第17話 陰陽師、騙る


「ふん、ハノンめ。しくじりおったか」


 その頃、ヴァロンは髭を触りながら淡々とした顔で吐き捨てていた。

 高所故に周りに建物が無く、静かさが売りのヴァロン邸。

 故に舌打ち一つでも良く響く。

 グロリアス魔術学院から帰って来たアレン曰く、ハノンがツルキの入学取り消しに失敗した。


「アレン、俺は言ったはずだぞ。殺してでも、入学を取り消してもらえと」


「お父様……いくらなんでもそこまでは」


 と乗り気ではないアレン。

 アレンは貴族主義に染まりつつあるが、どうしても一線を超える様子がない。

 ハノンに対してももっと厳しく躾をしてもいい筈だ。

 だが心のどこかで容赦する心が垣間見えるのだ。

 これでは跡取りとしては心許ない、そう思案していると窓の外に見知った影が見えた。

 

「あれはハノン……それに殿下?」


 まず確認できた二人の組み合わせの時点で、状況は芳しくない。

 アルフレッドとハノン。


 ハノンへの扱いを咎めにきたならまだいい。

 そう楽観視できる程、アルフレッド相手は油断できない。

 あらゆる可能性を想像する。例えば極刑級の違法行為が露見する、等。


「さては……改造魔物キメラを嗅ぎづけたか」


 ヴァロンの発言に、アレンが愕然とする。

 

「お父様、改造魔物キメラと今仰いましたか!? まさか禁忌に手を出しているのでは……!?」


「アレン、丁度いい機会だ。教えておいてやる。弱い方が禁忌なのだ」


 更に来訪者の残りの二人も判明する。

 今はアレンの付き人をしているエニー=ノット。

 “別の意味”でヴァロンも注目している少女だ。

 そしてアンフェロピリオン地方で酷い恥をかかせてくれた領主の息子だ。


「私の地位を脅かした殿下にも、忌々しい貧民領主の倅にもここで消えて頂こうか」


 やがて玄関からノックの音が聞こえ、ヴァロン直々にその扉を開ける。

 確認した通りの四人が姿を現した。


「ややっ、これはこれは殿下。こんな所までご足労頂けるとは……!」


 最大限従順に、アルフレッドへ頭を下げる。

 自分の地位とプライドを揺るがした小僧共へ向けた怒りは、まだ心の檻に閉じ込めておく。

 

「前置きは結構」


 アルフレッドが淡々と返すと、早速本題へ入る。

 

「お前がハノンに奴隷の仕打ちをしていると聞いた。本当なら僕は皇子として、見過ごすわけにはいかない」


「奴隷……? 確かにハノンは私の食客でございますが、その様な下賤な事、身に覚えは……」


「勿論お前の話も聞くつもりだ。しかし分かっているな? 君はアンフェロピリオン地方への粗相で既にリーチが掛かっている事を」


「滅相もございません……! とにかく私の言い分を落ち着いて聞いていただければと思います。急ではありますので何分準備には時間を要しますが、絡まった誤解を解いて見せましょう、ささ、こちらへ」


 ヴァロンが直々に案内する一方で、アルフレッド達四人に見えない様に頬をピクピクと震えさせる。

 作り笑いも疲れる。

 自分を貶めた王家も、それを告発した召使いもどきの少女も今はただ憎い。

 何よりアレンを散々に打ち負かし、家の名を辱めた貧乏領主の息子であるツルキに敷居を跨がせている事が何より腹が立つ。腸が煮えくり返る様だ。


 だがこの後に王子一向に待ち受ける展開を想像すれば、大した話ではない。

 報われる瞬間は、もう間もなくだ。

 

「時にヴァロン。君、改造魔物キメラに手を出していないだろうね?」


 その言葉を聞いて、より一層殺意を深めた。

 アルフレッドはやはり、改造魔物キメラの件で告発しに来たのだ。

 だとしたら猶更、この家から生かして帰すわけにはいかない。

 

「つきましたぞ、殿下」


 丁度その時、広間に辿り着いた。

 会話するには途轍もなく広すぎる、がらんどうの空間。

 空間にはここまで通ってきた道に繋がる穴と、反対側には暗黒に閉ざされた道に繋がる檻しかなかった。

 

「これはまた、随分と広い所に出たものだな」


「殿下。若い頃、私もかつては“魔物使い”として戦場では馳せた事がありましてな。あの頃は世界中の珍種の魔物を捕まえては、時には私の手足として敵を殺し、時にはコレクションとしてこの家に飾った事もあります」


