第38話 陰陽師、二人で空を晴らす

 土壌と言う概念があるが、この世界は妖怪が生まれにくい性質がある。

 それでも人と人の間がある限り、人間の心の間に隙間がある限り。

 

 奴らは生まれる。

 怨霊も、邪神も、妖怪も無尽蔵に生まれる。

 もしかしたらこの世界で魔物が起こしたとされる御伽噺のいくらかは、妖怪がしでかしたことなのかもしれないな。

 この世界の魔物とカテゴライズされている中には、妖怪という小分類があるのかもしれないな。

 

 そしてこの蛇蟲へびみここそが俺が初めてこの世界で見た妖怪だ。

 前世でも蛇蟲は戦った経験がある。

 共食いをさせられた蟲達の肉体と怨念が生き残りの体に宿り、異形と化した妖怪。

 特に中国に多かった妖怪で、偉人の突然死に関わっていたこともある。

 

 だが今回はその蛇蟲へびみこの中でも一際異様にして異質だ。

 何せ素体が、化物揃い改造魔物キメラなのだから。

 

「正直、今の奴の実力は改造魔物キメラ達を足しただけじゃ足りねえ」


 俺は一通り、ハノンに説明してもう一度見上げた。

 地形を変える程の破壊を繰り返す蛇蟲へびみこ

 ある程度距離があるが、雲まで届きそうな全長だ。

 こちらに気付いた瞬間、目玉塗れの体を叩きつけるだけで俺達を粉々に出来る。


「……あんなの、倒せるの?」


「倒せる」


 当然の不安塗れで弱音を漏らすハノンを、一言で勇気づけた。

 

「森羅万象、例え神様だろうと攻略法ってのは必ずあるもんでね」


「……ツルキ君は、ずっとこんなものと戦ってきたの?」


「いや。もっとすごい奴がいた」


 そこの平方完成に閉じこもっている様な貴族とは違う。

 一騎当千の化物を統べて、百鬼夜行を実現せしめた魔王がいたから。

 まだ俺からすれば、千の眼玉を持った破壊神程度は可愛いくらいだと思う。

 でもハノンは勿論そうは思わない。

 だから、聞いた。

 

「怖いか?」


 俺はハノンに尋ねた。

 聞かずとも、初めてみる妖怪の大破壊に怯えているのは分かる。

 しかし逃げ足を見せる事無く、首を大きく横に振る。

 

「私一人でも、きっと戦うよ」


 ハノンの言葉に恐怖はあれど、戸惑いはない。

 彼女の言う言葉は、自分に嘘をついたものではない。

 

「だってあんなのが王都にいったら……一瞬で壊滅しちゃう。それを放ってはおけない!」


「……でも一人では戦わせないぞ」


 王都だとか世界を守りたいとかそんな高尚な理由は飽きた。

 

「ちゃんとグロリアス魔術学院に帰って、ハノンとの約束を果たす。だから俺は戦う」


「……」


「ほら、こんな時でも顔を真っ赤にできるじゃねえか」


 一瞬頬を上気させ俺を見ていたが、そんな場合じゃないと地を鳴らし続ける蛇蟲へびみこを睨む。

 だが途端に自分の抜いた剣が、使い物にならない事を思い出す。


「私、武器壊れちゃって……精一杯援護するから」


「いや。ハノンには武器があるさ」


 えっ、とハノンは柄から折れ切った剣を俺に見せてくる。


「違う。ハノンの魂の中にあるんだよ。正確にはハノンの中にいる彼女が持っている」


「彼女……狐さん?」


 遊奈の転生体であり、その面影も残っているハノンにはある筈だ。

 先程の遊奈の出現で確信した。

 前世で遊奈が俺の隣で戦うために、自ら魂の中に閉じ込めた最高の武器を、彼女はもっている。

 

