2章_魔術異世界と狐と蟲中の王

第24話 陰陽師、未来の理不尽を止める

 あれから動きを簡単に説明する。

 

 ヴァロンは、改造魔物キメラの所持が正式に認められ爵位剥奪。

 栄光が一転して大罪人の扱いだ。

 だが一日経過した今でも、ヴァロンの姿は見つかっていない。


 アレンもローレライから逃走してからというもの、行方不明だ。

 翌日の学校には姿を見せていない。ヴァロンと同じ場所に潜伏している線が強い。

 

「……」


「……」


 一方、ハノンは教室に来ていた。

 それからというもの、何も会話をしていない。


 ああ、凄い気まずい。何というか顔が熱くなる。それはハノンも同じで、昨日を思い出して赤面している。

 正直昨日やり過ぎたよな。

 常識じゃ考えられないときに、考えられないくらいに笑ったもんな。

 一日経って冷静になると、穴でもあったら入りたくなるもんだ。

 

 だがそれでも、一連の授業を見ているとどこか引っかかるものがある。

 まるで何かに憑かれているかのように、その背中が重く見える時がある。


「大丈夫か?」


 気づけば、ハノンの背中に声をかけていた。

 めっちゃ両肩を跳ね上げて振り返る。俺もドキドキしたじゃないか。

 

「え、な、何がかな!?」


 だが周りに掛けない為の顔だ。

 笑顔だけでは、彼女の曇り空を拭いきる事は出来ないらしい。

 目の下には隈が出来ていて、完全に乗り越えることまでは出来ていない様子だ。

 

「……今日くらい、休んでも良かったんじゃないか?」


「ありがとう。でも寝てても何にもならないから、何か行動していたいんだ」


 それでも、決して打ちひしがれている顔ではない。

 そんなものに負けてたまるか、と。

 ある程度は気持ちの整理がついてくれたようだ。


「じゃあ、今日も魔術の授業で色々教えてもらえないか?」


「いいよ! 風の魔術だよね?」


「ああ。一応昨日エレナ先生から渡された参考書は読んでみたんだが、理解が出来ない所があってさ」


 そこから昨日と同じ様にハノン先生の個人授業レッスンが始まった。

 心身ともに疲労困憊なハノンに、参考書を紐解かせるべきじゃない。

 だがそれでも、何か役割を与えたほうがある程度はリフレッシュできそうだ。


「ありがとう。後で魔術の授業で使ってみるよ」


「うん……それでね。一つお願いがあってね」


 手をもじもじさせながらお願いしてくるハノン。ちくしょう可愛い。

 

「陰陽道っていうの、教えてもらいたいな、って……」


「陰陽道を?」


 思わず俺が反芻する。

 

「……お父さんの魂を具現化させたり……改造魔物キメラを一掃出来たり。やっぱり凄いと思うし、私も使えるようになってみたい」


「……」


 まあ、俺もハノンに魔術を教わってる身だしな。恩返しだ。

 

「分かった。俺の教えも厳しいぞ」


「本当!? ありがとう!」


「教えるのは親父さんの事が落ち着いてからだ。霊力の良し悪しは本人の精神状態に依存する。今のハノンでは教えても良い結果にはならない」


「私なら大丈夫だよ……!」


「口では言えても、体は正直なもんだ」


 動きの一つ一つを見れば、ハノンが今どんな心理状態か分かる。

 釣られるように、体調だって万全じゃないのだろう。

 消耗したままで足を踏み入れられる程、陰陽道は優しく出来ていない。

 

 俺の反論に何も言えず、しょぼくれるハノンも可愛い。

 しかし罪悪感が半端じゃねえ。安心させたい。


「ちゃんと親父さんの事が落ち着いたら、教えてあげるから」


 そう言うと。

 天使の様な笑顔で返してきやがった。


「うん、ありがとう。約束だよ」


「……というか僕にも陰陽道を教えてもらう約束をしたはずだけど?」

 

 いつの間にか来ていたアルフが腕組をしながら入り込んできた。


「あー、そんな話したな」


 初めてグロリアス魔術学院の前に来た時に、合格したら陰陽道の一つでも教えてくれとか言われてた気がする。

 しかしこの眼は冗談じゃなく、ハノンと同じく自分も陰陽道を使ってみたい、だ。

 だが俺とアルフを交互に見ていたハノンが何かを思いついたように、手を叩く。

 

