第40話 陰陽師、いちばん近くにいてね

 さて、どうやってハノンに告白しようか。

 まずはなんて言葉から入ろうか。

 次にどんな例えを加えようか。

 最後に好きってどうやってつなげようか。


 それは青空の中にも、どの教科書にも載っていない。

 魔術も陰陽道も、きっと与り知らぬことだった。

 

 そういえば俺が何を伝えたいかってハノンは知っている筈だろ?

 聞く必要ないんじゃないの?

 

「……私は、もう少しちょっと整理させてほしいかな。ツルキ君が、言いたい事言ってくれている間に」


「そう来たか……」


 先手を打たれた。

 精神制御を頭で必死に念じる。


 その上で、何をどうやって伝えようか。

 螺旋の様にぐるぐると、俺の頭を駆け巡る。

 

「……でもね、私ツルキ君が何を伝えたいかって、知ってるんだよ?」


「なんで?」


 遊奈から事のあらましは聞いているが、俺は敢えて恍けてしまった。

 俺のなんでにハノンは応えようとせず、今か今かと楽しみにして待ち構えている顔をして俺を見ていた。

 

「……だから、もう一度聞かせて」

 

「……」


 俺はまず、下界を見た。

 次にいつまでたっても届きそうにない青空を見た。

 目を閉じて、陰陽師として生きた26年間の星空を一瞬で思い出した。

 いつも落ち込んだ時助けてくれた遊奈の事を思い出した。


 それから目を開けて、屈託のない笑顔をしてくれているハノンを見た。

 いつの間にか、俺の右手を両手でつかんでくれているハノンを見た。

 全ての記憶よりも、全ての景色よりもハノンという存在が綺麗だった。

 

 だから俺の右手を握ってくれている両手を、更に左手で重ねて言うのだった。



「……ハノンと最初からあった時から、好きでした。一目惚れしてました。今でも、想いは増すばかりです。だからどうか、俺と結婚を前提に交際してください」



 俺が気付いた時には、既にそんな台詞を言い終えていた。

 単純すぎる。何のロマンもない。

 でももう付け足せない。

 告白の言葉が終わってしまった。

 他にも台詞、ラブレターに書ききれないくらいに考えていたのに。

 言い足りない。

 もう一回、時間を戻して。

 陰陽道、何とかして。

 

 確かに浮遊は保っている筈なのに、急降下している気分だ。

 このまま自由落下で大地に叩きつけられて死にそうだ。

 

「…………あはは、はは」


 呆れられたかな。飽きられたかな。

 こんな台詞しか吐けなかったからか、ハノンが小さく笑っていた。


「だって、急に敬語になるから……」


「……あのさ、もう一回言っていい? 今のナシ! もっと、何というか、ちゃんと心に響く言葉を……!」


「もう十分、十二分に、私のハート、射止めてます……!」


 俺の右手を握るハノンの両手が、強くなった。

 ハノンの呼吸が浅くなり、深呼吸して落ち着こうとして、落ち着けない。

 涙で潤み、火照った笑顔を俺に見せてきた。

 

「私もね……ツルキ君の事、好き」


 ………………………。

 

「世界で一番、ずっと近くにいてほしい。学院の中でも、学院を卒業しても、ずっと……!」


 …………俺は、思わず何も言い返せなかった。

 だって、世界で一番好きな人が、俺の事を好きっていてくれたんだから。

 ハノンが、俺の告白を受け止めてくれて。

 その上で、俺の事好きって口にしてくれたのだから。

 宝石の様な瞳で、真っすぐに伝えてくれたのだから。

 

 今。

 俺、どうなってる?


