第25話 陰陽師、貴族に説く

 ジブラルタル一族。

 世界有数の財力を背景に、ヴァロンをも凌ぐ影響力を誇る名家中の名家。

 

 その名を冠し、首席入学も狙えた逸材であるゼブラ。

 アレン程小物ではない事も、十分に分かっいる。

 

 分かった上で、俺は小さな広場へゼブラを誘い出していた。

 いつ知り合ったのか分からない取り巻きの様な二人組も含めて、だ。

 巻髪の男の方がジェスティ、長髪の女の方がベベだったか。

 

「それで、俺がハノンをこれから目の敵にして、執拗に責め立てる、と」


 ゼブラが鼻で笑って反芻すると、ジェスティが動物園の猿の様に騒ぎ立てる。

 

「一体どこにそんな証拠があるって言うんだ? ゼブラ様を疑うって事は、それなりにそれなりのを揃えてきているんだよな!?」


「俺は釘を刺しに来ただけだ」


 勿論陰陽道知らない連中に、未来の存在を示した所で話にならない。

 だから俺にできるのは、最悪の未来を回避する事に手を尽くす事だけだ。

 

「……ゼブラ…………これ……仕留める?」


 低い声で怖いこと言うな、このベベとかいう女。


「待て」


 だがゼブラは取り巻きの意見を取り下げた。


「平民とはいえ、そいつは殿下お墨付きの実力者だ。俺に物申す権利はあるかもしれない」


 アレンの様な油断はしてくれないか。

 だが腕組をしてベンチに腰深くかけるゼブラには余裕が垣間見えた。

 俺を篭絡させて、寧ろゼブラの陣営に迎えようとしているのだろうか。


「だがツルキ。仮に俺らがハノンを晒し者にしたとする。しかし何の問題がある?」


「逆に何故それが問題ないと思ってしまうんだ?」


「あの女は大罪人に付き従っていた。馬鹿息子の奴隷だった。十分、罪だろう」


「正当防衛だ。親が人質に取られてりゃ、そうするしかない」


「親が人質に取られてたら、王を殺しても無罪だと?」


「例が極端過ぎる。だったら親を殺せと?」


「国家というのはそうあるべきだ。ハノンはそこから反した存在だ」


 大体な、と前のめりになるゼブラ。


「お前が一番の被害者だろう。入学式前に狼藉にあったそうだな」


「だとしても俺は許す。俺はハノンの被害者じゃない。仲間だ」


「勇敢じゃないなそれは。仕方ないと匙を投げただけの、思考停止だ」


 今度は俺が深くため息をつく。


「大体お前は咎だ罰だ国だそんな小難しい事で動いているんじゃないだろう。入試の点数がちょっとハノンに負けたから、むかついているだけじゃねえの?」


 乱暴にベンチが倒される音。図星だったみたいだ。

 結果、二番手は頬を少しだけ震わせながら俺を凝視する。

 初めて人間らしい顔を見せたな、と俺は続けて言う。

 

「入学式で100点取ったからって、卒業試験で落第しちゃ笑い話にもなりゃしねえってのに。あんたも随分と助走でつまずいてんな、と思って」


「お前には貴族の苦労という物を教えてやろう」


「知らん。じゃ貧民領主の苦労を教えてやろうか?」


「貴族というのは、生来番付を気にするものだ。先祖代々に英雄がいたからこそ我々貴族となり、王となった。子々孫々の我々に出来る事は、受け継がれし血を示し続ける。受け継がれし英知で、平民を正しく導く。これを義務としている」


 だから知らんと言っているのに、延々とゼブラは“貴族とは”を説き始めた。

 まるで宗教に勧誘する神父さながらだ。

 

