第16話 陰陽師、結界を張る
初めての放課後、俺とハノンとアルフとエニーは一つの教室に集結していた。
役者は揃ったな。
それを確認して、俺は八羽の折り鶴を教室の角に配置する。
「今度は何の陰陽道を発動したんだい?」
「“平方完成”」
俺は八羽の折り鶴が織りなす、教室を囲う陰陽道について説明する。
「人の意識を極度に逸らす結界だ。これで誰かがやってくることは無い筈だ」
「……ツルキ君。さっきから思っていたけど、陰陽道って何なの?」
「そうです、私も気になります! 的に向かってさっき最初に放った術は、魔術として分類されるカテゴリーの中にありませんでした」
ハノンとエニーの質問は当然だ。
だからこそ、答えの台本だって用意してきたのだ。
では俳優になりきる。少し咳払いをする。
「……説明するのはいいが、俺の言う事を信じるかい? お二人とも。例えば俺が異世界に飛んでいた、とか」
「異世界!?」
「この陰陽道は異世界で扱われていた魔術だ。俺はこれを習得し、ある異世界を救って帰って来た」
空間が沈黙に包まれる。
狐につままれた様な顔をした女子が二人。
物凄い笑いをこらえている殿下が一人。おい、アルフ。
えーい、ままよ。
俺、ツルキは実は二年前に突如異世界へ飛ばされた。
俺が飛ばされた理由は今でも分からない。
飛ばされた世界では妖怪という魔物以上の化物達が世界を汚染して回っていた。
そんな時、陰陽道の源である“霊力”の才能を見出した陰陽師達に拾われ、俺も陰陽師になった。
俺は拾われた恩もあって陰陽師として戦い、そして遂に魔王を倒した。
そして俺は役割を終えたかのように、異世界からこの世界に戻ってきた。
ただ異世界に転移したなんて話は誰も信じないだろうし、陰陽道は破壊と手品くらいにしか使えない無為なものだから封印を俺は決めこんだ。
「という訳だ。“異世界に飛ばされたら、最強の陰陽師として世界を救う事になった件”完!」
「………………………………」
実際、6割くらいは本当のことを言っているので説得力はある筈だ。
嘘を信じ込ませる詐欺師の常套手段だ。
だがぱちくり、ぱちくりとハノンとエニーが瞬きを繰り返したまま、真顔を保っていた。
後ろではアルフが腹を抱えて笑い転げていた。
ここから摘まみだしてやろうか。
「……えーと、えーと、えーと?」
ハノンは時間が経っても腹に落とし込めない様で、頭の消化不良を起こしていた。
陰陽師は輪廻転生の知識があるから別に異世界があるのは普通の事なのだが、一般人からすれば異世界なんて言葉は常識の外にあるという事だろう。
だが一方でエニーは暫くすると思案を始め、
「やはり、異世界は存在したのですか」
「知っているのか!? エニー」
「知っているというよりは、存在が示唆している論文があるのです。魔術量子力学など、その手の研究をしている学問もあります」
異世界はある。それは本当だ。俺は輪廻転生の輪を潜る方法しか知らないけど。
でも、この世界の魔術文明なら異世界の道を作る事も容易いのかもしれない。
「ま、陰陽道や異世界云々については今度オチをつけるとしよう。だが今は――ハノンがヴァロン卿から何をされているのかを話してもらう方が先決かな」
長くなりそうなので、そう言って全員の意識を本題であるハノンに集中させた。
いざとなるとハノンも話しづらそうにしていた。
こういう時は、聞く側から質問するに限る。
「元々ヴァロン卿とはどういう関係なんだ?」
「私達ローレライ一族はヴァロン卿お抱えの騎士になっていたの。父の代から」
そもそも騎士とは貴族に仕える最上位兵士の事だ。
最近は王家直属の騎士の方が多いくらいだが、侯爵という立ち位置になれば自前の騎士を揃える事も出来る。だからヴァロン卿の下にハノンがいるのも、別段おかしい話ではない。
しかし王家そのものであるアルフは、腑に落ちていなかったようだ。
「……十年前まで、ローレライは王家直属騎士でも最上位に位置していたはずだ」
「そこをヴァロン卿の上手い口車に乗って、父上は引き抜かれてしまったのです。丁度一族で借金も嵩んでいたところだったので、正常な思考が出来ていなかったのです」
「そういう事か」
「結局ヴァロン卿は私達の生活をよくするところか、更に重くしていった。それでもローレライ一族の誇りを胸に父は戦い続けてきました、ですが……」
「……親父さんが病気になってしまったんだな」
ハノンは深く頷き、続きを語る。
「三年ほど前から、父は魔術、剣を扱う度に心臓を庇う様になりました。そして、二年前――倒れました」
と、この時エニーが何かに勘づいたのか、眉を潜めるような表情を取った。
眼鏡も相まって、庇護欲引き立てる幼顔のくせに物凄い知的に見える。
