第31話 陰陽師、飛翔する


 討伐隊が全滅したらしい。 

 それを聞いたのは、ハノンを見送った翌日の教室内だった。

 王都中に号外として、その知らせが渡り切っていた。


「……報告では、優に百を超える改造魔物キメラの連中に為すすべも無かったそうだ」


 いつもは年相応の無邪気さと、歳以上の余裕さを忘れないアルフの愕然とした表情が、事態の重大さを物語っている。

 今王国では改めてヴァロンを討伐する為の軍の編成と、王都に攻め入ってくることも考慮して厳重な防衛体制を急遽準備を進めている。

 教室の窓の外から見える王都は、日常からかけ離れて兵士達が行ったり来たりしていた。

 落ち着かない気分はその為かな。

 

「けどよ、だとしたら俺達が戦った時何でその改造魔物キメラを引っ張り出さなかったんだ」


「協力者がいる」


 アルフは腕組をしながら、確信をもって口にする。

 

「そもそも、あれだけの規模の改造魔物キメラ。侯爵だったヴァロンと言えど単独で作り上げるには無理があると踏んでいた。つまり、何かしらの協力者がいるとは思っていた」


 だとしたら本当に怖いのはその協力者の方じゃねえか。

 ヴァロンは間違いなく俺達が踏み込んだ時、逃げる事しか選択できないくらいに追い詰められていた筈だ。

 だがたったの3日間で、絶対の切札を手にしての逆襲劇。

 間違いなくその協力者の方が、黒幕だ。

 

「アルフレッド様! ツルキさん! 大変です!」


 大慌てで駈け込んで来たのは大きな地図を持ったエニーだった。

 

「これを見て下さい! 地形の条件を加味して、オール帝国までヴァロンがどの様に進むか道筋を予測したんです!」


 机の上に広げられた地図には、ヴァロンが進むであろう線が書き加えられていた。


「というかエニー、君そんな事も出来たのか? 医者だけじゃなく軍師にもなれるんじゃないのかこれ……」


「い、今はお褒めの言葉はどうでもいいんですよツルキさん! 注目してほしいのはここです!」


 ちょっと褒めるだけで照れるエニーをもっと虐めてみたかったが、今は事が事なので以下省略。

 エニーが指をさしたのは、ヴァロンの進軍予測を示す線が通っていた村……から少しだけ横に逸れた箇所だった。

 

「この場所、ハノンさんが今向かっている墓があるんですよ!」


「……えっ」


 俺はもう一度地図を見る。エニーが指差す場所を見る。

 確かにハノンが馬車で向かった方角と一致している。

 そして皆まで言わなくても分かる。

 ヴァロンの進軍予測コースから少し外れているくらい、最早誤差の領域だ。大量の改造魔物キメラがいるのなら、被害を受ける線はもっと太くなる。

 

 ふと、脳裏にある情景が浮かんだ

 数多の改造魔物に囲まれて、理不尽な暴力に潰されるハノンが。

 父親の墓の前で、父親と同じ運命をたどるハノンが。

 あの髭野郎の魔の手に、縊り殺されるハノンが。

 

『う、うん。帰ってきたら。約束だからね』


 ハノンを最後に見た時の姿も、その時にかわした言葉も、あの時かわした約束も鮮明に浮かぶ。

 ハノンが帰ってきたら陰陽道を教えるんだ。

 そして俺の想いを伝えるんだ。

 そしてハノンの言葉を聞くんだ。

 

 ハノン、ハノン、ハノン、ハノン――。

 なんでだよ。

 なんでいつも、あの子だけがこんな目に合わなきゃならないんだよ。

 あんなに優しくて、傷つけるのが本当に嫌いで、でも芯が強いあんな子が、何が悲しくて最悪の試練を受けなければならないんだよ。


 あのヴァロンとかいう救いようのない魑魅魍魎は。

 一体どれだけハノンから奪えば気が済むって言うんだ!?

 


「……っざけんなよ……あの髭下種糞野郎おおおおおおおおおおおおおおお!!」



「ツルキ!?」


 気づけば俺は窓から飛び出し、そのままハノンが待つ場所へ飛翔する。

 全力の速度だ。全身全霊の速度だ。


「ふざけやがって! ふざけやがって!」


 前世では誰かの死に間に合う事の方が少なかった俺だ。

 人を救うのは、実は得意じゃない。

 いつも立ち会うのは、仲間の陰陽師の死に際か、悪霊に手遅れなまでに憑りつかれた被害者の方が多かった。


 でも今回だけは、せめて今回だけは間に合ってくれよ。

 俺が心から愛したいと思った女の子を救えなくて、何が陰陽道だ。


 もう世界なんてどうでもいい。

 だけどハノンの笑顔だけは、絶対に救って見せる。

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