第39話 陰陽師、浮遊を教える

 しかしいきなり帰る訳にもいかなかった。

 ハノンが逃がしたというヒナという子の生存確認が先だった。

 

 無事ヒナちゃんは隣町まで逃げ延びており、無事だった。

 いや、無事だったとは言えないな。

 ハノンと再会した時こそ胸を撫で下ろしたようだったが、生まれ故郷と父母を一斉に失ったという事実に打ちひしがれた。


「……本当に、君だけでも生きててくれてよかったよ」


 そういいながら、ハノンは優しくヒナちゃんを抱きしめて、後頭部を撫でた。

 自分の時の様に笑う事を強制はしない。

 ヒナちゃんの思うがままに、泣きじゃくる甲高い悲鳴が収まってもなお、ずっと優しく抱きしめていた。

 

 俺はハノンに、既にヒナの父母は輪廻転生に乗って成仏したと伝えた。

 ヒナちゃんにお父さんとお母さんの声が聴けなくなったのは残念だが、それでも還るべき場所へ還れたのは良かったと呟いていた。

 その後、ヒナちゃんは王都にある孤児院にて保護されることになった。

 勿論アルフの手回しがあって、ちゃんと信頼できる孤児院にて世話になる事になった。

 これならハノンも定期的にヒナちゃんの様子を見る事が出来る。

 

 そしてもう一つ、俺にはやる事があった。

 折角訪れたのだ。

 ハノンの親父さんへの墓参りだった。

 俺とハノンは十字架の前に並び、黙祷した。

 

「……」


 隣で何をハノンが祈っていたのかを知る陰陽道は存在しない。

 生存報告か、それとも改造魔物キメラを数体斃せたことか、初めて妖怪を討伐出来た事か。

 その横で、きっと生きていたら殴られていただろう話を込めた祈りを俺がしていたとも知らずに。

 

 ちなみにヴァロンは陰陽道で更に痛めつけて、抵抗できなくして捕縛した。

 特に奴との戦闘内容について語ることは無い。

 十秒も持たず、戦闘不能になり、軍に連れていかれたという事だけで十分だろう。

 

 

「そうそう……自分の体じゃなく、自分の中心を浮かべるようにするんだ」


「…………」


 翌日、俺とハノンは放課後に屋上にいた。

 約束通り、陰陽道を教えているのだ。

 まずは陰陽道を使って、重力の理から自分を解き放ち制御する事を教えている。

 

 ……勿論アルフやエニーとも一緒に教える筈だったが、どうやら今日だけはやる事があるらしく、先に帰ってしまった。

 恐らくはヴァロンの一件に関して、何か後片付けがあるのだろう。

 

 昨日無意識とはいえ剣法の印を扱っていた彼女にとって、遊奈の存在を意識できたハノンにとって霊力がやっと使えるようになるまでは時間がかからなかった。

 

「わ、わわわわっ、わわわわ!」


 ハノンが、タンポポの様にふわぁ、と屋上の床から放たれた。

 

「飛んでる!? 私飛んでるよ!!」


 驚愕と共に、どんどん屋上よりも高い位置へ浮かんでいく。

 しかし、まだ制御が上手くいかない。

 くるくる回転しながら、天空の方へ浮かび上がっていく。


「ちょ、ちょっと、み、見ないで!」


「……何を?」


 と訊いた瞬間、必死にふわりとはためくスカートを抑え込む手を見て、すぐにそこから目を逸らした。

 大丈夫。黒タイツの中は見えていない。

 くっきりしたお尻の形、薄ら見えるピンクの水玉模様とか見えてない。

 ……でもハノンの足って、尻でいきなり膨らんでた。

 ……ふともも、細くて柔らかそう。

 ……やっぱり13,14歳くらいって、なぞりたい脚しているよな……。

 

