第43話 陰陽師、陰陽道部を設立する


 翌日、昼休みにハノンの机に集まっていたのは俺だけではない。

 アルフとエニーも、陰陽道部の創立部員として集まっていた。

 

「昨日、陰陽道部の創立に当たって色々方針を考えてみたんだけど……皆さん聞いてください」


 まず基本に立ち返り、陰陽道部とは一言で何をする部活か?

 

「魔術とは異なる“陰陽道”を極める部活とします」


「魔術の中にカテゴライズ分けとして陰陽道は存在しない。そこをどう説明するかが問題だな」


 アルフの言う通り、この世界に陰陽道は本来存在しないのだ。

 存在しない魔術を極めるなんてキャッチコピーを掲げた所で、先生たちの承認が下りるとは思えない。

 

「陰陽道を新しく定義してしまえばいいと思うんです」


「定義?」


 元陰陽師として、今更陰陽道を新しく定義するのには違和感があった。

 だが抜け穴としてはそこしかないか。


「魔力とは別の、魂の力を使った魔術。それを陰陽道とする……実はエニーちゃんに調べてもらった所、とある論文に人間の魂が持つ力について書いてあったの」


「それがこちら“星魂論せいこんろん”です」


 前世での検索エンジンよろしく、いつの間にかその魂について記載された本が机に置かれた。

 しかしエニーが持つにはかなり大きな本だ、と思っているとアルフが代わりに持ち始めたのだ。

 

「そんな殿下、この程度大丈夫ですよ」


「こんな重いものを王宮から持ってきていたのか。何故言わなかった」


 明らかに便利な付き人と言うよりも、一人の女性としてアルフはエニーを見ている節がある。

 主人と付き人という関係というより、幼馴染か兄妹か何かだな、この二人。

 そう思いながらもアルフが机に置いた本をパラパラと捲る。

 

「待て、今サラっと読んだけど、ここに書いてあるのは陰陽道の霊力の考えそのものだぞ」


「本当か?」


 間違いない。

 ここで定義されている魂の力は、明らかに陰陽道が定義している霊力そのものだ。

 思わずページを次々に捲る。

 

「……はっきり言って、殆どが陰陽道の源泉たる霊力を示している」


 この世界に陰陽道は存在しない。

 見た感じ、世間にはそっぽを向かれ有名にならなかった論文の様だ。

 著者の欄を見る。

 

 “スプリング・オータム”……しかし200年以上前の書籍だ。著者はとっくに輪廻転生の果てだろう。


「……とにかく、確かにこれを元に陰陽道を定義すればカテゴライズは可能か」


 ひとまず話を戻す。

 このスプリングという人間が陰陽道と同じ霊力の概念に行きついたというのには興味が尽きないが、今は陰陽道部が先決だ。


 アルフとエニーも賛同の首肯があった。

 俺も同意だ。だから、ハノンに賛成の言葉を送る。

 

「いいんじゃないか、ハノン“部長”」


「えっ」


 あえてまだ定義されていなかった部長が誰か、を一気に解決してみた。

 不意をつかれた様に、度肝を抜かれた顔になるハノン。

 

「ちょちょ、ちょっと待ってください! そんな! アルフレッド殿下を差し置いて私が部長になるなんて」


「言ったと思うが、僕は殿下ではなく一人の親友として考えてくれ……僕もハノンが部長で適任だと思う」


「私も、部長はハノンさんが適任だと思います」


「なら、ツルキ君がこの中で陰陽道のエキスパートなんだから、ツルキ君が部長になるべきだと思うんだけど……!」


 予想外の展開に必死になるハノンも可愛い。

 謙虚なのはいいことだが、しかし俺は最初からハノンしか部長になる存在はいないと思っていた。

 

「勿論どんな風に陰陽道を会得してもらうかは俺が考えるさ。だが部活動として部員を見渡し、リーディング出来るとしたらハノンだと思う」


 大体ここまで方針を面面と並べている時点で、部活動への情熱が一番大きいのはハノンだろう。

 同じ魂から生まれているからか、一生懸命な所は遊奈と似ているんだよな。

 部の方針や決まりごとについて喋っている時、めっちゃ目をキラキラさせてたんだぜ。

 俺に魔術を教える時の様に。

 

「大丈夫だ、ハノンなら出来る」


「ツルキ君……!」


 そもそも俺の式神であった“十二天将”をまとめあげていたのだって、遊奈だからな。

 素質はある。

 それもあって、俺は安心してハノンの背中を押していける。


「ハノンがあんだけやりたいって言っていた事なのに不安がってんじゃねえよ。自由にやって、楽しんでこうぜ。俺達一緒に、陰陽道って奴を極めてやろうじゃねえの。やろうぜ! 陰陽道部!」


 机上の創部届に、俺は手を叩きつける。

 ハノンはそんな俺を見上げて、満面の笑みになって、自信満タンって顔になって、

 

「うん!」


 まるで力を合わせる素振りの様に、俺と同じく創部届に手を差し伸べた。


「……じゃ、副部長はツルキ。君ね」


「えっ」


 ポン、と肩を叩いたアルフがとんでもない事をいいやがった。

 

「君ね、の矛先はエニーで良い?」


「いいや。君だよツルキ君」


「いやぁ、それは幾ら何でも副部長くらいは王家の人間が務めた方が良くないっすかねぇ? 実力主義とか関係なく、外聞とか外見とかって問題もあるじゃないっすかね?」


「往生際が悪いですよ、ツルキさん」


 エニーにまで上目遣いで睨まれた。

 場の空気を代弁するかのように、ハノンも何か少しだけ得意げになった顔になって俺を見て、

 

「初めて部長命令です。ツルキ君、副部長としての任をお勤めください。これは部、満場一致の御指名です」


「……いや、俺は魔術が劣ってるんで、それの補習とか追試とかのリスクって奴がだな」


「力を貸してください」


 伸ばしていた手に、ハノンの温かい手が触れて、だけど静電気に苛まれた様に離れた。

 だが直ぐに、俺の手を両手でつかんでお願いされた。

 

「……これは未来、ツルキの方が尻に敷かれるっていう見方でいいのかな」


「い、今そこは関係ないですよ殿下!」


 パッと、手を放して顔を真っ赤にするハノン。

 決して別に今のは恋人つなぎという訳じゃないのだが、この悪戯王子にかかれば恋愛沙汰として揶揄われるらしい。

 前途多難な陰陽道部の最初の会議の果てに、俺は思わずつぶやいた。

 

「くっそ、やっぱり自由じゃねえ……!」


「……そういえば、顧問はどうします?」


 エニーの発言に、全員の時が止まった。

 勿論ハノンには用意があったようで、部長はこう返した。

 

「既に、相談済みです」


 そのまま俺達は教室を出て、職員室に向かった。

 陰陽道部顧問――ヒューガ先生の所へ。

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