第30話 本当に、楽しくて楽しくて仕方ない世界

 咀嚼音。

 ヴァロンの周りで響いていたのは、命が啄まれる音だった。

 先程まで目の前には王国が派遣した討伐隊がいた筈だが、もうどこにも生きている人間が見当たらない。

 

 千を超える改造魔物キメラが強すぎて、多すぎて、返り討ちにあったからだ。

 まさに鎧袖一触。

 強靭な筋力による一撃は、人体を粉砕し尽くした。

 鋼の装甲である表面は、魔法剣でも上級魔術でも凌ぎきる。

 

 質でも数でも破れた討伐隊に、最早食糧として食い殺される以外に道は無かった。

 

「……思えば何故人間はかくも、こう弱い生き物なのか」


 飛び散る脳髄を見ながら。

 砕かれていく骨の音を聞きながら。

 辺りの木々や葉を染める真っ赤な中身の付着音に耳を傾けながら。

 鼻腔を程よく刺激する、上手そうな肉たちが潰れていく芳醇な香りを満喫しながら。

 全てを悟ったヴァロンは、思わず鼻で笑う。

 

「その理由が良く分かったよ。誰かに導かれる為、貴族を必要とする為に弱い訳ではない」

 

 まだ生存者がいる。

 魔術師数人だ。後方から魔術による援護を繰り広げていたが、前衛が全滅しているので既に詰んでいる。

 迫る改造魔物キメラに魔術を放つも、簡単に弾かれる。

 確実な死に絶望し、最早戦意は喪失している彼らの前にヴァロンが歩いてくる。

 

「屠られる時の千差万別の散り様というのが、欲情させる」


「ふ、ふぇ……助けて」


 と泣き喚きながら、スカートを失禁で濡らす女性魔術師。

 

「くそヴァロン……せめて貴様だけは!」


 と空回りする戦意だけを見せて、睨みつける男性魔術師。

 剣を取り出すと、魔法剣による真空波を放って見せた。

 勿論受ければ一刀両断。しかしヴァロンは動く気配を見せず、ただ一言唱える。


「“リバース”」


 メキョメキョ! と一瞬ヴァロンの体が脈を打ったと同時、肌色が失われていく。

 まるで岩石の様に灰色になったヴァロンに直撃した魔法剣は、一切ヴァロンに傷を付ける事無く消滅してしまった。

 

「な、なんだと……!?」


 これが“へのへのもへじ”がヴァロンに残したもう一つの置き土産。

 魔物の細胞を適度に体内に移植する事で自我を保ったまま、改造魔物キメラになる事が出来る。

 それもヴァロン自身に組み込んだ魔物は伝説の一つとされる鬼、サイクロプス。

 その証左として、ヴァロンの額にはサイクロプスの眼球がぎょろりと覗かせていた。

 

「ご馳走様でした」


 その異形への変身が、二人の魔術師が見た最後の光景だった。

 討伐隊はこうして、一人残らずこの世から消え去ってしまった。

 

「以上……勇敢な兵士達の悲鳴による、組曲“地獄”。名曲は聞き飽きたが、こんなジャンルがあるとは知らなんだ」


 屍血山河という言葉を体現した、虐殺上。

 血の海に揺蕩う魔術師達の残骸を改めて見下ろす。

 死して尚、改造魔物キメラに齧られている肉塊。

 首だけになってしまった、可憐な女性の泣き顔。

 

 改造魔物キメラの姿になって尚、稲妻の様に伸びている髭を擦って。

 そんな真っ赤な世界を堪能して。

 

 

「いやマジで、たーーーーのすぃーーーー」


 

 生まれてからここまで笑顔になった事があっただろうか。

 毎日が退屈だった。退屈だったから色んなことをしようとしたら、王家の邪魔にいつも悩まされてきた。

 しかしもう、何にも縛られることは無い。

 今の自分には、王国の理不尽な暴力ですら圧倒的出来る力がある。

 例え万の軍勢が襲ってこようとも、万の最期を堪能できる。

 

 こんなワンサイドゲームが、死屍累々を築くことが、自分だけの改造魔物キメラによるユートピアを気付くことがこんなにも愉悦だったなんて……!

 湧き上がる快楽に、血まみれの惨劇の中心でただ笑う事しか出来なかった。

 それは最早、いつの間にかどこかに消えた息子の事すらどうでも良くなるくらいに。

 

「おおっと、こんな所で立ち止まっちゃ楽しくない……さあ、スマイルを求めて進軍しよう」


 オール帝国に亡命したら、まずは真っ先に改造魔物キメラの軍団を創り上げる。

 王国と違って、改造魔物キメラの研究に帝国は熱心だ。咎めを受けることは無い。

 そうしたら王国中の人間相手に、もっと一方的大殺戮おもしろいことを繰り広げるのもいい。

 何だったら帝国すらものっとって、この世界を自分の者にしてやる。

 

「この世界は、俺のものだ」

 

 何もない夜空と、ただ相手を喰らう事しか知らない魔物達に豪語する。

 すると一部の魔物達が自分の方へ向かってきた。

 “人間をベース”とした、まだコミュニケーションが取れる改造魔物キメラ達だ。


『ヴァロン様ぁ、様ぁ、オール帝国まで進んでいくと、途中でぇ、何か美味い村があるらしいっすよよよ?』

『ちょっと食ってく? 食べてく?』


 しかし彼らは改造魔物キメラとして自我すらも改造され尽くされている為に、最早元の人格はない。

 貴族に対する礼儀もすっかり忘れてしまっているし、今誰に従っているかも分かっていない。

 強力な魔力で蕩けた脳には、動物以下の自我くらいしか残されていない。

 そんなペットみたいな可愛い魔物達へ、ヴァロンは応答する。


「ああ、ミートスパゲッティにしてしまおう」

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