第48話 陰陽師、デートする
王都中心の噴水は、王都一番の目印として有名らしい。
「お待たせー!」
と言ったのは、隣の男子を待たせていた少女だった。
しかも会うなり腕組んで彼方へ二人三脚だ。
……上級者ともなると、人目っていうのを気にしないもんだな。
「アプローチは男子から、アプローチは男子から……」
ぼそぼそと呟きながら、今日のデートコースを頭の中で再構築する。
まずはここから北に行ってアルフがイチオシの店に行って……
「どうしたらツルキ君が自然にアプローチできるように、例えば……」
ん? 俺の呟きに何か女の子の声が被っているぞ?
と振り返ってみると、少し離れたところで顔を真っ赤にした挙動不審の天使がいた。
ブラウンのフリルのスウェットで少しだけ露出した、小さな肩が震えていて。
フレアスカートと黒のブーツに守られていない、真っ白で細い太ももが揃ったまま硬直していて。
緑のベレーから伸びた藍色の髪が、今日はどこかふわふわしていた。
おい、あんな所に女神がいるぞ。
しかも俺と同い年の女神だ。
あんなに可愛くおめかししてるのに、それでも足りないらしい。
結果発生しているおどおどっぷりが俺のハートを鷲掴みにしているんですが。死にそうなんですが。
俺は吸い込まれるように、煌めく空間に向かう。
さっきから色んな野獣の目線も、彼女に向かってんだ。
早く保護しないと。
「わっ!」
「ひゃあっ!?」
驚かせてみた。
同時、後ろで噴水が一際大きく舞った。
暫く凍り付いたように固まっていたハノンに、俺は心に宿る邪な何かと戦いながら、平常心を取り戻そうとする。
「お、おいっす……めっちゃいい天気やな、驚かせてもうてすまんの」
おい俺、なんで関西弁になってんねん。
あ、この世界では別の地方の方言か。
だが滑った挨拶で逆に、ハノンを笑顔へ誘う事が出来た。
「……ふ、ふふ。驚かさないでよ……!」
「そこまで驚かせるつもりはなかったんだがな……その、私服、見惚れてたから恥ずかしさ誤魔化しに」
「ほ、ほんと!? ……良かった」
一体何時間セットに仕込んだのか分からないふわふわ髪を擦りながら、照れと嬉々を同時に表情に詰め込みやがった。
駄目だ。頭上からつま先まで全部可愛いぞ。何がどうなってやがる。
「と、というか私、私服着るの初めてで! エニーちゃんが今年の流行はこんな感じですって一緒に買い物手伝ってくれて……!」
褒めたポイントが良かったのか、力説してくれた。
エニー、本当に何者なんだ。
医者かと思ったらファッションにも精通しているんかい。
しかし今回ばかりは本当に感謝だ。制服とのギャップって奴だろうか?
えっ、今日この子と俺デートするの? 本当に?
いやいや、いけない。見惚れてばかりで結局頼りないとか結末だけはゴメンだ。
ひとまずスタート地点である、噴水から離れよう。
で、辿り着いた喫茶店。
アルフ一押しだけあって、自然をモチーフにした保養力ばっちりの内装をしている。
だが一つだけこのデート、いきなり問題が発生している。
ここまでの会話量、ゼロ。
漂白剤並みの驚きの白さ。
俺は世間一般で称されるコミュ障だったのか……。
いやだって、こんな所で勉強の話をするのはいつも通りで詰まらないし、陰陽道の話をすると自慢話に聞こえたら嫌だし、魔術については俺何も語れないし、詰んでる。
ちゃんと上座はハノンに譲れたから、許してくれないかな。
「……ごめんね、さっきから黙っちゃって」
席に座って、互いにメニューを決めるなり、ハノンが顔を隠していた。
「いやいや、こういう時は男の方からアプローチをしないと本当はマナー違反で……」
「ううん! 私はツルキ君に楽しい一日にしてほしいの!」
肩から上だけ乗り出すハノン。
ところが声量の調整に失敗したので周りから奇異の目を向けられ、委縮してしまった。
そんなハノンを見て、俺は笑っちまった。
「わ、笑わないでよ……! 私は、本当に、どうすればツルキ君が今日一日私といれて良かったと思えるかをね……!」