「えっ、ちょっと待ってなにこれ。俺どうすればいいの」


「そ、それは……ツルキ君が考えてくれると、助かります……」


 ハノンも困惑している。

 ああ、こういう時男子からアプローチしなきゃだもんな。

 どうしてこういう時、俺はこんなにも意気地なしなんだろう。


「あ、あっと、ああっと……」


「ふふふふふ……」


 まじで何をどうすればいいんだ。

 俺は色んな方向を見ながら答えを出そうとするが、何も出ない。


 占いもっと極めておけばよかった。

 易占以上の占術もっと極めておけばよかった。

 

 よし、整理しよう。

 俺は今、告白に成功した。

 そして世界で一番好きな笑顔が、目の前で何かを待っている。

 

 クラスメイトを飛び級して。

 いきなり恋人として。

 恋人としてする事、と頭の中で検索した結果出た言葉。


「キスしていい?」


 ハノンの霊力が乱れ、危うく落ちかけた。

 反射的に俺が握る手を強めて、ハノンが姿勢を直すのを待つ。

 しかしまるでゼブラと話した後で、しどろもどろになっていた時みたいだ。


「い、いきなりハードルた、たた、高いよ! だだだだって、キスって……キスって……!」


 紅潮させながら、ハノンは自分の唇を拭う。

 俺も流石に何だか変な笑い声を留める事が出来ない。


「じゃ、じゃあ他に何のしようがあるってんだ……!」


「私もね、好きとか言っておきながら、結局何をする覚悟もまだできてないというか……」


 この時、一つ悟りを開いた。

 覚悟なんて、待っていたっていつまでたっても出来る様なものじゃない。

 俺は魔術が出来るのを待って、魔術学院には行ったわけじゃない。

 最初から陰陽道が使えるから、陰陽師として生まれた訳じゃない。

 

 覚悟なんて。

 言い訳なんて。

 後から用意すればいいんだ。

 

 なるように、なる。

 まずは、俺の気持ちの大きさを伝えてやる。

 

 俺は一度大きく息を吐き、ハノンの後頭部に手を回す。

 髪を結ぶ紐の部分に、指が触れる。

 一瞬無になるハノンの顔を、出来る限り優しく、一気に引き寄せる。


「じゃあハノンの分まで覚悟してやる」


「えっ」


 上唇と、下唇。

 初めてにしては、寸分の狂いも無くマッチした。

 唇の中から頭だけ出した舌まで、優しく突き合った。

 人体で一番繊細な場所で触れたから分かる。

 

 柔らかい、暖かい。

 そんな優しい筈の感触が、雷撃のように俺の中に迸った。


「……」


「……」


 一瞬にも、永遠にも感じられた。

 一つの触れ合いに、全てが凝縮され過ぎたからだ。

 ハノンから引き離す訳でなく、俺から離れる訳でもなかった。

 

 無表情で、上目遣いで、紅潮するハノン。

 俺はどんな顔をしているのかな。

 にやけてないかな。蕩けてないかな。壊れてないかな。


「急に、ごめん……」


「……」


「……でも、こんな事だってしたいし、もっともっと愛したい、から。ハノンの事、知りたいから」


「……うん」


 思わず本音がぽろっと零れていた。

 だけど俺の想いを、ハノンは笑って受け止めてくれた。

 

「やっぱりいきなりは……心臓がいっぱいいっぱいだから……少しずつ、がいいかな……」


「悪い」


「例えば、こんな風……に?」


 ハノンは額を合わせて、体を押し寄せてきた。

 密着する全身。


「少しずつ、少しずつ、私達のスペースでもいいから……」


 女の子の体、柔らかい。

 物凄い、いい匂い。

 吐息、かかる。

 上気してる。

 俺達、鼓動が隣にある。

 

「お願いだから、ずっと一番近くにいて下さい……これが私の言いたかった事」


「……ははっ」


「なんで泣いてるの?」


「そっちこそ、なんで泣いているんだよ」


「そりゃ……嬉しいからだ。ハノンのこうやって恋人になったなんて信じられないから」


「私も。ツルキ君とこれからずっと……隣にいれるって思うと……!」


 俺達はどうやら、笑顔と泣き顔のミックスが本当に似合うらしい。

 誰も届かないような青空の中心で。

 俺がずっと行きたかった青空の中心で。

 しばらくそうやって、俺達は抱きしめ合った。

 

 絶対この回した腕だけは離さない。

 絶対どの宝石よりも輝いて見えるハノンの笑顔は崩さない。

 青空よりも青くハノンが泣いている時は、そばにいる。

 

 俺が幸せにしたい、俺が救いたい世界は、ようやく俺の前に現れた。

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