第36話 陰陽師、最愛の少女と触れ合う
ハノン……の肉体の主導権を握っている遊奈と俺は、ヴァロンを追う。
背にした惨殺された村人や、
ちゃんと後で供養しに戻る。
もう少しだけ我慢していてくれ。
「鶴樹様。私は正直、安堵してます」
二人で滑空していると、遊奈が切り出した。
「前世と比べて、現世では自由を謳歌されているので」
「俺も数日前までは同じ感想だったが、案外自由を奪う奴らが多くてな」
「存じております」
「お前はハノンについてどう思う?」
「来世の私としては、情けない限りですが頼りがいがありませんね。戦闘の才覚はあっても、いい様に利用されてばかり」
来世の自分に酷評を連ねる遊奈。
「ですが、それも優しさ故の事。それに、一人の少女を守るために自分が犠牲になる正義感もある」
「一人の少女?」
「あの村の生き残りで、一人だけ女の子がいたんですよ。ご心配なく、匂いからしてその娘も無事逃げ切る事に成功したようです」
そうか。
俺が到着するまで、ハノンはかっこよく戦っていたのか。
「……そろそろ来世の私への泰山府君祭は完了します」
遊奈を纏っていた蒼炎が淡く儚くなり始めた。
「そうなると私は彼女の魂に潜らないといけません」
「やはり表面化だけで霊力を使うか」
「その通りです。私は魂に纏わりついた残滓。やはり魂の理を侵して表面化するには、時の制約があります」
残滓とはそのままの意味だ。
輪廻転生の際で消えなかった遊奈の人格を指す。
即ち、ハノンの魂に遊奈が部屋を間借りして憑依している、という状態が正しい。
しかしそれもイレギュラーな状態。
そう遠くない未来、遊奈の人格はハノンと完全同化する。
「あの髭男に着くころには、この体は来世の私へ帰しているでしょう」
「……そうか」
俺はすぐに納得した。
遊奈の人格の表面化だけでなく、泰山府君祭の使用。
具現化が長くない事は理解していた。これが世界の理だ。
前世の人格は、前に出てきてはいけない。
勿論例外である俺が言っても説得力はないが、理に反するだけあって制限は大きい。
「来世の私の事、私は嫌いではありません。鶴樹様にお似合いだと思いますよ」
「……」
少女の体が、ほのかな光に囲われていく。
満足げな表情をしていた遊奈の憑依が解け出した。
またハノンという魂の中に戻っていく。
「いなくなったら世界を壊したいと思える程、好きな人なんでしょう?」
「……それは」
「あーあ、うらやましいなぁ。私だって鶴樹様にそれだけ愛されてみたかった」
俺を抱きしめている事を想像しているのだろうか。
両腕を胸で十字させながら、くねくねと踊り始めた。
ああ。懐かしい。すべてが懐かしい。
「……前世では本当にお前が一番の家族だったよ」
「無理に繕わなくてもいいですよ」
遊奈の笑顔は前世で唯一、深淵に走る一筋の光のようだった。
惨憺たる俺にとっては、救いの一つだった。
ツルキになって、また見れるとは思わなかった。
最高だ。嬉しかった。
これも、軌跡だ。
「今度こそ、自慢の来世の私をよろしくお願いいたします」
「ああ、俺はハノンの事、大好きだからな」
ハノンは二度と開くはずの無かった瞼を、ゆっくりと開いた。
俺の腕から驚いたように起き上がり、自分の体を擦る。
一通り擦った後で、まるで自分が生きているという事を信じていないような顔でゆっくりと俺を見る。
「……おかえり、ハノン」
先回りして、何を言おうか迷っていたハノンに言ってやった。
「……ツルキ君が、助けてくれたの?」
「いいや。奇跡が起きた」
「……」
ハノンは硬直した表情のまま、しかし何かを悟った様に頷いた。
向いた先は、握り締めた自分の胸だった。
動く心臓の部分を向くと、小さく呟いた。
「狐さん?」
「……自覚、あるのか」
だがまだ不確定要素のようで、自分の身に何が起きたかは理解していない。
そんなの理解していなくていい。
理解しなくていい。
奇跡を見ているのは俺のほうなんだから。
さっきハノンの未来が全て失われた死に顔を見てしまった後だと。
全てが、嬉しくて。
「つツツ、ツルキ君!?」
名前のない森の中で、俺はハノンを抱きしめていた。
暖かい。柔らかい。ハノンだ。ハノンだ。
嬉しい。生きてた。生きてる。動いてる。
最高だ。目の前に。腕の中に。命がある。
全身で。恥じらう。ハノンを。抱きしめ。
こんなの、奇跡だ。
本当にハノンというずっと探していた光がここにある。
爪先から髪の毛まで、俺の中で安堵を超えた感動が噴水の様に打ちあがる。
「俺……っ、俺……! ハノンと、約束、沢山したのに……っ! 何も守れないかと思っ……た……!」
「ツルキ君……!?」
「言ったよな? ハノンがどこかに行きそうになったら、こうやって捕まえてやるって……!」
校舎の屋上で、必死に振り絞ったハノンの願いを忘れてたまるか。
危うく二度と手の届かない輪廻転生の世界まで行きそうになってたんだ。
二度と離すもんか。
陰陽道なんていらない。
ハノンがいれば、それでいい。
「他にも沢山約束した……! あの約束は死亡フラグになんかさせねえ……っ!」
「……ツルキ、君!」
ハノンも強く抱き締め返してきた。
俺が引き離そうとしても、どこまでもしがみ付いてきそうな力だった。
弱くて、でも引き剥がせない力だった。
「私も……! 二度と、ツルキ君……! 会えないまま、死ぬしかないと思ってた……!」
「……」
「ごめんね……私どうしても、守りたかった子がいたの……私は逃げる訳には行かなかった! 逃げたら、ツルキ君や、皆に顔を合わせられないと思って!」
「……知ってるよ。優しくて強いハノンの事だ。大丈夫、ハノンが守ろうとした子は、もう無事に逃げれたよ」
「本当?」
ハノンの安堵する顔を見て、俺は頷く。
「だからヴァロンを捕まえて、全部終わりにするぞ。そしてあの教室へ帰るんだ」
「……うん!」
約束はそれからだ。
俺達は無意識のうちに手をつなぎ合い、ヴァロンの下へ走っていく。
決着を付けよう。
二人で。
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