第23話 本当に、ここでお立合い

 まだ誰にも発見されていない潜伏先で、ヴァロンはただ天を仰いでいた。

 結局“ローレライ”も倒されてしまい、自分は追われる身になるばかり。


 ツルキ。

 憎むべきは、忌々しいあの小僧。

 さりとて、人生最大のイレギュラーになるとまでは想像だにしていなかった。

 

「くそっ……」


 ぽつりとした怨嗟の声を、耳にした人間がいた。

 

 ……しかもどの民族舞踊にも属さない、激しく踊りをしていた。

 魔術を織り交ぜているのか、妙なリズムで足を滑らせて舞っている。

 曰く、ブレイクダンス。

 そんな踊りは数多の界隈を知っているヴァロンも与り知らぬことだった。

 

「青臭い青二才達に泥を塗られたヴァロン! ならば青ざめるくらいに復讐してやろう! それとも尻尾巻いて逃亡者になろう!?」


 何千年先で通用するか分からないリズムで自分の解説をするこの変人も、ヴァロンの知り合いだ。残念なことに。

 しかし人間なのか、人間でないのか。ヴァロンには前々から確信が持てなかった。


 そもそもその顔は、謎に包まれている。

 シルクハットの下が“へのへのもへじ”と呼ぶらしい、与り知らぬ言語で書かれた藁の被り物で顔は覆い隠されていた。

 この男が勝手に考えた記号なのだろうか。

 しかし、“へのへのもへじ”は簡素な顔にも見える。

 

「貴様、こんな所にも……」


「不法侵入に驚く髭ジジィ! でも出入り自由なセキュリティ!」


 ヴァロンが戦慄するのも無理はない。

 ここは魔術を駆使して、一切の侵入を不可にしている筈なのだ。

 それが“へのへのもへじ”は魔術を破ることさえなく、擦り抜ける様に自分の視界に移っているのだ。

  

 だが今更この男の存在に驚いている場合じゃない。

 事態はそれ程深刻だ。

 ようやくへのへのもへじが足を止めると、抱きしめる様に両手を広げるのだった。

 

「Yeah……久しぶり髭男爵! 見ないうちにやつれた? 上から目線のクセにシャイボーイのアレンちゃんは元気?」

 

「……“へのへのもへじ”、何の用だ。俺の醜態を笑いに来たのか?」


「酷いなぁ。昨日今日の仲じゃないだろ。君が改造魔物キメラに着手した時からの、一緒に深淵見下ろす深ぁい縁だろうに」


 鼻で笑うヴァロン。

 “へのへのもへじ”は陽気な態度を崩さない。

 改造魔物キメラ作成の協力者である“へのへのもへじ”は、大体これが平常運転だ。

 傷心の時に一番会いたくないタイプだ。

 

「自分を卑下しちゃ駄目だよ髭爺さん。もっと笑って、スマイルスマイル」


「……こんな時に笑えるものか」


「笑うんだよ」


 きっと笑顔なんだろう覆面の下で、“へのへのもへじ”は楽しそうにしていた。


「例えば自分が明日死ぬと分かってたって笑うんだよ。最愛の人間がぐっちゃぐちゃにされても笑うんだよ。人生とは笑って楽しんで面白がることだ。じゃなきゃ生きている意味、実感できないでしょOK? Yeah……! ヤッ、ハッ、ワン、トゥー、スリー?」


 また踊りだすのかと言わんばかりに両手を前に差し出すへのへのもへじ。

 ヴァロンの前のテーブルに飛び乗り、しゃがみ込む。

 

「ところで、敗者復活戦に竦む君に大逆転間違いなしのアイテムがあるYO! いる?」


「アイテム?」


「そう。こんな時代をワンパンできるモノホンの伝説のアイテム」


 “へのへのもへじ”が指を鳴らすと、突如周りが姿を変え……なんて事は起きない。

 だが所謂地下に造った要塞であるこの空間が、ゆっくりと姿を変える。

 二人分が精一杯だった場所が、大聖堂の様な巨大な空間へと広がっていく。


 地層をここまで自由自在に塗り替える土魔術師など、そういない。

 高名な魔術師ならヴァロンも知っている自信がある。

 だけど、そんな力を持つ者は、知らない。


「……貴様、本当に何者なんだ?」


 だが“へのへのもへじ”はまたリズムに乗って踊りだすだけだ。

 

「いきなり正体明かせ!? それじゃ展開興ざめ! 俺は見た目通りモブ以下の黒子、観衆が気にしてるのは主役である御髭様!」


 広場が構築されていくにつれ、“それら”の全容も徐々に明らかになっていく。

 こんな巨大な広場にすら納まらないであろう、見るだけで怖気を誘う影。

 ただ佇んで化物達の集合体に眼を奪われるヴァロン。

 蠢いていたのは、千体は下らない改造魔物キメラだった。

 

「……お前、改造魔物キメラの量産化に成功したのか」


 思わず息をのんで、見上げる。


 改造魔物キメラは未だ貴重品だ。

 改造には労力と時間と金がかかる。

 ヴァロンでさえ一つ一つ手間暇かけて、丹精真心込めて数十体作れたのがやっとなのに。

 

 それが千体。

 しかも“ローレライ”級がちらほらいるではないか。


「量産化、そうなんか? 俺は知らない不知火しらぬい。ただ寝る間も惜しんでせっせと作っただけ!」


 天地逆さまになって、頭でぐるぐると回りながらラップ調で恍ける。

 

「アナタを怖がり、頭のお固い王国とはさよなら! オール漕いで行こう、オール帝国! やるっきゃねえ、進むっきゃねえ、切り開け、道来たぜ、そこがお前のユートピア! HEY!」


 一体全体へのへのもへじが何のギブを要求しているのかは分からない。

 力が抜けてしまう様な模様の藁の下で、一体何を企んでいるのかは分からない。

 

 だが、この改造魔物キメラを手中に収められるのなら。

 自分は誰にも負ける気がしない。


「君は今日からこの世界の魔王だ。見せてくれ。この世界ならではの百鬼夜行を」


「俺が……魔王?」

 

「Are you ready?」


 へのへのもへじが、糸に操られた人形の様な動きで差し出したワイングラス。

 中では芳醇な香りを漂わせる白い葡萄酒が、祭りを待ち侘びている。

 

「……」


 千体の化物。

 既に心は踊っていた。

 先程まで五分五分の確立の亡命ギャンブルに覚悟を決めようとしていたのに。

 今は十割の大虐殺ワンサイドゲームに置き換わっていた。

 

 ワイングラスで乾杯すると、重力を無視したような全身を使った踊りを繰り広げるへのへのもへじの隣で、自らも見様見真似の踊りに興じ始めた。

 これもへのへのもへじの秘密なのか、突如害のない光線が辺りに張り巡らされた。

 天井に括りつけられた鏡だらけのボールから発せられた光が、縦横無尽に空間を照らして回る。

 

「ひ、ひ、ひひひひひひいひひひひひひひひひっひひひひっひひひひひひ!! ひはははははははっははは!」

 

 不思議な空間だ。

 まるで自分を称える大観衆が沢山いるような気分だ。

 まるで世界の中心を独り占めしているような気分だ。

 もう世界の全てを掌握できるような気もする。


 そんなピエロに、ヴァロンは言った。


「見せてくれよ奇跡と喜劇を。今日から君が異世界の、魔王だ」

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