第44話 陰陽師、顧問をお願いする


 どうやらハノンとヒューガ先生は既に話をしていたらしい。

 陰陽道部の設立について、ヒューガ先生が顧問として就く条件を。

 それは“陰陽道とは何か”をしっかり定義する事。

 これは先程アルフが出した疑問と同じくで、俺達の中で整理した回答をした。

 

「……まぁ、いいだろう。合格という所にしよう」


 創部届に書かれたその答えを眺めながら、ヒューガ先生は承諾してくれた。

 

「とはいえ私としては、既にツルキがこの“星魂論せいこんろん”の範疇を超えた様な事を既に起こしている様な気がするんだが……入学試験とかで」


「それは……」


 椅子に腰かけるヒューガ先生の生暖かい眼が、逆に辛い。

 しかし困った顔の俺達を見て「そこはご愛嬌としよう」と言って創部届を受理してくれた。

 

「一応ハノンには言っているが、あまり部活に顔を出す時間は割いてやれない」


「グロリアス魔術学院のAクラスの担任ですから、御多忙な上で願いを聞き届けてくれたと思っております。分かっております」


「まぁ、偶には顔を出すつもりだ。その陰陽道、見せてもらいたいしね」


 そう言いながら、ヒューガ先生はどこかへ行ってしまった。

 忙しい人だし、創部届を受理してくれ、かつ顧問になってくれるだけありがたいことだ。

 と話していると、通りかかったエレナ先生がヒューガ先生の後ろ姿を見ながら、

 

「……さっきまで大分怒ってたんだけどね」


「そうだったんですか?」


 エレナ先生の呟きに、ハノンは反応する。

 

「だってさっきまで学院長と一時間大喧嘩してたんだから」


「それは穏やかじゃないな……何かあったんですか?」


 質問を投げたのはアルフだった。

 エレナ先生が近くに人がいない事を確認すると、俺達四人を小さくまとめて、小声で話した。

 

「まだ非公式だから内緒にしててね。アレンの退学措置が決まったの」


「アレンが? 何故だ」

 

「どうも、オール帝国に亡命した事が確認されたの」


「帝国に亡命!?」


 曰く、ヴァロンとは別ルートでアレンも帝国に亡命していたらしい。

 あまりにヴァロンの所業が酷過ぎで王国の全目線が集中していたためもあってか、アレンの亡命はすんなりと上手くいってしまったようだ。

 しかしあの様子だと帝国での身の振り方、分かっていないんじゃないか?

 

「このグロリアス魔術学院は一応王立だから、帝国の人間に教育を施すことは出来ない。だから、退学措置の話になったの」


「ヒューガ先生がやいのやいの言い争ったっていうのは?」


「ヒューガ先生だけが最後まで反対していたの。しかも、退学が取り下げられないなら直接オール帝国に乗り込んでアレンを連れ戻すって聞かなかったのよ」


「……これはヒューガ先生が無茶を言っているな」


 アルフが腕組をしながら、政治を理解している人間として冷静に述べる。

 

「オール帝国とは一触即発の外交状態が続いている。下手に王国の人間が踏み込んで簡単には帰ってこれない……!」


「結局学院長や他の理事たちで説得して、ようやく諦めてくれたって所……」


 確かに一般常識的にはヒューガ先生の行動に賛同を示す者は少ないだろう。

 アレンも人望が無く、いなくなっても誰も振り向かない。

 だがそんな生徒であろうと、自分のクラスでなかろうと死地にまで足を運ぼうとするヒューガ先生を、俺は軽蔑することは出来なかった。

 

 

      ■      ■

 

 その頃、アレンは帝国のとある場所に連れられていた。

 揺れる馬車の中で、まるで極北の地に置き去りにされたかのように、震えていた。

 オール帝国は今、真冬だ。

 

「……なんでこんな事に」


 オール帝国に亡命したら、父親のヴァロンは亡命に失敗していた。

 しかし、アレンだけではオール帝国の人間に伝手がなかった。

 アレンそのものには、全く価値がない。

 そんな話の後でアレンは訳もわからず強制的に連れていかれている。

 

「アレン、降りろ」


 辿り着いたのは、一つの大きな建物だった。

 古びた洋館だった。

 

