第41話 殿下は、尋問する

 王国で最も厳重に管理された独房の一つに、ヴァロンを縛り付けた部屋があった。

 枷は魔物用で、例え改造魔物キメラに姿を変えようとも壊せない。

 

「……ヴァロン」


 どこかの青空で一つのカップルが完成した頃、アルフは独房を訪れていた。

 自身を呼ぶ声に、やせ細った頬を見せるヴァロン。

 チャームポイントだった髭も、今や見る影もなく不細工に伸び切っている。

 

「これはこれはアルフレッド殿下……王国の最下層に何の用で?」


 紳士の振舞は忘れない。この辺りはヴァロンの出自の良さを伺わせてる。

 アルフが衛兵に合図して外させると、二人きりになった独房でアルフは質問した。

 

「……“協力者”について聞かせろ」


「既に王国軍に伝えた通りですよ」


「もう一度吐け。君の口から直接、僕にだ」


 呆れたような顔をして、ヴァロンが口にする。


「――」


 何かを喋っている。

 ただし、一切の声も音もしない。

 “協力者”に関する情報を声にした瞬間、声帯を聞こえざる何かが塞ぐのだ。

 

「ふざけてなどいない。これでもちゃんと喋っている筈なんですよ。声を出せないだけで」


「先日までの僕ならふざけるなと殴り飛ばすところだが……僕も生憎知見が広がってね」

 

 この現象を、アルフは知っている。

 陰陽道だ。

 かつてツルキが、ハノンに同じ術を仕掛けたのを知っている。

 相手に特定ワードの沈黙を強いる術だ。

 

「やはり……この改造魔物キメラの騒動には、関わっていたんだな。陰陽道が」


「……何故、改造魔物キメラに執心なのですか? もしかして、殿下も興味があるとか?」


「ああ。僕はまだ学生の身でね。学習中なんだよ、改造魔物キメラについて」


 腕組をしながら、しかし忌々しそうに囚われの身であるヴァロンを見下す。

 そんな視線を受けながらも、ニヤリとヴァロンが頬を吊り上げる。

 

「ならば私と手を組みましょうぞ!」


 鎖が前のめりになったヴァロンを留めようと伸びる。

 鋼の擦れた音が、一瞬だけ二人の聴覚をノイズで塞ぐ。


「何を言っている」


「殿下も殿下としてお生まれになった以上は、生まれながらの王! 王位継承権三位という理由だけで、その権利を使わずに埋もれようとしている! 改造魔物キメラを共に創り出して、あなたの敵となる人物を――」


 そこでヴァロンは足蹴りを喰らい、卒倒する。

 

「却下だ。僕は王にはなりたくない。そんな玉座は兄二人に争わせるさ」


「……ならば何故、改造魔物キメラに固執するのです」


「では本題だ」


 質問には答えない。

 代わりにアルフの右手が、ヴァロンの囚人服を乱暴に掴む。

 胸倉を引っ張り、力ないヴァロンの顔が近くなる。



「“794プロジェクト”はまだ稼働中だというのか」



 794プロジェクト。

 その言葉が出た瞬間、ヴァロンの眼が大きく見開く。

 見開かれた眼には、王家の人間ではなく真実を追い求めるたった一人の少年の姿があった。

 

「“改造魔物キメラが最初に創り出された”活動。それが794プロジェクトだ」


「既に4年前に鎮圧された。殿下もご存じでしょう」


「……ああ。人並みには知っている」


「人並以上にでしょう――何せあなたは“姉”を失っているのだから! 4年前に、794プロジェクトに殺された!」


 ぴく、とアルフのこめかみが揺れる。

 だが世界で一番大好きだった身内の事ではなく、あくまで794プロジェクトについて問い詰める。

 

「4年前の時点ではあそこまで改造魔物キメラを大量生産する力は無かった筈だ。水面下で活動していたと考えるのが自然だ」


「――」


 また“術”が発動している。何も聞こえない。

 無音で唇だけが動いているのを見て、僅かに苛立ちが隠せなくなり始めたアルフ。

 恐らく協力者は間違いなく、794プロジェクトの関係者だ。


(手掛かりが……やっと目の前に現れたのに……!)