『それがあれば、蛇蟲へびみこだろうとイチコロよ。来世の私』


 響いた声は間違いなく遊奈の声だ。

 ハノンがそれを確信し、周りを見渡しながら彼女の名前を叫ぶ。


「狐さん!?」


『来世の私。自分自身を信じなさい。あなたは前世でも現世でも、自分をの信じるものの為に戦った』


 薄らと霊体化した遊奈がハノンの前に現れると、最初は呆気に取られていたハノンだったが、遂に状況を飲み込んで覚悟を決めたような表情になった。

 

「……狐さん。助けてくれたんだよね」


『当然よ。あなたは自慢の私として、鶴樹様をお慕いするのよ』


 ハノンはその顔のまま俺を見ると、ゆっくりと頷いた。

 

「……狐さんは、ツルキ君の何かなんだよね」


「ああ。後でちゃんと教える」


「また、約束増えたね」


「約束だらけだな、俺ら」


 笑み混じりで言葉を交わして、遂に次に破壊する場所を探さんとする蛇蟲へびみこと並んで向かい合う。

 蛇蟲へびみこの幾千の眼球がぎょろりと俺達を向いた途端、木々を薙ぎ倒しながら這って迫ってくる。

 

 俺は手で印を結ぶ。

 ハノンも遊奈に支えられながら、初めてとは思えない手つきで印を結んだ。

 詠唱は同時だった。

 

 それがハノンの、最初の陰陽道だった。

 同時、遊奈の力が若干混じったのか、少しだけハノンの体に変化があった。

 澄んだ青空の様な、瞳。

 それが左目だけ遊奈と同じ深紅に染まった。

 

「“剣印の法”――喰らいな、“蜘蛛切くもきり”」


「“剣印の法”――吸ってよ、“村正むらまさ”」

 

 結ばれたハノンの手から出現した紅の刀身――村正は、曰く妖刀である。

 切れ味という点で蜘蛛切を凌駕するも、霊力だけでなく持ち主の運気も吸い取り、不幸の奈落へ突きとすのが村正だ。

 戦国時代、徳川の血を吸いつくした曰く付きの刀として、陰陽師が丁重に封印したくらいだ。

 もっとも、狐の加護を受けているハノンにはそんなデメリットは存在しない。

 

 魂が覚えているせいか、その紅の刃にハノンの驚きは少ない様だ。

 まるで昔からの相棒の様に慣れた手つきで握り締めると、上段へ高く構える。

 

「……魔法剣の要領でいい?」


「ああ。大丈夫だ。勝手に霊力も備わるから」


 数多の謂れなき血を吸ってきた紅の刃が、浄化されるように輝く。

 刀身に幾つもの魔法陣が宿り、無尽蔵の魔力が宿ったのだ。

 同時に遊奈が霊力を与えているのだろう。閃光に青白い揺らぎが見える。

 

 俺も初めて見るハノンの陰陽道。

 胸を躍らせながら、下段に霊力を存分に喰わせた蜘蛛切を存分に発光させる。

 ハノンの親父さんを葬った時とは桁違いの霊力が、究極の域まで蜘蛛切の刃を進化させる。

 

 さあ、俵藤太の百足退治と行こうか。

 ハノンと俺が頷く。


「せーの!」


 同時に肩が千切れるほどに大きく振った。

 

 

雲斬そらはらし!!」



 二つの刀から、光があった。

 二つの太陽が完成した。

 俺達の世界を、俺達の光が包んだ。

 ハノンの一閃。俺の一閃。

 鍔ぜり合うことなく、協調し合って虹色の光線となって駆け抜けた。


 駆け抜けた十字の閃光。

 蛇蟲へびみこの体を両断するどころか、包んで頭から尾まで呑み込んだように霧消させた。

 パーツとなった千もの改造魔物キメラごと、魔力と霊力の灼熱で溶かしきるとそのまま空まで十字架は伸びた。

 

 そして厚い雲に覆われていた、空が晴れた。

 今度は虹が見えなかったが、宝石の様な水色と、喜びの陽光が見えた。

 

 蛇蟲へびみこの完全消滅と、青空。

 すがすがしい程にがらんどうになった空間を見渡した後、ハノンに俺は言った。

 

「よし、帰るか!」

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