第29話 陰陽師、葬式に出る

 一通りの葬式が終了し、ハノンの親父さんを包んだ棺桶は一足先に出発した。

 どうやら王都から馬車で一日かかる離れた丘にローレライ家代々の墓があるようで、親父さんもそこへ埋葬される。

 勿論ハノンも立ち会う必要があるので、その間忌引きとして登校停止だ。

 

「みんな、本当にありがとうございます」


 葬式も終わり人もまばらになったところで、俺とアルフとエニーに頭を下げるハノン。

 とはいえ俺達は何もしていない。

 せいぜいアルフが葬式を盛大にして、ハノンの親父さんが立派な騎士として旅立ったと知らしめた事くらいだ。


「ねえ、ツルキ君」


 ハノンの親父さんの遺体が入った棺桶が、馬車に運ばれていく。

 だが改造魔物キメラとして体細胞を完全に書き換えられてしまっている以上、あの中に入っている親父さんも異物の姿のままだ。

 そんな棺桶が揺られて遠くなっていくのを見ながら、ハノンが俺に訊く。

 

「お父さんの魂はもう、あそこにはいないんだよね」


「ああ。蝶々結びで見せた通り、お父さんの魂は成仏して輪廻転生に乗っている」


「だとしたらこの葬儀とか、墓の下に遺体を入れて、その墓に話しかける行為に意味はあるのかな」


「魂だけが重要じゃない」


 俺はハノンの問いに、俺なりの答えを返す。

 

「名前が刻まれた肉体と魂。それらがそろって生命なんだ。魂だけに有難みを感じて、肉体をおろそかにしている時点で、亡者はないがしろにされている」


「……」


「確かに親父さんの魂は輪廻転生に乗っている以上、俺達がこうして葬儀をして、今から墓の下に埋めようとしている事も彼は知らないだろう。それでも俺はその行為に意味がないとは思わない」


「意味……」


「葬儀はさよならを言えなかった隣人へ、眠る肉体でさよならを告げる。墓は確かにその人が存在する証左で、安穏の地だ。魂はもう無くとも、ハノンの親父さんはちゃんと墓の下にいるんだ。だからちゃんと墓参りはして、自己満足でも声をかけ続けるんだ」


「うん、そうだね。ありがとう」


 俺がそんな会話をしている間に、後ろでアルフが何やら兵から報告を受け取っていた。

 一通りの情報を聞いたのか頷くと、俺とハノンの所までやってくる。

 

「こんな時に言うのもなんだが、ヴァロンの潜伏先が分かった」


「そうか。そっちも解決しそうだな」


「ああ。ただし、もしかしたら改造魔物キメラをまだ従えているかもしれない。そこで王国は、奴の潜伏先へ討伐隊を送る事にした」


 精鋭ぞろいの魔術師と兵士を百人単位で揃えて万全の体制で臨むとの事だ。

 下手すれば国家転覆だってあり得た話だ。やり過ぎるという事はない。

 

「抵抗すれば、その場で殺害する事も辞さない。ただし出来る限りは捕縛させるつもりだがな」


「……出来る事ならば」


 親父さんを化物に改造され、尚且つ永遠の別離の原因を作ったヴァロンに対し、重い口調でハノンが続ける。

 

「ちゃんと逮捕して、然るべき法の裁きを受けさせるべきです……アルフレッド殿下、どうかよろしくお願いいたします」


「あまりこういう事を聞くものではないが、君は直接仇を取りたい気持ちはあるか?」


「ないと言えば嘘になります。目の前にヴァロンがいたら、私は何をするか分かりません」


 腰に携えている剣の柄を撫でるハノン。

 だがそれを抜くことは決してない。

 

「しかし月並みながら仇を取ったところで、父は戻りません。だとしたらヴァロンの罪を深く追求して公にして、二度とこのような事が起こらない様にしてほしいです」


「……分かった」


 アルフは深く頷くと、更に情報を伝えるのだった。

 

「もう一つ、その潜伏先なんだが、ハノンがこれから行く墓に近い事が分かっている」


「おいおい危険じゃねえか」


 一個大隊と改造魔物キメラの先頭にハノンが巻き込まれるかもしれない。

 俺がその可能性を示唆すると、当然の質問だとアルフが軽く頷く。

 

「近いとはいっても、戦火には巻き込まれないくらいの十分な距離だ。だが万が一の為、警戒しておいてくれ」


「分かりました」



 親父さんの御遺体が運ばれていく馬車に続く、ハノンを乗せる馬車が到着した。

 ハノンが乗る直前で、柔らかい笑みで見送る俺を見るのだ。

 

「ツルキ君、き、一昨日も言ったけど……」


「ああ。ハノンに陰陽道を教える。それから……お互いに言いたいことを伝え合う、だろ?」


 俺も何だか気持ちがおかしくなりそうな感覚を得ながら、ハノンと約束したことを並べる。

 

「う、うん。帰ってきたら。約束だからね」


「ああ。その為にも親父さん、ちゃんと弔ってこい」


「うん。お父さんの墓に、いっぱい話すね」



 そのやり取りの後、ハノンを乗せた馬車は出発した。

 馬の蹄が地面を叩く音共に遠くなっていく馬車を見送りながら、アルフが何やらにやにやして俺を見てやがる。

 

「傷心のハノンに何もしないとか男っぽい事言っていた割には、何やら随分と進んだようじゃないか」


「い、いや別に、何も進んでないさ」


 そうだ。俺達はまだ何も進んでいない。

 俺達の学院生活はこれからなんだ。

 ……俺の気持ちを伝えられる状態になる為というのもそうだが、ハノンにはただただ親父さんの事を一区切りつけれたら、と願うばかりだ。



       ■      ■


それから少しして、ヴァロン討伐隊は全滅した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る