「だから俺達は点数にこだわり続ける必要がある。全てにおいて、俺達は民たちの標であるからだ。貴族とは、いや人間とは結果で全てが決まるんだよ」


「自由じゃねえな」


 俺は思わず声を漏らした。

 ゼブラの反感を買ったのか、潜めた眉が見えた。

 他のジェスティとベベもいつでも臨戦態勢だ。

 だが構わず俺は続ける。


「人は死んだら輪廻のドーナツにぐーるぐるだ。千年先の子孫なんざ気にかける余裕もねえんだよ」


「君如きの知識で何故そう言い切れる」


「こんな事はただの貧乏領主の息子の戯言。歯牙にもかけないなら信じなくて結構……けどな」


 とりあえずゼブラの“貴族とは”で分かった事がある。

 つまり、プライドの塊だ。自由じゃないんだ。

 生きる意義が血筋にしかない。自由じゃねえ。

 いやあ。凝り固まった哲学に思わず笑っちまった。


「家の名誉を守る為大いに結構。人を導くため大いに結構。だが過去の威光を翳し、過去の点数に囚われるなんてのはな、とっくに朝が来てるにも関わらず、朝が来たぞ結構結構こけこっこーっていつまでも泣き続ける鶏と変わり映えしねえ」


「なんだと……」


「吠えんなよ。平民に見えるぞ」


 だからこそ、許せない事がある。

 笑顔が誰よりも似合う、俺の心を捉えたままの少女に、こいつらは牙をむく。


「ハノンにそんな煩い鳴き声で迷惑掛けるってんなら、貴族がどうとか関係ない。俺が相手になるさ」


「……」


「てめえもさえずってねえで、ちゃんとした方法でハノンを超えやがれ。じゃねえといつまで経っても自由にゃなれねえぞ」


 そこまで行っても、鼻で笑うだけのゼブラ。

 14年間そんな生き方をしておいて、こんなモブキャラの言葉で変わる訳ないか。

 まるで短い劇を見た後の様に、無粋なツッコミが飛んできた。


「会って一日の女に、どんだけ感情移入してるんだ」


「日数とか関係ないよ」


「さては一目ぼれしたから、なんて拍子抜けな理由ではないよな?」



「ああ。俺はハノンに一目惚れしてる。俺はハノンが好きだ」



 別にハノンが前にいるわけではないので、言ってやった。

 聞こえなかったとかいうオチが嫌だったので、大声で言ってやった。

 自信満々に豪語してやった。

 原動力が、学生らしい恋愛感情であるが故だと言ってやった。


 どうだ。

 

 先程まで暗い雰囲気だった女子ベベが一瞬慄いて後退り、ゼブラも馬鹿らしいと苦笑いして冷や汗をかきやがった。

 だが構わず俺は続ける。後ろめたいなんて思わない。

 

「不覚にもすっかり恋に落ちちまってる。蒙昧にも全身全霊であの子を哀しみの淵から救い上げてやりてえ」


「貴様、そんな事を随分と簡単に言うもんだ……やはり感覚は庶民と言う事か」


「ああ。一般人らしく、好きな子の為に俺は動いてる。悪いか」


 まだまだ続ける。

 ハノンにこの三人を近づけない為に。


「だからこれ以上ハノンに何かちょっかい出そうってんならそれは俺が許さねえ。余計なお世話でも真似でもしてやる。何回だって、何十回だって、何百回だって、俺が止めてやんよ」


「いいだろう。お前の心意気という奴を汲み取って、少し痛い目を見せてやろう」


 ジェスティが差し出した右手から召喚された魔法陣から、円錐状に研ぎ済まされた岩石が何個も飛んでくる。

 という未来が見えていたので、既に配置は完了済みだ。

 

「“平方完成”」


 水と金の乗法によって完成された結界が投擲された岩石を叩き落す。

 透けている視界の先で、陰陽道も結界も知らない三人がたじろいでいるのが分かる。

 

