛門の面影を見たからだろうか。

 孤高でしかないアルフに、被る筈がない百鬼夜行の主の影を感じたからだろうか。

 

「……もう世界なんて救わない。俺は大好きな仲間の為に、戦う」


 ふと、俺は返事を綴っていた。

 もう魔王の影も、アルフの背中も見えなかった。

 

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