第37話 陰陽師、妖怪と出くわす
左腕を失った灰色の異形を見つけると、すぐにそれがヴァロンだと分かった。
だが俺達は同時に平地に、眉を潜める様な数の
ヴァロンは俺達の存在に気付くと、一瞬だけ顔を顰めるもすぐに平然を取り戻すのだった。
「てめぇは罪なき討伐隊を殺し、罪なき村を地図から消した。無抵抗で殴られるには十分過ぎるくらいにやりすぎてんよ」
「……大人しく縄についてください」
俺ら二人の発言を、ふん、と一蹴するヴァロン。
「領主の倅。どうやらさっきみたいな空前絶後の漆黒な状態じゃあなさそうだな」
「澱神の法の事か。まあ確かにあれはやり過ぎた」
俺が澱神の法の事を話すと、ハノンが訝し気に反応してきた。
どうやら遊奈が入れ知恵をしているようだ。大方俺の澱神の法を止める様、彼女に言われているのだろう。
「確かに俺は普通の人間だ。化物であるお前には勝てねえかもしれねえな。どうだ、確かめてみるか?」
「ふん。貴様がローレライを屠った事は知っている。貴様に対しては油断はせん」
それにしても……、とヴァロンの興味の視線はハノンへ向けられていた。
しかも白々しい事を言い腐りやがった。
「まるで逢瀬の様に並んでいるがハノン、貴様の親父を殺したのは、そのツルキだぞ」
「ツルキ君はお父さんを殺したんじゃない。救ってくれたの……私の恩人を、そんな人殺し呼ばわりしないで!」
両肩を竦めてハノンの反論を聞き流す。
さっきからこの余裕は無視できねえな。左腕を失って狼狽している顔じゃねえ。
何か奥の手を持っている様だ。
「そうか。ならば仲良く二人で、親父と同じ末路を辿るが良い」
ヴァロンが示した先の平地に、うようよと蠢く異形達の祭りがあった。
まだ昼空の下の大自然が汚れ切った色で食いつぶされてやがる。
勿論俺とハノンに解説なんていらない。
辺り一面で腹を空かせているのが、
「ひぃふぅみぃ……あー、千はくだらないな」
「先程あの村を滅ぼしたのが百に届かないくらいだ。これだけの集団が押し寄せればどうなるかわかるよなぁ!?」
ヴァロンが指でも鳴らせば、未だこちらに気付いていない化物達の行進が始まるだろう。
そして俺達は潰されているだろう。
しかし、本当に分からなかった。
「お前さ、一体何がしたいの?」
「無論、オール帝国への亡命だ。いや、亡命何てマイナスな言葉じゃいい表せない! 凱旋だ」
「要は王国も帝国も関係なく、この世界の王にでもなりたいの?」
「王なんて生ぬるい……この世界は全て俺の玩具箱……俺は、魔王だ!」
魔王……。
ふいに、本当に魔王と名乗っても差し支えない妖怪の姿を思い出しちまった。
山本五郎左衛門を知っている俺からすれば、つまらない洒落もいい所だ。
滑稽な噺を、更にヴァロンが続ける。
「この百鬼夜行を引き連れて! 俺はこの世界をこの手中に収める!」
百鬼夜行なんて言葉、この世界にもあったのか。
だが思わずそんな四字熟語を使った大言壮語が出た瞬間、鼻で笑っちまった。
「……お前がやってることは全部借り物の力を見せびらかしているだけだ。弄った魔物を盾にして、借り物の力を笠に着て、安全地帯から髭弄って威張ってるだけだろ」
「……口の利き方に気を付けろ。俺は魔王だ」
「だとよ。魔王様とあっちゃ、丁重にもてさなきゃな。どうする? ハノン?」
俺はハノンの聞いた。
改めてヴァロンへの意志を確かめておきたかったからだ。
仇を取るために命を取りたいというなら、別に止めはしない。寧ろ手助けしてやるつもりだった。
そういう決着の仕方もあるだろう。
しかしハノンは首を横に振った。
それが、ハノンの答えだった。
「一人の囚人として、然るべき罰を受けて下さい」
俺が期待した声が帰って来た。
少しだけ楽しくなってきて、眉を潜めるヴァロンへ付け加えた。
「だとよ。まあアルフ曰く極刑らしいし、市中引き回しの上、王都の中心に晒し首。うーん、まあ魔王っていうよりは小物の末路だわな」
「……減らず口を叩くのは子供の特権だろうがな。お前達は立ち入り禁止区域まで入り込み過ぎた」
ヴァロンは手を上げた。
そして背後の森でざわめく異形達に向かって、号令を放つ。
「さあ腹が空いたろう! あんな所に極上のデザートがあるぞ! 早い者勝ちだ! 髪の毛一つ残さず食いちぎれ!」
……。
……。
……。
……しかし、
ぎょっとして、ヴァロンも振り返る。
「何をしてやがる! ほら! さっさとあのガキ二匹をスイーツにしちまえ!」
しかし何度命令しても結果は同じだった。
ここには俺とハノンとヴァロンしかいない。
