第26話 陰陽師、青春に悩む
魔術の授業が始まったが、魔術を教えるハノンの様子がおかしい。
昨日の教える事が好きな快活な口調から一転、まるで虫が詰まった絡繰り人形の様にところどころで吃音っぽくなってる。
「え、えーとね、これがそれで、どれで、あれで、それでそれで」
さながら俺と入学式の時に面と向かった時の様だ。
ちょっと笑えるくらいだが、敢えて我慢する。
いとおかし、でも愛おしい。
いや、待てよ。
まさかヴァロンの事で、やはり謂れなき暴言を吐かれているのか?
心配になって、辺りを見渡した。
真っ先に浮かぶのはゼブラだ。
だがゼブラがハノンに何かした様子は見られない。
アルフやエニーに訊いても、ハノンにゼブラが近づいている姿は見ていないらしい。
という訳で、思わずハノンに訊いてしまった。単刀直入に。
「ハノン、もしかしてヴァロンの事で誰かに詰め――」
「ふぇっ!?」
後ろから声をかけただけなのに。
幽霊でも見たかのように飛び跳ねられた。
そして途方もない距離が出来てしまった。
えっ、俺? 俺に原因あるの?
何かした……!?
追いかける事さえ憚るような引かれ方だ。
あまりに逃げ方が不自然で、周りの生徒の注目まで浴びている。
何か針の様にチクチク刺すような肌触りがあった。
へえへえ。成程。まじか。
人間の視線って、こんなに凶器になるのか。
「……ツルキ。何をした。ありのままに言うんだ」
ぽんぽん、と肩を叩かれた。
残念そうに漏らすアルフの溜息に、何故か失望の感情が紛れていた。
「ツルキさん。怒らないから正直に言ってください」
エニー、それは絶対怒る奴だろ。
ミス妹選手権みたいなので金賞取れそうな顔で、汚物を見るような顔はやめてくれ。
眼鏡も相まってその顔をされると存在全否定とイコールなんだ。
「どう見てもハノンはツルキから逃げているように見えるぞ。君はもう少し分別が着く人間だと信じていたのに……」
「酷いです……ハノンさん、お父様を無くされたばかりなのに、まさか女性としての尊厳まで」
嘘だろ、俺はまさかヴァロンが霞んで見える極悪非道のラスボスだったのか。
「……いやそんな訳ないだろ! ハノンを不快にさせるような一切の行為をしていない! 天地神明に誓って!」
断固、弁解だ。
無実を晴らさねば。
しかしそうしていると、ハノンが駆け込んできた。
「違うの! 違うの! 違うのぉ! ツルキ君は何も悪くないの!」
でも相変わらず挙動不審だ。
それにしても怯えているというよりは、物凄い恥じらっているのだろうか。物凄い顔が赤い。
「じゃあ一体何があったんだ?」
「ご、ごめん……ツルキ君は何も悪くないんだけど……、だけど……」
言っている間にもハノンの姿が何故か遠くなっていく。おーい、どこ行くんだ。
今の口ぶり、どうみても俺に原因がある様に聞こえる。
……確かに俺は途方もない何かをやってしまった説あるな。
■ ■
「……」
俺は校舎の屋上で一人食事をとっていた。
別段アルフやエニーの誤解は解けているのだが、まずは一人で考えたかったからだ。
正午の空は、暗い。
今にも雨を零しそうな雲が、青空を隠してやがる。
……考えてみれば、まだまだハノンは昨日親父さんを亡くしたばかりだ。
それも二年間耐えて、やっと自由になれると思った矢先の出来事だ。
外面は取り繕っていても、俺の陰陽道で少し気持ちを紛れさせたとしても、まだまだ胸にぽっかり穴が開いている筈だ。
ハノンの「大丈夫」に俺は甘えすぎたのかもしれない。
俺は考えが足りなかったのかもしれない。
そんな彼女に魔術を教えてとか、負担を掛けさせるべきじゃなかった。
俺は思い当たる自分の罪を数えながら、売店で買ったパンを食べる。
