第18話 陰陽師、改造魔物を殲滅する

「一体……何がどうなっている」


 ようやくヴァロン卿が振り絞った声がそれだった。

 どうやら相当手品が効いてしまったらしい。


「まあまあ、せっかちなのはいけませんよ。ヴァロン卿。種明かしならちゃんとしてやりますから」


 人型の折り紙を四つばら撒く。同時に込めていた霊力を発動する。

 形代が原型を逸脱し、等身大の大きさにまで膨らみ、姿形が俺達四人と同じになる。


鏡蝉うつせみと言いましてね。見分けがつかなかったでしょう?」


「そんな魔術がこの世に存在するだと……では檻の中に入った殿下達は……!」


 ヴァロン卿が檻の向こうで咀嚼されてる俺達に目を向けた。

 改造魔物キメラ達のあぎとに納まっていた鏡蝉うつせみが、遂にその効力を失う。

 後に残ったのは、ボロボロになった人型の折り紙だった。


「だ、騙したな……!」


「こちとら騙し騙されのシーソーゲームは好物でしてね。さあ次はどんな化かし合いのお遊戯をしてしんぜようか?」


 遂に言い逃れが出来なくなったヴァロンに対して、アルフとエニーが前に出る。


「貴様があのような罠を仕掛ける事は想定済みだ。だからこそ僕たちは、あえて貴様の誘いに乗った振りをしたのだ」


「違法生物生成法違反、ならびにアレン様への不敬罪、そして殺人未遂……今ここで並んでいる罪だけでも、ヴァロン卿の爵位剥奪は免れません」


「それどころかこの規模はまず間違いなく極刑だ」


「ぐ……」


 冷や汗を流すヴァロン。

 俺は思わず鼻で笑ってしまった。


「そういう事だ。残念だったな、あんたの都落ちはここで確定だ」


 しかし俺がここに来た一番の目的は、ヴァロン卿の罪を弾劾する為ではない。

 ハノンの親父さんの安否を知る為だ。

 

「聞きたい事がある。ハノンの親父さんはどうした」


「そうです……私の父は本当に二年もかかる病気なのですか……!? 私の父は今どこにいるんですか!?」


 ハノンが問い詰めると、ヴァロンは壊れた様に不気味に笑い声を上げた。

 

「知らない方がいい。そしてお前が父と再会する事はもうない」


 ヴァロンの予言の直後、鉄格子が破壊される鈍い音が聞こえた。

 ハノンがその方向を見た瞬間、異常な速度で改造魔物キメラが突進してきた。



「“平方完成”」



 そして反対方向へ改造魔物キメラは弾かれた。

 

「何っ!?」


「水と金で構成された正方形はそんなガラクタじゃ壊れないってんだよ」


 不意打ちが失敗して狼狽えるヴァロン。

 改造魔物キメラの乱入も、ヴァロンの冷や汗も易占で予知した通りだ。

 

「分かってないですねぇヴァロン卿。何が悲しくて俺が鏡蝉うつせみなんて回りくどい手品をご披露したのか」


「貴様の仕業か……アンフェロピリオンの倅……」


「魔物を弄繰り回してまで強力な化物生み出す奴は知らなくてね。だからどんなもんかって、先に鏡蝉うつせみ忍ばせて、あんたの改造魔物キメラを味見したんだ」


 ヴァロンの後ろに檻から出てきた巨大な改造魔物キメラが聳え立つ。ヴァロンの言う事に忠実なのか、後ろからヴァロンを襲うことは無い。

 一方で極限の空腹に苛まれているかのように、食糧としてこちらを見てくる。

 それとも脳まで弄られて、残虐な本能にしか従えなくなったか。

 ヴァロンの指示にしか、生きがいを見いだせなくなったのか。

 

 改造魔物キメラを見上げながら、俺は結論を伝える。


「だがもういい。種が分かった手品は何とも面白くもなんとも無い。つまらねえ幕は俺がここで降ろす」


「何を馬鹿な事を。こいつらは上級魔術師でさえ一方的に葬ってきた。貴様如き下賤なガキに!! 一体何が出来るってんだ!!」


「吠えんなよ上品な大人。俺と同じ下賤に見えるぜ?」


 髭の下、歯が割れんばかりに軋るヴァロン。

 卑下すべき相手にここまで言われちゃ、立つ瀬もないわな。


「言ったろ。もうあんたは都落ち確定だって。あんたのユートピア、ここで成仏させてやんよ」


 ハノンを守った“平方完成”を、アルフとエニーも覆い囲むように展開する。

 絶対不落の正四面体に三人を閉じ込めた。これで後門の狼を憂う必要は無い。

 後は前門の虎たちだ。

 改造魔物キメラに手招きをしてみせる。


「来いよペット。せめてもの情けだ、しっちゃかめっちゃかにされて苦しいだろ。今、楽にさせてやる」


「やれ、改造魔物キメラ! 頭蓋を潰せ!」


 化物達の大行進。

 室内に連続の轟音を巻き散らかす。

 広い空間とはいえ、巨体が十数体。

 一瞬で俺の基まで到達する上、密度も非常に高い。逃げ場なんて一切ない。


「じゃあ単純明快に金と土でどうかな?」


 手始めに金と土の属性を付与した紙飛行機を一気に八つ投げ飛ばす。


「“金剛不壊こんごうふえ”」


「その程度の紙飛行機が何だというのだ!?」


 確かに普通の紙飛行機なら蠅と変わりはないだろう。

 だが金と土の霊力の媒介となった紙飛行機は、世界で一番硬い陰陽道と化す。

 