「そうだ、じゃあ部活作りませんか!?」


「部活?」


「うん。グロリアス魔術学院では放課後活動として、部活動が許されてるの」


 前世にも確かにそんな活動はあったな。

 前世の学校は運動部や文化部が主だったのに対し、この世界では様々な魔術の研究を目的とした部が主となっている。

 そういう意味では、一応は“魔術”と周りから見られている陰陽道の研究も部活の創立目的には十分適っている。

 

「成程ね。陰陽道部か。あんな摩訶不思議の幻想即興劇を見せられた身としては、中々滾る活動だ」


「ありがとうございます、殿下……あれ、ツルキ君。あまり乗り気じゃない……?」


 ハノンの指摘通り、俺は多分この時顔をしかめてた。

 理由は簡単だ。

 また陰陽道付けの毎日になるのが嫌だったからだ。魔術やりたい。

 

 だが折角のハノンからの誘いも断りたくない。

 部活動と言う事は、ハノンともかなりの頻度で一緒に入れる事を意味するからな。

 ジレンマだ。くそっ、自由じゃねえ。

 

「まあ考えておくよ」


 結論として、保留にすることにした。



           ■         ■

 

 

「……ハノンはどうやら少しは元気になってくれたようだ」


 魔術の授業へ移動する際に、ハノンの後ろ姿を見ながらアルフが若干安堵の息をついていた。

 だが俺はその感想には頷けなかった。

 

「張り子の虎の様に見えるがな」


「だから僕も少し、と言った」


 物は言いようだな。

 

「しかし君も今日一日、肩の力が抜けないね」


「昨日ハノンの親父さんが、あんな目にあってはな」

 

「どう? 一目惚れしている相手が傷心している。もっと優しくして自分のものにするって手もある」


「あんまり茶化すと、お前でも怒るぞ」


「そういう手を使う奴らもいるって事だよ」


 両肩を竦めるアルフ。俺の心を和ませたくて言った事なのはわかる。

 だがそんな色褪せた関係にはなりたくないんだ。

 

「今の俺にできるのは見守る事くらいだよ」


 少なくとも現在、改造魔物キメラにされた親父さんの解剖調査が終わるまでは、ハノンは落ち着くことは無い。

 肉親の遺体が刻まれるなんて事に、良くぞハノンも同意出来たものだ。

 アルフが取り計らって最小限に抑えてくれているが、それでもいい心地はしないだろう。

 

 まだハノンは悲劇の渦中にいる。

 なら俺にできるのは、これ以上彼女を傷つける鑢を取り払うだけだ。


 仕方ないとはいえ、大罪人であるヴァロンに付き従っていたハノンを睨む眼も少なからずある。

 父を失った同情よりも、誇りを失った売女として見損なう視線を感じていた。

 

 だからこそ、俺は登校した時から易占を使っていた。

 ハノンに無実の謂れで喰いつく野郎を事前に止めるために。

 

 そして早速易占による未来予知が、ハノンの無慈悲な先の世界を映し出していた。

 映し出された未来では、こんな光景が広がっていた。

 

『いえいえ、俺としては気になるんですよ。ハノンが不正をして主席合格の座をもぎ取ったんじゃないかと』


『大逆人ヴァロンに仕えていた。それだけで本来この女も犯罪者だ』


『周りに退学を強いてきたのだから、せめてこの学院を退学するくらいして欲しいもんだ』


 鉄槌を頭蓋に食らわせられた様な痛々しい顔をしながら、平謝りするハノン。

 予知の光景にはもう一人、ハノンをにやにやと見下しながら、晒し者にする独裁者さながらの顔をしていた相手がいた。

 しかも先導者の様にクラスを煽り、見事にハノンを孤立させて見せた。

 

 その先頭に立っていたのは、ゼブラ=ジブラルタル。

 ハノンに主席の座を奪われた、地位も権力も思いのままの貴族だ。

 

『誰も味方する訳ないよな? 反逆の咎を背負ったお前なんかに』


 未来予知の中で聞こえた、そんな残虐な言葉を反芻する。

 

 これからそんな大虐殺を行おうとハノンへ近づくゼブラの前に、俺は立った。

 後ろではハノンは気にせず、魔術の授業に向かっていく。

 

 訝し気な顔をして立ち止まったゼブラへ、俺はその答えを出した。


「俺だけはハノンの味方だぞ」


「急になんだ」


「次の授業までは時間がある。話があるんだ、着いてこい」

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