 ヴァロンが数歩下がる。

 部屋の仕切りから出た瞬間――ガシャン! と。

 突如鉄格子がアルフレッド達とヴァロンを隔てた。

 ヴァロンは勝利を確信し、薄らと笑う。


「何っ!?」


 一同が騒めくがもう遅い。

 この空間から出る術は彼らにはない。


「それでは最近は収まらなくなりまして……オンリーワンにしてナンバーワンの魔物を使役する事を夢見ていたのです」


「み、みんな……、あれ……」


 ハノンが反応して指差した先。反対側の檻から怒涛の魔物の大群が押し寄せてきた。


「あれは……改造魔物キメラ……!?」


 例えば半獣人であるミノタウロスとケンタウロスの合成魔物。

 まるで巨人の様な筋骨隆々の外見を誇る、ゴブリン。

 一体何の魔物を混ぜたか分からない正体不明の改造魔物キメラ

 未知にして次元が違う生命体の行進に、四人は慌てふためいている。


「彼らは世界でここにしか存在しない、最高の魔物達です。それはもう、殿下の最期を看取れるくらいに……」


「き、貴様……ここから出せ!」


「が、がああああああああああああああああああああああ!?」


 檻を掴んで何とか出ようとする四人。

 しかしその手が、鮮血に染まっていく。

 魔物達の滅多打ち。

 男はその硬い体を折られ、女は柔らかい体を潰され――心地よい悲鳴がヴァロンの耳を保養する。


「忌々しくとも誇りに思いますぞ。皇子の魂すら貪りつくす、自慢の子供達を持つことを……」


「う、ぐぁ…」


 既に虫の息の少年少女達。

 端から牙に爪に筋肉に理不尽に破壊されて生き、その儚い命を散らしていく。


 悲劇の鑑賞も、偶には悪くない。

 三文芝居程度の構成なのは、大目に見よう。


「ヴァロン、様……」


 “上半身だけになった”ハノンが、こちらを見て縋る様に手を伸ばしてくる。

 

「ハノン。お前は成績は優秀だが、この家の従者には相応しくない」


「教えて……下さい。お父様は……」


「奴も間もなくこの世を去る。安心してあの世で再開するがよい」


「あ、あああ……」


 ハノンが希望を失ったように、残りの上半身も貪られ始める。

 更には近くでツルキと言う忌々しい子供も、今頭を潰されたところだ。

 

「お、お父様……」


 恍惚で満足げな笑みを浮かべるヴァロンとは違い、アレンはその光景に恐怖を抱いていた。唇は震え、眼は酷く泳いでいる。

 情けない息子だが、導くのが父親の役目だ。

 

「アレンよ。これくらいやらなければ、面目躍如とはならんぞ」


「ですが……こんな、殺し迄やらなくても……」


「たとえ相手が王子だろうが、邪魔になるなら滅せ。そう教えてきたはずだ」


 もう少し厳しく教育をするべきだったか。

 すっかり腰を抜かしたアレンに若干の愛想をつかしながらも、後処理のために動こうとしたその時だった。

 

 



『――それがお前の自慢のコレクションか。大したもんだな』




「!?」


 ヴァロンの呼吸が止まりかけた。

 あってはならない声だった。

 アルフレッド殿下の冷めた声に、ヴァロンは思わず鳥肌が立つ。

 

「今のはアルフレッド殿下の声……馬鹿な。奴は今この中で処刑されている筈……!」


 その通りだ。

 檻の中を見れば、確かにアルフレッドは胴体を喰われて死んでいる。

 だからこそ、アルフレッドの声が逆方向からするなどあり得ない。

 

『間違いなく確認しました。どれもこれも、未確認の魔物達です。ええ、改造魔物キメラである事は疑う余地もありません』


「エニー=ノット……」


『ヴァロン様……どこまで人の道を外れていたのですか……』


「……ハノン」


 あの檻の中は、女子供だとて容赦なく餌になる世界の筈だ。

 勿論ハノンもエニーも、あの檻の中で死んでいる。

 ヴァロンもアレンも、最早肉塊としてされるがままの筈だ。


 どうして。

 どうして。

 どうして――。

 

『あっはっはっは。ヴァロン卿、まるで狐にでも摘ままれた顔ですね。一体全体どうしたらそんな百面相が出来ちまうんですか』


「アンフェロピリオン領主の倅……」


『大体相手は殿下ですよ? ヴァロン卿。随分と悪行三昧が過ぎるんじゃあないんですかい?』


 ツルキも、あの檻で現在進行形で死んでいる。

 それなのに。

 それなのに――次第に込み上げてきた背筋が凍るような恐怖に、感情が支配され始めた。

 

「一体何故だ!? 何故お前達の声が聞こえる!?」


『幽霊にでもあった様な情けない声出さんでくださいよ。ちゃんと俺らは足がついている。ほら、ご覧の通り』


 遂にその姿は確認できた。鳩が豆鉄砲を食ったような顔つきで、ヴァロンとアレンがその方向を見る。

 ヴァロンが背にした改造魔物キメラの地獄とは反対側に彼らはいた。

 確かに檻の中で非業の死を遂げた筈の四人だ。

 にも関わらず五体満足、足も地に付いた状態でそこに佇んでいた。


「お前達……死んだはずなのに……」


 掠れた声でそう言いながら、檻の中を確認する。

 アルフレッド、ハノン、エニー、そしてツルキ。確かにこの中で犇めく改造魔物キメラ達に殺されている筈なのだ。

 だがそんな四人とは別に、同じ顔をした四人と今こうして対峙している。


「この前折角地方に来ていただいたのに、もてなしの一つも満足に出来ていなかったので、ちょっとした手品をご披露しました」


「手品……だと」


 その中心でツルキが、百戦錬磨のヴァロンをして簡単に気圧されてしまうような殺気を垣間見せながら豪語する。

 

「お楽しみはここまでだ。勿論覚悟は朝飯前だよな」

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