 そして目論見通り。

 改造魔物キメラの体を貫いて。

 肉を引きちぎって。

 骨も破壊して。

 体から抜け出た紙飛行機たちは未だに飛行を続けている。

 

「……そんな馬鹿な」


 肉体を抉った8体の魔物の内、6体は戦闘不能となり倒れた。まあこんなものか。

 だが陰陽道の媒介にした紙飛行機は一人でに飛行を続ける。翻り戻ってくる形で飛び続ける紙飛行機は、また別の魔物の肉体をえぐりながら俺の基まで戻ってくる。


「金と土で金剛石の性質を再現している。自慢のペットたちも、金剛石の強度には勝てなかったらしいな」


「だがあの程度の紙飛行機に……」


「強度だけじゃない。重さも巨大な岩石並みだ。硬い、重い、壊れない。単純明快。強さの理由にこれ以上はいらない。これが金と土の共同合作、金剛不壊こんごうふえだ」


「ふ、ざけるな……貴様如きが、このヴァロンの地位を脅かすなど……」


「まだ都落ちの言い訳を考えてなかったのか? 遅いぞ、そんなんじゃ」


 暫く金剛不壊の媒介となった紙飛行機八枚による大虐殺劇が続く。

 強度や重量だけではない。与えている霊力によるブーストのおかげで、安全地帯のアルフやハノンも目で追えていない速度を実現している。加えて先端はくちばしの様に尖っている紙飛行機。

 どんな薬物や魔術を加え、どんな魔物を掛け合わせたかは分からない。

 だが犠牲になった鏡蝉うつせみから伝わった情報で、こいつらの肉体が金剛石よりも劣っていると分かった時点で勝利を確定した。

 

 いたぶる趣味はない。

 どの紙飛行機も自由自在に動いているように見えるが、実のところ急所を一撃で貫くように飛ばしている。

 改造魔物キメラ達も、ヴァロンの被害者だから。

 

 だが一体だけ、ケンタウロスとミノタウロスを合成したような魔物だけがこの速度に準じている。

 同じくらいの速度で俺の後ろに回ったのを見て、アルフが声を上げる。


「ツルキ! 後ろだ!」

「ああ、予知めてるよ」


 易占の示す未来に外れはない。

 だからこそ、金剛不壊と同時に放った折り鶴が効果を発揮するのだ。


「“平方完成”」


 背後で激しく弾かれた音。筋骨隆々の拳を、水と金の結界で防いだ。

 同時にその改造魔物キメラを結界の中に閉じ込めると、一思いに結界を収縮させて圧死させる。


「ここまでだ、ヴァロン卿。都落ちの言い訳は仕上がったかい」


 これで目に映る全ての改造魔物キメラは全滅させた。

 結局一機も撃墜されなかった紙飛行機たちを俺の周りに展開させて、試しに脅しをかけて見た。

 

「それとも、金剛不壊のくちばしに貫かれてみるか? あんたが弄った魔物達の気持ちでも味わってみるか?」

 

 だが死屍累々の中に佇んでいたヴァロンはまだ絶望しきっていなかった。

 まだ隠し玉があるような素振り。だからこそ前に出ようとしたハノンを制して様子を見る。


「くくく……ハノン。貴様、随分と父に会いたがっていたな」


「……!?」


 意味深な、低い声での質問。

 同時、ヴァロンの指がなった途端、天井に亀裂が走っているのが見えた。

 

「やれ、“ローレライ”!」


「ローレライ……!?」


 亀裂の走った天井を突き破って、巨体が俺達とヴァロンの間に出現する。

 ローレライと呼ばれた存在は、成程確かに改造魔物キメラだった。黒色の筋骨隆々とした肉体には魔石らしきものがいくつも埋め込まれていて、ドーピング作用を受けているのは明らかだ。だが他の魔物と明らかに一線を画している所が二つある。

 出現するや否や、右手に出現させた歪な大剣に魔法陣を張り巡らせた途端、発生する空気だけで吹き飛ばすような強烈な横薙ぎをお見舞いしてきた。同時、発生したのは斬撃が形となった虹色の真空波だ。

 

 いや待て。

 これ魔法剣じゃないか!?

 

「“平方完成”!」


 平方完成でダメージは防ぐが、伝播した衝撃が壁や天井を刺激し、崩落が始まる。

 ……俺も、アルフも、エニーも目の前の化物が使った魔法剣に同じ反応を抱いていると思う。

 理性を失った狂獣達と同じとするには、芸達者な事をしてきている。

 

 そんな技を繰り出してきたことの他に、他の改造魔物キメラと違う所。

 それは巨大化しているとはいえ、原型が人間のそれなのだ。

 

「ローレライって……」

 

 そもそも、混乱に紛れて逃げたヴァロンが言い残した名前。

 この改造魔物キメラの名前。


 ローレライという言葉を、俺は聞いた事がある。

 今隣で信じられないという顔している、ハノンの苗字だ。

 

「お、お父さん……」


 嫌な予感が当たった。

 家族であるハノンが言うのだから間違いないのだろう。ローレライの顔は、ハノンの親父さんと同じ。

 つまり、“ローレライ”はハノンの親父さんを改造した存在。

 その結論に行きついたハノンが、今度こそ絶望の声を上げながらその場に跪く。


「嘘、嘘、嘘……嫌あああああああああああああ!!」

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