「殿下……余裕の面が解れているぞ」


 思わず自分の頬を触ってしまうアルフ。

 まるで立場が逆転してしまったかのように、ヴァロンの笑顔が一層濃くなる。

 

「成程。良く分かりましたぞ殿下。なにゆえ、其方がお忍びで世界を回っていたのかを……」


「貴様に何が分かる」


「世界をよくするためなんて抽象的な理由ではない。全て794プロジェクトを潰すため。“姉”の敵討ちのつもりか?」


 逆に真相を暴くように、覗き込むような目でヴァロンが推測を並べていく。

 しかも図星で、真顔のアルフが握る拳に更に力が深まる。

 そんなアルフに、年長者として親切心から警告する。


「794プロジェクト……その水深は深いですぞ。たかだか一人の人間でしかないあなたでは、潰されるのがオチだ! 引き返して王家でぬくぬくグダグダの余生でも送っておけ! うぐっ!?」


 再びヴァロンを地面へ叩きつける。

 額から血を流すヴァロンを、やっと理性で押さえつけていると言わんばかりの形相で睨みつける。

 

「はははは……面白い顔だ」


 独房内に没落貴族の空しい高笑いが響く。

 そしてヴァロンが口にしたのは。

 アルフのいつも隣にいる、付き人にしてクラスメイト、エニー=ノットの事だった。


「それにしても、エニー=ノット……彼女を傍に置いているのは意外でしたぞ」


「……貴様には関係ない」


「無粋な。理由は姉への敵討ちだけではない、あのエニーの為でもあるという事ですな?」


「……関係ないと言っている!」


 既に仰向けで倒れていたヴァロンに馬乗りになったアルフ。

 全ての理性がアルフを閉じ込めていた枷を抑えきれなくなった。

 腹立たしい。苛立たしい。怒りが心も頭も支配する。

 全ての王様として、怒りが君臨する。


「あの子だけが……僕に残された最後の宝物だ。それ以上何も言うな」


「宝物……? 開ければ呪いを受ける玉手箱では?」


「言うなと言っている!!」


 全くヴァロンの余裕は崩れない。

 最早極刑が決まっている彼にとって、何もかもが全てどうでもよかった。

 押し付けられた独房の固くて冷たい床すら、今は愛おしい。

 もうこの殿下の心を澱ませる事しか、楽しみがない。

 だから一つの真実を、突きつけて表情を崩してやる。

 

 

「あなたの姉を殺したのは、エニー=ノットだ」



 その言葉を、決して初耳の驚愕として受け取らない。

 アルフの中に、一つの情景が出現する。

 

 血だまりの中で、横たわる姉。

 血塗れの体で、呆けて見上げるエニー。

 血反吐を吐きながら残した、姉の最期の言葉おくりもの

 

「じゃあ俺からも教えてやるよ……ヴァロン」

 

 それら全てを飲み込んだ上で、ヴァロンの頭を掴んで忌々しそうに口走る。

 自分の中の悪を全て叩きつける様な、魔王の様に。


「僕はな……改造魔物キメラを絶対に許さない! 794プロジェクトを絶対に許さない! その怒りだけで生きている……!」


「ぐっ……」


「お前の事なんて特にな……このまま頭の中でお前を何回も殺してるんだよ。いまここで雷の魔術を放って、そのこうるさい喉を焼き殺してやろうと、何度も何度も何度も何度も! ハノンの父上の分も! お前に弄られた国民たちの分も!」


 震える右手の指を、ヴァロンの口の中に突っ込む。

 脳が沸騰しているように、荒れた息を放つアルフ。

 このまま魔術を放てば、確実にヴァロンの上顎から上は簡単に消し飛ぶだろう。

 

「法の下の人間じゃなければ……ここに連れてくるまでも無く、僕がお前を消していた! 王家の人間じゃなければ……犯罪者になってでもお前を抹殺していた! “ローレライ”を生み出す前に、僕がお前を殺していた!」


「……あ、ああ」


「正直ね、今僕はこのまま焼いてしまいそうだよ……僕は、姉の様な犠牲者を大量に出した、お前を!」


 凄むアルフの顔に、指を突っ込まれながらも笑うヴァロン。

 だが嘲笑は、アルフの怒りを更に呼び寄せる。

 指をさらに深く喉へ入れ、枯れた笑い声を発する声帯へ全神経を集中する。


 後は、力を籠めるだけ。

 沈黙が、数秒続いた。

 

「くっ……!」


 だが一線の前で後退り、ヴァロンからも離れる。

 息と同時に上下する両肩を落ちつけてから、扉へ振り返る。

 喜劇を眺めているかのように、とっくに壊れた笑い声を上げるヴァロンを置いて独房から出る。

 

「言っておくぞ、殿下」


 足を止めない。早く去りたい。

 本当にこのまま、口を封じてしまいそうだったからだ。

 

「――改造魔物キメラは不可逆だ。人間には戻れない」


「……それを覆す為に、僕は旅を続けている」

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