第21話 陰陽師、蝶々結ぶ

「君は何を言っているんだ……!?」


 理解不能という反応はアルフやエニーも同じくだった。

 陰陽道の外にいる人間からすれば、死人と会話する方法など持ち合わせていないのは分かる。

 魔術を使っても、生と死の境界線を越えられない事は分かる。

 

「陰陽道の本質は霊力。霊力は魂と結びつく力だ。つまり魂だけの存在となった死後の存在に干渉する事が出来る」


 そもそも陰陽道は魂だけの存在、所謂幽霊にも術が通じる。

 燎原之火りょうげんのひで幽霊を焙る事も出来る。平方完成で霊を閉じ込める事も出来る。

 更に成仏専用の術もあれば、自在に転生できる反魂の術もあるし、死者を傀儡にする術も存在する。

 死者を傀儡にする“有縁仏ゆうえんぼとけ”は禁術指定されているが。

 

「じゃあ、まずはハノンには親父さんと対面してもらうか」

 

 この術は、細長い帯状にした折り紙を結んで媒介にする。

 二つの羽と二つの線と一つの結びで構成された陰陽道には、こんな名前が付けられている。

 

 

「“蝶々結び”」



 羽ばたくように浮かんだ折り紙が、ハノンの親父さんの魂を吸収する。

 

「えっ……お父さん……!?」


「……アルフ殿下。あの人、間違いなくハノンのお父様です」


「ああ、僕も見覚えがあるから分かる……」


 蝶々を模した折り紙から出現したのは、三人にも見えるようになったハノンの親父さんだ。

 可視化された霊体である事は、下半身が透けている事からも説明の必要はないだろう。

 生者と霊体を正しく結びつけ、最後の対話を成立させ、死者の魂を完全に成仏させる陰陽道。

 それが蝶々結び。

 

『ハノン……俺が見えるのか?』


「うん、見えるよ、私見えるよ、お父さん……!」


 平方完成による人払いを配置した後で。

 縋りつく様に親父さんの霊に近づくハノンに、声をかける。


「一通り会話したら、二人で結び目を解くんだ」


「……この蝶々結びの折り紙の結び目を……?」


「ああ。自然に成仏を待つよりも、二人でちゃんと別れの挨拶を済ませて成仏させるんだ。それで親父さんの魂は、解ける」


 平方完成による結界の中には、やっと手を取り合って結び合う事が出来た親子二人だけにした。

 本来あの二人の間に、俺らは不要な存在だ。

 あの二人にとっては一生で一番短く、一生で一番大事な時間なら猶更だ。


 ……だがハノンには悪いが、読唇術で二人でどんな会話をしているか分かってしまっていた。


 ヴァロンやアレンにされた仕打ちの事。

 親父さんの病気の事。

 互いの剣の事。

 魔法剣の事。

 騎士の事。

 グロリアス魔術学院の事。

 その辺りで、一度俺達を見た。紹介していたのだろう。

 

 二人の間で止まっていた時間を取り戻す様に、たった五分の間に沢山伝え合っていた。

 すぐ永遠の別離の片道列車が来ることも忘れ、父と娘は命一杯触れ合っていた。

 俺もいつしかそんな二人の会話を聞く事等おこがましいと思い、目を閉じて読唇術を止める。

 

 アルフもエニーも、互いに一言も発することなく、親子の五分間に見入っていた。

 結界の外に出る時も、俺が言わずとも自分から出て行ってくれた。

 やはり親子の関係というものがどれだけ偉大なのかは、どの世界でも同じ共通感覚の様だ。

 家族愛の力は、陰陽道なんて霞むくらいに素晴らしい。

 

『……そろそろ、お迎えとやらが来るようだ』


「そうみたい、だね」


『ハノンの花嫁姿、見てから逝きたかったよ』


「私も一緒にバージンロード、歩いてほしかったな」


 二人とも最後は、完全とは言えなくとも別離に納得したように小さく笑って、両側の紐を掴み合う。

 

『ツルキ君に言っておいてくれ。最後にハノンと話させてくれてありがとう、と』


「うん、分かった」


『じゃあね。お父さん行くね』


「行ってらっしゃい」


『ハノン。これからは自由に笑顔になりなさい。それがお父さんの最後の願いだ』


 二人でそれぞれ両端の線を掴んで、引っ張った。

 蝶々結びが解けた瞬間、ハノンの親父さんは光粒になって天へ消えていった。

 ちゃんと輪廻転生の輪へ、つまり青空へ旅立つことが出来たのだ。

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