「……ハノンって、本当にいつでも、真剣そのものなんだなって」
「真剣だよ! それともツルキ君は私と、真剣じゃないっていうの……?」
頬を膨らませるハノン。
「真剣過ぎて、緊張しまくってるよ。どうしたらハノンが楽しんでくれるかってね」
でもそれは裏返しで、『どうすればハノンに嫌われないか』なんて自由じゃない発想だったんだ。
俺はそれに気づいて、ハノンの真剣で真っすぐな顔を見て、気付けば両肩の力を抜いていた。
でも、折角ハノンを独り占めしているんだから、ハノンの事をもっとよく知ろう。
「ハノンはさ――」
それから、俺達の間には他愛ない会話が走り始めた。
いつもの教室で繰り広げる、数分後には忘れている様な、どうでもいい会話が主だ。
しかし情報よりも、本当に楽しそうなハノンの顔が俺のハートにちゃんと記憶を残してくれる。
「……じゃあ、ツルキは異世界に行ったんじゃなくて、異世界から来たんだね」
そして話題は、禁忌とも言うべき俺の前世の話になった。
そもそもハノンが死から蘇った泰山府君祭、即ち遊奈の話題に触れるには避けては通れない道だった。
しかし遊奈が『来世の私』とか言っているくらいに、前世を示唆していたみたいだ。
だからハノンの驚きはこそすれ、すぐに信じてくれた。
「しかも、前世で私達……一緒だったんだね。運命って、本当にあるんだね」
「陰陽道で運命は定義されてないが、まああるんだろうな」
「でも運命だけのおかげじゃない。狐さんが、本当にツルキ君を一番に思っていたんだよ。前世からずっと君を探していたんだよ」
私は分かる、と付け加えてハノン。
俺も納得してしまう。輪廻転生の理すらも越えてしまいかねない忠誠心が彼女にはあった。
例え俺が作った式神だったとはいえ、命も自我もあったはずだ。
それなのに毎日仲間が死んでいく戦場で隣り合わせになってくれて、どんな時も俺を支えてくれて、自分の消滅よりも俺の死を嘆いてくれていた。
ハノンはそんな遊奈の笑顔を代弁するように、沢山目の前で笑った。
勿論目の前のハノンは、遊奈の魂を引き継いでいるだけで遊奈ではない。
ハノンという、紛う事なき特別な個体だ。
それでも、別の個体になってでも、彼女は俺に会いに来てくれた。
「どうやら俺は前世で、最高の相棒を持っちまったらしいな」
「そうですよ」
ハノンの今の声は、まるで遊奈の対弁の様だった。
「……でも、俺はハノンを好きになった」
「……」
きょとん、としてハノンは顔をぐいっと近づける。
「今の、もう一回言って!」
意識して言うと、めっちゃ言いづらいじゃないか。
「……俺は、ハノンを好きになった」
「えへへ、私も、ツルキ君の事好き!」
次の店は装備店だった。
ヴァロンとの戦いの際に、ハノンの剣は折れた。
だから代わりの剣を買わないといけなかった。
「あの剣がね! エストックって言ってね!」
だが騎士の出であるハノンは意外でもないが剣オタクで、飾られた色とりどりの剣に眼を輝かせていた……俺を置いてきぼりにして。
「なんと! 宝剣ルクバード……! しかし装飾目的に造られたから、構造はチャチなんだよね……」
「あっ! フランルベジュ! これくらいなら買えるかな……!」
ってな感じで振り回される事小一時間。
外に出ると、温泉から出た様にさっぱりしたハノンが新しい剣の鞘を擦っていた。
俺、もしかして忘れられていた? って感じているとすっかり機嫌がよくなったハノンがご満悦そうな笑顔で俺に向かい合った。まあ、こんな顔を見れたならよかったとしよう。
「今度はツルキ君の行きたいところ!」
俺は予め決めていたデートコースを、もう一度思い出す。
「……行きたいところっていうか、めっちゃ心が癒される散歩道見つけたんだけどな」
俺はこの時、ある情景が浮かんでいた。
これから行く緑地。
予習した散歩道が、葛葉院鶴樹が青空になった平和な公園と被ったのだ。
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