「おいおい……マジかよ」


 アレンはこれからただの兵として、地を這って泥を啜って生きるしかない。

 貴族の身分は、とうに剥奪された。

 だが王国に残っていても、ヴァロンに恨みを持つ者に抹殺されたかもしれない。

 どちらにせよ、生き残る確率は極限に低いのだった。

 

(いや、俺はグロリアス魔術学院に入学出来たほどの男だ、俺はグロリアス魔術学院に入学出来たほどの男だ、俺はグロリアス魔術学院に入学出来たほどの男だ)

 

 頭の中で意味のない暗示をぐるぐる回しながら、ついに建物の奥にまで踏み込んだ。

 入る途中で数名見かけた。

 根っから貴族のアレンにも分かるくらいの歴戦の勇士たちばかりだった。

 そして一番奥の部屋に連れてこられ、兵に押しこまれる。

 

 乱暴な案内の果て、その部屋には三人いた。

 

「……マジかよ、と。こんないかにもお坊ちゃんが来ちまうほど、今の帝国は人材不足なのかよ、と」


 ホウキの如く逆立つ金髪をした男が鼻で笑う。

 30代後半くらいの、細身の男だった。

 しかし通りかかって来た途中の兵達よりも、更に包む雰囲気はすさまじい。

 いつもなら怒り心頭になっていた所だが、心が凍り付いてそれどころじゃない。

 

 二人目は少女だった。

 しかも一番近い。

 歳も近いし、プライベートゾーンを知らないのかと言うくらいに、距離が近い。

 その美貌と女性特有の体が間近に来て、心が一瞬穏やかじゃなくなってしまった。

 こちらは金というよりクリーム色の髪を腰部分まで伸ばしている。

 ほっそりとした顎、首筋。雪のような白い肌。

 凍りかけていた心が一瞬解れる程、ピンクに染まりかけたところで。

 

「弱そう」


 ……どうやら全身を嘗め回す様に見ていた行動の背景は、そういう事らしい。

 強さの選別。

 まるで突き放すような言い方に、今度は怒りを示した。

 

「なんだと! 俺はな! グロリアス魔術学院に入学し――」


「ほら、もう死んだ」


 いつの間に首にナイフが添えられていたのだろう。

 いつの間に後ろに少女が立っていたのだろう。

 

 ……喉の中心を冷たくなぞる刃が、その疑問すら浮かべさせず、アレンを戦慄させていた。

 

「――意味等無い。貴様の轍がどうなのか、等」


 加えて一番奥で座っていたリーダ格の男。

 部屋全体を覆い尽くしてしまいかねない程に広がる闘気。

 体も心も塵まで圧縮されてしまいかねない威圧感。

 それを抜きにしても、三人の中で最も体が大きく、その体は傷だらけだった。

 無精髭に包まれた頬は、一度も笑ったことが無いかのように当たり前の真顔。

 しかしただ一瞥しただけで、思わずアレンは命を諦めてしまった。

 

「“ホワイト”、番付はそこまでにしろ」


「分かった、先生」


 少女はアレンを留めていたナイフを下げた。

 この少女は“ホワイト”と呼ぶらしい。

 名前通り、確かに雪に同化してしまいかねないくらいの白く、儚い少女だった。


「王国内部の委細を認識している、という点で貴様には期待をしておる。だがそれ以外は貴様次第だ。生き残りたければ、我の指示に従ってもらう」


 ホワイトが先生と呼んだ、一番奥の男の枯れ果てた声。

 まるで一言一言の間に大きな地震が走っているかのようだ。

 これ程までに格の違う人間を見たことが無い。

 否、この感覚は知っている。

 

 一度、あのヒューガに睨まれた時と同じ感覚だ。

 この男、あのヒューガに確かに似ている……。

 しかし一瞬過った考えすらも吹き飛ばすくらいに、今はただこの男の話に耳を傾けるしかない。

 

 男は立ち上がり、アレンと同じ目線になって自己紹介をした。

 一瞬、左薬指に煌めく指輪が見えたが、すぐに視線を顔に戻した。

 そうでなければ殺されかねないと、本能が緊張という機能でアラートを上げているのだ。


「我はこの帝国特殊独立部隊“ウォーバルソード隊”を任されているニコーだ。貴族の過去を忘れ、今日から尖兵の一人として、生き延びてもらう」

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