第46話 犯罪人、この世で一番幸せな死に方をする。

 ヴァロンはその薄暗い独房の中で、未だ乾いた笑いを続けていた。

 もう何故か分からないが、ずっと笑っているのだ。

 衛兵も気味悪がって、最初は注意していたが、次第に振り向く事さえしなくなった。


「WoW、WoW、敗北者、大爆笑! スマイルです、プライスレス!」


 例えばこんな風に踊り狂ったラッパーが独房内に出現しても気づかない。

 シルクハットを被り、顔を衒った意味不明の言語で模様を書かれた藁を被っていても全く気付かない。

 ヴァロン以外には、気付かれない。

 

「“へのへのもへじ”……まさか助けに来てくれるとは」


「えっ、俺っちショック! 唯一無二のキューティープリンな髭ちゃん、緊急事態臨終死体、看取りに一人、駆け付けない訳ない!」


 相変わらずどうやって横移動しているのか分からない踊りをしているが、間違いなく助けに来てくれた様だ。

 証拠に、リズムに合わせて縦横無尽に暴れ回る両腕で指パッチンをすると、ヴァロンを縛り付けていた枷が外れた。

 

 立ち上がるのも一苦労だが、何日ぶりだろうか。

 両足で立つのは、いいものだ。

 

「そうか、俺はまだあの殿下気取りの子供の滑稽なさまを見れる訳か……」


「え? 緊急事態臨終死体、看取りに一人って言ったでしょ?」


「……ん?」


 途端に疑問符を浮かべるに相応しい言葉が出てきた。

 へのへのもへじは痩せ細ったヴァロンを指差す。

 

「君は悪くない。陰陽師、本当に強かった。孤独ゆえに、蟲毒には強かったかな?」


 ツルキの事を指しているのだろうか。

 その瞬間、ヴァロンの壊れた顔が突如正常に戻り始めた。

 ツルキの事実に触れた瞬間、“澱神の法”として見た全ての光景がヴァロンから笑顔を奪うのだ。


「そうだ。奴は一体何者なんだ!?」


「何者だと思う? あれ、本当に人間だと思う?」


 質問に質問で返された。


「俺は分からない、たまらない! “生まれた時代が違うから”!」


「……!?」


「澱神の法は凄まじい、あれだけはどうしようもない。しかし本当に世界壊す系男子だったとはなぁ」


「何を言って……」


「“丑の刻参り”」


 突如“へのへのもへじ”が呟いた途端、ヴァロンの体に異変があった。

 体が勝手に踊りだしている。

 まるで眼前で、恐ろしく激しい踊りをしてるへのへのもへじの影になってしまったかのように。

 体が言う事を聞かない。

 体が限界を超えて、頭も胴体も肢体も全てが狂ったように踊り始めてしまった。


「君は欠けた月、運の尽き! 俺は欲しい、何も足りぬ事のない望月!」


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 草木一つない砂漠にいるかのように、体中から水分が消えていく。

 体力気力魔力全てがこの踊りに吸い込まれていく。

 冷たい独房の中で、自分だけマグマに使っている様な気分だ。

 

 自分が誰かも忘れそうになりそうな視界で、へのへのもへじは自分に両手で指をさす。

 勿論、自分も同じ格好になる。

 これ以上走れないと言わんばかりに息を切らす。


「しかし三日月には三日月なりの美しさがある。月は欠けてるから美しい。花は散るから綺麗」


「……」


「だから踊ろう、楽しもう。“死ぬ準備は出来たAre you ready?”」


 勿論ヴァロンは十分に歳を取っているし、更に無理な運動をした事で干乾びている。

 月とも桜とも喩えるには役不足だ。

 このまま“へのへのもへじ”の動きをコピーさせられていたら、間違いなく心臓が停止する。

 

 そんな死の未来を悟りながらも。

 何故か、ヴァロンはにっこりと、大きく目を見開いて笑った。

 

「あは、あはっはははははははははははあははひっひひっひひひひいいいい!!」


「ヤッ、ハッ、ワン、トゥー、スリー!?」


 目まぐるしく回転する世界の中で、人生開始以来の凄まじい狂喜乱舞の中で、ヴァロンは確かに幸せだった。

 この後に待ち受ける、永遠の虚無すら忘れて、自分の名前も地位も忘れて幸福だけに満ちていた。

 理由は分からない。

 理由なんてない。

 だって、幸せな気分になるのに、そもそも理由なんてない。

 全ての出来事に対して、嬉しいって感情を抱けばいいだけだ。

 

 体を鑢で削られるのなら、楽しいって叫べばいい。

 溶かされるような窯にくべられるのであれば、最高って諸手を上げればいい。

 絞首台に向かっている最中で、人間賛歌を唱えればいい。

 ギロチンが降ってきてからも、笑って、笑って、笑っていればいい。

 

 大事な人間が死んだって、笑い飛ばせばいい。

 笑おう。遊ぼう。好きにやろう。忘れよう。

 

 ここは天国なんだから。

 もう、ここは極楽浄土なんだから。

 

 

「ありがとおおおおお、アイラブユー、アイラブユー、アイラブユー、アイラブユー、アイラブユー、アイラブユー……!」



 一緒になって愛を叫びながら、なんとなくヴァロンは思った。

 

 そういえば、なんで目の前の“へのへのもへじ”はどうして死なないのだろう。

 そもそも、この男、何だったのだろう。

 こいつ、誰だっけ?

 


 まあいいか。

 

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