「医者からは治療に二年かかり、治療には莫大なお金が必要だと分かりました」
「……そのお金は?」
「ヴァロン卿が払ってくれています。ただし、私がアレン様の従者となって生きる事を条件に……」
「それでアレンに逆らえなかったって訳か」
太ももにやっていたハノンの手が、悔しそうにスカートの裾を握り締めていた。
「この一ヶ月は父とは会えていない。遠地の専門機関で心臓を直すために、病院も遠くへ移っちゃって……だけどアレン様に振り回される日々で、見舞いに行く暇すら与えられていないの」
「お父さんの事、心配か?」
「だったら一日や二日、俺がハノンの代わりをしてやる」
「え……」
「アレンの草鞋を温めるでも、ヴァロン卿の髭を剃るでも何でもやってやる。それでハノンがお父さんに顔見せられるんなら大した苦労じゃない」
「そんな事出来る訳ない! 門前払い喰らうだけだよ!」
「やってみなくちゃ分からないだろ!? お父さんに会いたいんだろ!? だからずっとやりたくもねえ穢れた仕事もしてきたんだろ!? ずっと騎士のプライドってのを犠牲にしてきたんだろ!? その結果がこれなんてあんまりじゃねえか!」
親ってのは、家族っていうのはそこまでしてでも助けたいものだ。
人間として生きて、一番最初に学んだことだ。
「親父の顔を見る事すらできないなんて、自由じゃねえ」
「……ツルキ君」
「その必要はない。ツルキ」
静かに怒気を孕んだ顔。
アルフのこんな表情は初めて見た。
誇りを穢されたような憤怒。だがアレンの軽い怒りとは訳が違う。
「ヴァロン卿の振舞いは、明らかに法に抵触している。これでは奴隷だ。同じ貴族として、やはり奴の横暴を許すわけにはいかない」
「アルフレッド殿下……」
「ローレライ一族をヴァロン卿から引き剥がす。僕の権力はその為ならいくらでも総動員しよう……君の考えているやり方よりは幾分かスマートだよ、ツルキ」
勝ち誇ったような、抜け目のない顔に戻りやがった。
悪かったな、スマートじゃなくて。
だが権力には権力。一番ヴァロン卿に泡を吹かせられるとしたら、王家の血筋を持ったアルフしかいない。とはいえ正直、ハノンにいい所を見せられない事になったので、ちょっと拗ねてしまうなぁ。
「いや、思いの外スマートに進むとは思えない懸念が一つあった」
「どういう事だ?」
アルフはこれで一件落着、解決。という顔をしていない。
寧ろ他に問題があるような面持ちになっていた。
「ヴァロン卿には一つ、とてつもない裏話があってね。時に君は、“
「キメラ……?」
俺以外は知っているというような面持ちだった。
俺の疑問符が見えたのか、エニーが辞書を朗読するように俺へ説明した。
「
「そんな事をする奴らがいるのか……」
「王国の法律では重罪です。過去の判例ではその殆どが極刑でした」
そんな
人道や倫理の面から見ても、到底許されない。
「で? ヴァロン卿は道徳をどっかに放り投げて、
「状況証拠からすれば間違いない。だが調査の為にヴァロン邸に行った人間は、悉く行方不明になっていてな」
「成程。
「そんな……」
ハノンが隣でショックを受けていた。ヴァロンの悪行は、ハノンも与り知らぬ所らしい。
伝聞だけで判断するが、
ヴァロンにとっても秘中の秘であるはずだ。
だとすれば知っている人間はかなり少数に限られる筈。
行動が軽薄なアレンにも秘密にされているのかもしれない。
確かにアルフが、迂闊にヴァロン邸に斬り込んでいなかったのも頷ける。
下手にヴァロン邸に踏み込めば、アルフをそのまま改造魔物の餌にして『行方不明』として処理をするのだろう。
王族だろうと関係ない。死人に口なしはどこの世も共通法則のようだ。
「……殿下、それにツルキ君。私なら大丈夫」
ハノンが精いっぱいの笑顔を取り繕って、俺らに向けてくる。
「そんな危険な領域に入って、皆が殺される方が私は嫌です……」
「だがな、ハノン。それじゃ親父さんはどうなる」
「実は私がヴァロン様とアレン様の下で動いてから、もう間もなく2年が経ちます……父も前と比べて元気になりましたし、お医者様からももう間もなく退院が出来ると伺ってます」
「……ハノン」
俺が何か声を掛けようとした時、
「ちょっと待って!!」
全ての空気を断ったのは、エニーという小さな体から発せられた一喝だった、
思わず大きな声が自分でも出たのか、「失礼……」とわざとらしく咳を鳴らして続ける。
「ハノンさんのお父様が罹られている病は、もしかして“第二型魔力性心不全”ではないですか?」
「どうしてそれを!?」
図星の様だった。
「話された内容を加味した結果、そう予想出来ました。主に身体的ダメージと魔力疲労が積み重なりがちな騎士に多い病気ですね」