「これと同じのは周りにも張っている。“人払い”の為にな。来るなら存分に防がせてもらうぜ」


「ふん、貴様は通常の魔術を扱わないらしいな……その防御魔術の正体は測りかねるが、一点に負荷がかかったならどうだ?」


 そう言いながらゼブラが取り出したのは、一点突破を目的する得物の槍。

 しかも非常に鈍重そうに見える等身大以上の長槍。

 それを自分の手足の様に振り回して見せると、切っ先を俺に向けて構えた。


 足場にも変化が合った。

 紅い魔法陣が、平和な庭を血色に染め上げていた。


「受けろ」


 紅い魔法陣が収縮すると、穂先が灼熱に染まる。

 業火。

 灰燼に帰すイメージを、焼き付かせてきやがる。


 成程。

 ただものじゃねえな。こいつも。


 一瞬、全ての時間が止まって。

 ただ一点に世界が集中する。

 

宙心突破ハットトリック!」


 穂先の先端と、結界がぶつかる。

 凄まじい。結界から反動がここまで伝わるのは久しい。

 一点突破というだけあって、難攻不落の城壁要塞でさえ十二分に貫ける威力が込められてやがる。

 これ程の使い手は前世の妖怪にもそうはいなかった。

 

「防ぐのか……宙心突破ハットトリックを」

 

 それでも、結界は剥がれない。

 完成された四角形は揺るがない。

 易占はこの結末も見通す。だから俺は一切の回避行動を取らずに済んだ。


「覚えておけ。この術でハノンを守る」


「……」


 観念したような面持ちで、槍を引くゼブラ。

 

「行くぞ」


「ゼブラさん!?」


 ジェスティが不服そうな顔を俺に向けてゼブラについていく。ベベも同じだ。

 去り際に一度立ち止まると、俺の平方完成を一瞥する。

 

「貴様の“平方完成”、いずれ打ち破る必要がありそうだな。その時が身の程を弁えぬ貴様の最後だ」


「貴族の癪にでも触ったか?」


「……貴様がいずれ、俺の“障害”になる事は良く分かった」


 そう言い残して、奴は授業に向かった。

 勿論俺もゼブラが勝手をしないように魔術の授業へ向かう。

 だがもう恐らくゼブラはハノンを傷つける事はしないだろう。

 どこか奴の中で諦めがついたような雰囲気があったからだ。

 果たして心の内では貴族として非道な行為に手を染めるのを止めてほしかったのか、それとも俺を避ける事を選んだのかは分からない。

 だがそんな事はもう、心底どうでも良かった。

 理由はハノンが貴族の洗礼を浴びる未来が回避されたというのと。

 

『……貴様がいずれ、俺の“障害”になる事は良く分かった』


 こう話した時のゼブラの顔から、何も読み取れなかったからだ。

 一体何の障害になるというのか。


 あの言葉の瞬間だけ、貴族ですらないゼブラの顔が見えた。

 曖昧に見えただけだが、どちらかと言えば哀しい顔だった。



        ■      ■







 実はこの時、ハノンは顔を真っ赤にして体育座りしていた。



 魔術への授業の道中、振り返るとツルキの姿が無かったのだ。

 同じくツルキの不在に気付いたアルフ、エニーと手分けして探していると、ゼブラと対峙している姿が見えたのだ。

 その為に、ハノンの存在に気付くことなく話を進めてしまったのだ。

 

 委細は分かりかねるが、自分の為に言い合いになっているのは確か。

 昨日散々助けてくれたツルキに、これ以上負荷をかけられない。

 そもそもゼブラの事だから、自分に文句があるのは間違いない。これはハノンが解決する問題だ。

 隠れていた壁から、まさに飛び出そうとしたその時。



『ああ。俺はハノンに一目惚れしてる。俺はハノンが好きだ』


 

 意図しない自分への愛の告白。

 左胸に向かって、矢を撃たれた気分だった。

 

「……あ……れ……」



 それから、何故自分の体が動かなかったのか分からなかった。

 壁に背を預けて、ずるずると座り込むだけだった。

 心臓の鼓動が全てのエネルギーを奪っているみたいだ。必死に胸を抑えるが、高鳴りが止まらない。

 頭の中ではツルキの告白の台詞が何度もこだまする。


「ツルキ君……私の事を……?」

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