だが俺は眼を細めて、残虐にしてスプラッタな光景が広がっていたことに気付く。
啄みあってる。
互いの肉を、引きちぎりあって喰らってやがる。
「おい、あいつらさっきから共食いしてないか?」
「……本当だね」
ハノンが同調する。
異質の空間で、ヴァロンの必死の叫びなど聞く耳持たずで一心不乱に貪っていた。
隣の怪物の肉を啄む。
そうしている間に後ろから何十もの巨大な牙に両断されていく。
ここまで響く、化物達の悲鳴。肉が千切れる音。骨が破裂する音。
何の咎の無い土に気色悪い体液が染み込み、体の一部が辺り一面に散らばって……ってちょっと待ってくれ。
「いやいや……これってもしかして……」
この光景には、嫌な覚えがある。
「くそっ!? 何故言う事を聞きやがらない!? 俺の使役魔術は完璧な筈だ! 共食いなんてさせる事はない筈だ」
どうやらヴァロンにとっても想定外の極まりない事の様だ。
さっきから残っている右手を向けて魔法陣を放つが、全く事態は改善されない。
今、あの
そして完全に想定外と言わんばかりに冷や汗を垂らすヴァロン。
そもそも、あの空間に取り残された千もの化物達。
人間を喰らう程に食欲が抑えきれない、極限の飢餓に取り残された人形達。
喰って。
喰って。
喰って。
喰って。
その連鎖を、ずっと繰り返してやがる。
ああ。
思い出した。
どこかで見たことあると思ったら――前世だ。
「……“蟲毒”か」
俺は気付けば、強い口調でヴァロンを問い詰めていた。
「何故あの化物達を一ヶ所達に集めた!?」
「無能が……率いる魔物はな、一ヶ所に置いておいた方がこちとら制御が楽なんだよ!」
「現実見やがれよ、まったくもって制御出来てないだろ、目の前のもん全部ご馳走に見えてんぞ」
でもヴァロンは現実を視ず、
未だ魔術を放っているが、素人目に見ても最早意味がない事は十二分に分かる。
俺はここで、ある事を思い出す。
アルフが言っていた。
ヴァロンには、これだけの軍勢をプレゼントした協力者がいる、と。
「成程なぁ……大した傀儡の王様だ」
「言っている意味が分からんぞ!」
「お前は和気藹々と訳も分からず踊ってりゃ都合が良かったわけだ。そうすりゃ勝手に“蟲毒”をしてくれるからな」
「蟲毒……!?」
「てめぇは後回しだ。平方完成の中でじっとしてろ」
折り鶴を四つ投げて、四面体の中にヴァロンを閉じ込める。
何か動物園の猿みたいに吠えて結界を殴っているが、放っておいても差し支えはない。
それよりも、
ハノンもあまり腹落ちしていない顔で、俺を見る。
「……でも、こんな自爆なら……、私達戦わなくてすまなそうだね」
「いいや、ハノン」
俺は首を振った。
「……もう手遅れだ」
「えっ」
「よく見ろよ」
俺が指差す先で、
まるで粘土細工の様に積み上がっていくシルエット。
それぞれの化物達が自分たちの形を忘れて積み上がり、地面から天へ徐々に伸びていく。
千の命の融合。千の魂の一体化。
「何が起きているの……!?」
「蟲毒って言ってな。陰陽道とはまた別の術だ」
説明した。
蟲毒とは、一ヶ所に集めた蟲達を殺し合わせる儀式の事だ。
最後に残った蟲には、殺された虫達の怨念と肉体が宿り、一匹の怪物を産む。
今まさに俺達の前で咀嚼し合っている
そして遂に殺戮がぴたり、と止んだ。
蟲毒の完成を意味する、嵐の前の静けさだ。
山よりも大きなそれは一見、白い蛇のように見えた。
だがその表面を隈なく何千もの血走った眼が宿っている。
表面を悔い破って、何百もの深紅の爪が前後左右に伸びていく。
その内数個の線が、俺達目掛けて伸びてくる。
「“平方完成”」
重い。
流石に、威力が大きいな……。
水と金の結界で弾き終えると、俺達とハノンは一旦距離を取る。
もう破壊の事しか考えられなくなった、蛇頭。
ただ身じろぎしただけで轟音で鼓膜が破れ、心臓が破裂しそうだ。
当然地形が代わる程の威力で、地表は割れ、木々が砂の様に軽々しく吹き飛んでいく。
通常生物では決して有り得ない領域の力に、ハノンの表情も凍える。
「じゃああの魔物は……
「もう魔物でも、
俺はあの化物を知っている。
どこか懐かしい、凶悪な存在だ。
この世界では聞かないという保証はなかったが、しかし俺自身も初めて見た。
人間でもない、魔物でもない。
それなら一つしか答えはない。
「妖怪――
ならばやるべき事は一つだ。
あの蛇とも百足とも呼べない、蟲毒の妖怪を退治するだけだ。
かの平安の大武将、俵藤太のように。
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