「つ、ツルキ君!?」


 俺の意識がハノンのスカートに行っている。

 そう悟られない様に最大限ハノンの恥じらう顔に惚れこみながら、俺も飛んで手を伸ばす。


「おっと。大丈夫大丈夫。ほら、暫く手つないでやるから」


「う、うん」


 一瞬躊躇いながらも、俺が伸ばした手をがっしりと握るハノン。

 そのまま二人で屋上から青空へ向かっていく飛んでいく。

 本当にハノンの方は俺の霊力を使っていない。

 ハノンが自分の霊力をちゃんと使って、浮遊しているんだ。


「でも凄いぞ。いきなり飛べるなんて」


「本当? でも、なんだろう。まだ地面に足がついているみたいで」


「それが自分で浮遊が出来ている証左だよ」


「……うん、飛べるなんて、夢にも思ってなかった」


 前と同じ様に、どんどんグロリアス魔術学院が遠くなっていく。

 今日は雲一つない快晴。遮るものは俺が人払い用に放った平方完成以外ない。

 王都が実は山脈に囲まれた自然の要塞だって言うのが良く分かる。

 水平線に反射する陽光が、宝石みたいに綺麗だっていうのが分かる。


「じゃ今度は左右に動いてみようか」


「……でも、手を離さないでね」


 まるで補助輪外した自転車に乗って、動かし方を夢中で探している子供だな。

 俺は最大限ハノンの霊力放出の邪魔にならないよう注意しながら、ハノンの右手へ意識を向ける。

 俺の左手が、ハノンの掌の軟らかさから少しずつ離れていく。

 

 ハノンが気付いた時には、俺と既に1メートルの距離が出来ていた。

 この数秒間だけハノンは自分で横に浮遊出来ていたのだが……俺という補助輪が外れている事を知ると、慌てだしてまたぐるぐると制御を失い始めた。このまま落ちても困るので、再びハノンの手を取る。

 

「な、なん、なんで急に!! 怖いよ!」


「悪い悪い。でも今数秒間自分一人で浮遊が出来ていたんだぜ?」


「それはそうだけど……」

 

「怖がらないで、踏み出していこうぜ」


 俺が励ます。

 ふと、ハノンがこの前屋上で俺にお願いした事を思い出して、それを話のネタにあげてみる。


「大丈夫、もし落ちたら俺が絶対に捕まえに行くから」


「その言葉……私の」


「……この前屋上で、約束したろ。今度はハノン一人で戦わせやしねえし、死なせやしねえ。もし一人で傷ついてんなら、俺が駆け付けてやる」


「……それは、もう大丈夫だよ。あの時はね、物凄い色々あって、ツルキ君の前にいるのが恥ずかしくなって……」


 知ってるよ。俺のハノンへの思いの丈を思うが儘に聞いちまったんだよな。

 だけど、俺にとってはそれでもハノンが俺と向き合ってくれようとしてくれて、嬉しかったんだ。


「じゃあ、手を放すぞ」


「う、うん」


 ハノンが一人で飛べるように、俺が手を放す合図をする。

 少し不安がりながらも、ハノンから手を放していった。

 すると今度は姿勢が不安定にならず、ハノンが行きたい方向へ進む事が出来た。

 曲がる事も出来て、俺の周りを一周する事も出来た。

 俺の前まで到達すると、心底嬉しそうな顔が完成してやがった。

 上空何千メートル。俺だけに見せる笑顔だ。

 

「や、やったよ! ツルキ君! 私、自分で飛べるようになったよ!」


「すげぇよハノン。陰陽道を始めて浮遊を初日で出来るようになった、なんて陰陽師は見たことが無い」


「……そうなんだ、それよりも私は」


 髪をくるくるとして誤魔化しながら、ハノンは続けた。

 

「ツルキ君と自分の力で飛べるって事が嬉しいんだよ」


 ……不意打ちだった。

 ストレートを警戒していたら、フックからのアッパーだった。

 微笑の中で大きく見開かれた瞳は、確かに俺を見てくれていた。

 

「もう少し、上に行こうか。寒くならない所まで」


 ハノンにそう言われ、俺とハノンは上昇した。

 絶景だった。

 人恋しくなるくらいに、何もない青空と言う空間に二人で浮かんでいた。

 本当に誰にも見えなくなるくらいの天空で、ハノンと俺は同時に訊いた。

 

「……それで、ツルキ君が言いたかった事って?」


「……ハノンが言いたかった事って?」


 どちらも、直ぐに答えられなかった。

 少なくとも、俺が言いたかったことはそんな簡単な事じゃなかったからだ。

 伝えてやるって決めたのに、突然そのチャンスが来るとなると気が気じゃねえ。

 体の全部の自由が、ハノンの戸惑う顔に奪われていた。


 さあ。

 どうやって、告白しようか。

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