「……珍しい。先客がいると思ったら、まさか君だったとはな」
誰もいなかった屋上に来たのは、俺と同じパンを買っていたヒューガ先生だった。
というかその黒コート、春夏秋冬24時間ずっと着ているのか。暑くないのか。
「アルフレッドやハノンとでも、一緒に食堂で食べているのかと思ったよ」
「俺にも一人になりたいときはあるんで」
「そうなると、私は別の所で食べたほうが良いかな?」
「いいえ。一緒させていただきます」
「そうだね。悩める若者へ、アドバイスをしたいしね」
ヒューガ先生は俺の隣に座って、一緒に空を眺めながら小麦を口の中に運ぶ。
「昨日親父さんを亡くしたある女の子を励ましたいと思いました。しかしそれは間違いなんでしょうか?」
「ハノンの事かい?」
彼女のお父さんは本当に残念だった、と付け加えるヒューガ。
「肉親が死んだ時に有効なマニュアルは存在しない。千差万別のアプローチがあるだけさ」
「俺はどうもアプローチの選択を間違ったようで、逆にハノンを傷つけたみたいです」
「そうか。それはショックだね。自分の好意が相手へのナイフになった時が、一番後悔するね」
けれどね、とヒューガは眼鏡を直しながら諭してくる。
「選択を間違ったとは言わない。問題はその選択肢を君が正解にできたかだ」
「どういう事ですか?」
「意外と最初から間違っている選択肢なんてないものだ。それよりも国が亡ぶ原因は、選択肢を選んだ後にこそある」
「選んだ後……?」
「為政者が国民から十分な理解を得られなかったり、現実を直視し問題を解決をすることをせずに、ただ突き進んでしまう。そのような傾向にあった国は大抵、春の夜の夢のごとく潰えていった」
次の歴史の授業でそうして滅んでしまったある国の事を話そうか、と教師らしく補足した。
「君はハノンを放らず、励ます事を選択した。君にできる事は、その選択通りにゴールに繋げていく事だと私は思うがね?」
「ゴールに、繋げていく……」
「そう。ハノンに早く立ち直ってもらいたいという、君の願いに、ね」
その為に、俺は励ます事を事にしたのだ。
自分の父親が人外の存在になって、結局殺される結末を見届けてしまった彼女に、前を向いてほしかった。
「大丈夫、本当にやり方が違うなら私が止めてやる。だから君は自分の選択に責任と、自信を持ちなさい。責任が無ければ説得力がない。自信が無ければ実行力がない。だからこそ、この二つが必要なんだよ」
「……」
「それに、恐らくハノンも君の気持ちに応えているよ」
「心情まで、先生には分かるっていうんですか?」
「分かるさ。何せ君達の担任だからね。教壇に立つ前から、君達の事は熟知するのが私の信条だ」
「すごいっすね」
一見冗談交じりの言葉なのに、説得力が違い過ぎる。
先程行っていた、責任と自信に満ちているからだろう。
加えて経験も含まれているからか、まるで重みが違う。
「だから自信をもって、もう一度ハノンを見つめてご覧。そうすると見えてくるものがあるかもしれないよ?」
その時、階段を駆け上がってくる音が聞こえた。
俺は易占でその後やってくる人間が誰だか分かっているが、ヒューガ先生は足音だけで誰だかわかったらしい。
一人立ち上がって、背伸びをしてからその場を去ろうとした。
「教師が一番大変なのは授業よりも校務でね。やれやれ、昼休みも返上だ。じゃあ頑張れ、青春少年」
そう言い残して階段を降りて行ったヒューガと入れ替わりで訪れたのは。
未来予知で見た通りの、少女だった。
ハノンだった。
「ハノン……」
「いた……!」
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