エニー、医者か何かかよ。
それにしても聞いたことのない病名だ。
俺が驚いていると、エニーの主人たるアルフが補足してきた。
「王家の専属従者は、どの分野でもプロレベルの知識を身に付ける事を求められる」
「……確かに頭いいな、とは思っていたが」
「はっきり言ってエニーは、辞書を軽く凌駕する知識量を持っている」
「すげえな、エニー……」
一方でエニーは、こんな質問を投げる。
「ハノンさん、確かにこの病気が治るのにお医者様は二年掛かると言ったのですね」
「はい」
「それはおかしいです。だってこの病気は、早期発見なら半月で治る病です」
えっ、とハノンの顔から光が失せた。
「で、でも、お医者さんは二年は完治にかかる病気だって……!」
「そのお医者さんはもしかして、ヴァロン卿に紹介された奴じゃないか?」
アルフの質問に心当たりがあるのか、ハノンは目を逸らした。
「さては……意図は不明だが、ヴァロン卿はわざと父君の病気を持続している……!?」
「だとしたらまずいですよ……第二型魔力性心不全は早期回復が命の病気です。症状が一定以上進んだ場合、治療の手段がありません」
「そ、そんな……だって一ヶ月前最後に会ったときだって、顔色もとっても良くて……!」
「ヴァロン卿は
心が崩れる音が聞こえた。
膝をつく音と和音を奏でていた。
細い針の上で、ギリギリ平衡を保ってきたハノンの心が遂に倒れた。
とても痛々しくて、聞くだけで辛い。
「嘘……そんなの嘘よ……」
無理もない。
親父さんがもう助からないとしたら、ハノンは一体何のために二年間も地獄の様な日々を生きたっていうんだ。
勿論まだ確定した訳じゃない。まだ嘘の可能性である内は嘘であってほしいのだろう。
ハノンは現実を確かめに、現実から逃げる様に突然立ち上がりだした。
「お父さん……!」
「待つんだ、ハノン」
部屋から出ようとするハノン。追いかけようとするアルフ。
だがハノンと昨日戦った時に、逃げ足の速さは良く知っている。何せこの学院に主席で入学できるような秀才だ。アルフでも追いつくことは難しいだろう。
だから。
「“平方完成”」
扉の前で何かにぶつかったように、突然体をよじらせるハノン。
意味も分からずその先に進もうとしても、見えざる壁に阻まれてそれ以上進む事が出来ない。
勿論俺としても、今は摩訶不思議の世界にハノンを置くつもりは無い。
だからネタ晴らしをする。
「悪いな。ハノン。この結界は人払いが主じゃない。物理的な壁が本来の役割だ」
「壁……!?」
「全ての衝撃を中和する水の性質、全ての衝撃に耐える金の性質を持った陰陽道でな。平方完成の本筋は結界による防御及び捕縛だ」
親父さんの危篤はハノンからあらゆる冷静を失っている。
俺が説明しても、結界を殴りつけて部屋から出ようとする。だが勿論そんな素手で破れる程柔らかくないし、魔術を使われても突破できるほど脆くもない。
「お願い! ここから出して! お父さんの所に行かせて!」
「こういう手合いは相当備えている。親父さんの延命措置だってバレた時の手を打っている可能性が高い……
「だとしても行かない訳には行かない! お父さんはこのままじゃ死んじゃうんだもん!」
「相当親父さんの事を心配しているんだな。そりゃそうだ。そうじゃなきゃ、二年も頑張ってこないよな、普通」
あえて俺は静かな口調でハノンに語り掛ける。
家族がいるっていい事だもんな。
家族が死ぬって哀しい事だもんな。
陰陽道でもお袋がどうにもならないと悟った時、胸にぽっかり穴が開いたのを覚えている。
俺は――家族の大事さを知っている。
「だから、俺も行く。親父さんを助けるハノンを俺が守る」
「…………なんでそこまで? 私昨日あなたを傷つけたんだよ!?」
「今更水臭い事言うなよ。俺達はもうクラスメイトだし、秘密話し合った仲間でいいだろ? 遠慮されたら傷つくぜ」
「……」
ハノンは一瞬言葉に迷ったようだった。俺も正直言ってて恥ずかしいと思った。
だが思いが通じたのか、ハノンは若干冷静を取り戻し、行き先を告げるのだった。
「一ヶ月前、ヴァロン様は父の入院先を変えると言っていた……まずはその場所を聞き出さないと」
「という訳でアルフ。今からヴァロン卿の家に乗り込む」
「俺とエニーも行こう。だが
俺が取り出したのは“人型に切り取った”折り紙だ。
勿論これも陰陽道の媒介で、少し前にアレンに対しても丑の刻参りという陰陽道で使った事はある。
「
俺も初めてなんだよ。
ここまで怒りなんて自由じゃねえ感情を抱かせてくれる奴は。
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