第20話 陰陽師、救われない親子を救う

 曰く。

 平安の武将に源頼光みなもとのよりみつという猛者がいた。

 陰陽師の開祖、安倍晴明の親友でもあったらしい。

 

 頼光は二本の妖刀を持っていた。


 一つは、平安最悪の鬼と呼ばれた酒呑童子しゅてんどうしの首を落とした怪刀“鬼切おにきり”。


 もう一つは、平安最凶の妖怪と恐れられた土蜘蛛の腹を裂いた妖刀“蜘蛛切くもきり”。


 妖怪も神も邪霊も関係なく、一刀の下に斬り伏せられる伝説の二振り。

 

 二本の内、後世に残された蜘蛛切は武将も陰陽師も誰も扱えなかった。

 鞘から抜こうとするだけで、霊力を喰われてたちまち死んでしまうからだ。千年後の令和で葛葉院鶴樹オレが、扱えてしまうまでは。

 思えば、これを機に周りの陰陽師達がこぞって俺を持ち上げた。

 

 俺を安倍晴明の再来として、救世主の様に祭り上げ。

 まだ5歳だった俺の魂に、無理矢理“蜘蛛切くもきり”を差し込んだのだ。


 勿論、大人たちは心配もしていなければ想像もしていなかったのだろう。

 たった5歳の子供が暴走する霊力によって、阿鼻地獄に堕ちた様な激痛に苦しんでいたなんて。

 

「自由じゃねえよな」


 思わず前世の試練を思い出しちまった。

 勝手に改造されることに関しちゃ、俺と改造魔物キメラ“ローレライ”はよく似てる。


「まったく、自由じゃねえ。魂を穢された時の束縛感、良く分かるぜ」


「ウゥゥ……」


「しかもそれが一生と来た。到底許される事じゃない」


「ウガアアアアア!!」


 ローレライが突進してきた。

 異常発達した脚力任せじゃない。

 体が騎士としての足運びを覚えているのだろう。

 力と技術の相乗効果で、音速並みの速度を実現している。

 

「ツル――」


 誰が叫んだかもわからない。きっと俺が吹き飛ばされると思ったのだろう。

 大丈夫、易占えきせんによる未来予知で全ての攻撃は見えている。

 俺にできる事は、妖刀である蜘蛛切くもきりをただ構えるだけ。

 

「さあ、蜘蛛切。腹ペコだろう。“喰らいな”」

 

 結果、心臓がちぎれるような衝突の果てに、ローレライが逆方向に吹き飛ぶ。

 勿論これは陰陽道ではない。単純な力の差から生じた結果だ。


「いや待て、あの体格差で何故君が無事なんだ!? ツルキ!」


「この蜘蛛切ってのは宿主の霊力を喰って、物理的な攻撃力に転換する。魔法剣の原理と同じだろう?」


 だからこそ、霊力に恵まれた俺か源頼光くらいにしか扱えないじゃじゃ馬だ。

 解説している間に、ヴァロン邸の瓦礫に押し込まれたローレライが雄たけびを上げながら、歪な刃に光を宿す。

 魔法剣。

 ハノンのそれをいとも簡単に吹き飛ばす威力の、人の名残。

 それを薙ぎ払うように横に振り、巨大な魔力で構成された真空波を飛ばしてくる。

 

「“平方完成”」


 折り鶴を四つ。

 俺の前に出来た正方形が、ローレライの魔法剣を防いだ。

 だが余波によって俺の周りを砂塵が包む。ローレライも、ハノン達も見えなくなった。


「読み通り、面白い攻撃だ」


 そう言ったのは、砂煙の外からいの一番に入り込んできた魔法剣による遠距離攻撃を見たからだ。

 しかも斬撃の形をしていない。

 光線だ。

 しかも俺の平方完成を掻い潜る様に、曲がりくねって左右から挟み撃ちに来た。


 炸裂。

 視界が、虹色に消えた。

 

「ツルキさん!」


 “俺”は強烈な魔力の灼熱に、全身を溶かされて消滅した――。

 とでもエニーには見えていたのだろう。

 

「いや、あれは……」


 よく見てるじゃないか、ハノン。

 残りの二人も、光の中で消滅したのが“鏡蝉うつせみ”である事に気付いた様だ。

 

 本物の俺はというと、蜘蛛切の間合いで漆黒の成れの果てを見上げていた。

 飛び出した様な目は焦点があっていない。

 舌が収まらない顎から、涎は垂れっぱなし。

 黒く染まった筋肉は不気味に脈打ってやがる。

 滅茶苦茶に組み替えられた体を見ても、人間だった名残はどこにも存在しない。


 それでも、ここまでローレライが展開した攻めの手は、とても本能のままに生きる魔物では為しえない。

 ちゃんと人間だった証拠だ。

 

 だから魔物ごっこは、もう終わりにしよう。

 

「勝負だ」


「グガアアアアアアアアアアアアアアアア!」


 ローレライが巨大な魔法剣を上段に掲げる。

 これまでの“飛ばす斬撃”の魔法剣とは違う。

 魔法剣そのものを俺の脳天目掛けて振り下ろす。

 

「“雲斬そらはらし”」


 雲斬そらはらし

 本当は技名にするまでもない、俺の霊力を十二分に平らげた蜘蛛切による斬撃だ。

 霊力は耐久力となり、威力となり、そして切れ味となる。

 魔力のコーティングにも負けない、霊力によるドーピングの完成形だ。

 そんな細く長い刃を、ただ力一杯に振り上げる。

 

 ローレライが描いたのは虹色の剣閃。

 俺が描いたのは無色の剣閃。

 その先頭で、俺とローレライの剣が一瞬鍔迫り合って。


 そこまでだった。

 


「お父……さん……」



 ハノンの悲痛な声が聞こえた。聞きたくなかった声だった。

 だがそれもやむを得ない。


『ア、ア……』


 右肩から左腰に掛けて、肉親の体がずれたのだから。

 真っ二つになった体が、地面に塗れたのだから。

 ローレライの相棒である、大剣も同じく柄から先を失っており、その破片は俺の隣で転がる。

 

『……ア……アリ……ガト……』


 最後まで子を想う親の声が聞こえた気がした。

 ローレライの眼が、最後の最後に光を帯びた気がした。


 飛び出した眼は最後に役割を終えたかのように、大きな瞼に覆われる。

 やっと解放された様に、ハノンの親父さんは永い眠りにつき始めた。

 

「私にも……今聞こえたよ」


 ハノンがゆっくりと俺の横に並び、既にローレライではなくなった死骸を見つめる。

 自分の親父さんの眠りを見て、ハノンが何を考えていたのかは分からない。

 だが少なくとも、わずかな安堵があったのは分かった。

 

「ありがとうツルキ君……お父さんを、救ってくれて……」


「まだだ、親父さんは本当の意味で救われていない」


 えっ、と声を漏らすハノン。

 勿論彼女には見えていないのだろう。アルフやエニーにも見えていないのだろう。

 ローレライの残骸の上で、ハノンの親父さんの魂が物憂げな色をして漂っているのを。

 

「それにハノンだって何も伝えられず、親父さんとお別れだなんてあんまりだろう?」


「……さっき、お父さんと会話する準備をって言ってたけど……」


「ああ。今からハノンと親父さんを会話させる」


 俺はまだ成仏しきれていない、親父さんの魂目掛けて宣言する。

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