第14話 陰陽師、担任の挨拶を聞く
教室にはギリギリ間に合った。
自分の席を探して座ったところで、ヒューガ先生が壇上に辿り着いたのだった。
これが教師か、と噛み締める間もなかった。
「私が担任のヒューガだ。よろしく。皆、まずはグロリアス魔術学院にようこそ!」
教卓に掌を置いて乗り出して開口一番、ヒューガ先生が生徒の入学を祝った。
「君達が入った学院は、間違いなく世界で一番教育機関としては最高峰の場所だ。そこに入学出来た自分は誇っていい」
拮抗する魔術学院は他にもあるようだが、ひとまず今の所偏差値だけで鑑みればグロリアス魔術学院が一番らしい。
俺も入学してから初めて知った事だ。
しかしヒューガ先生が一度生徒達を称えて上げたかと思えば、現実も織り交ぜた話を始める。
「だがここで君達はゴールにたどり着いた訳じゃない。君達はスタートラインにすら立っていない。この部分はまだ助走の部分だ。これを肝に銘じてくれ」
学院とは、この助走を助け、スタートからの走り方をちょっと教えるくらいに過ぎない。
この学院に入れたから人生は安定する訳ではない。この学院を卒業できたから人生は輝かしくなる訳じゃない。
過去の成功者と呼ばれる部類にグロリアス魔術学院というカテゴリーの比率が多いだけだ。
過去の失敗者には間違いなくグロリアス魔術学院のOBだっている。
入学できたからと努力を怠れば、入学しなければ良かったと後悔する事だろう。
だから常に考えてほしい。
成功者も失敗者も関係ない。
君達がスタートラインに立ってから何になりたいか。
その先へ進むために、何を頑張る必要があるか。
そこまで一通り言った所で、要は、とヒューガ先生が小さく笑って纏めてきた。
「意味がある毎日にして、楽しめ。君達の人生が意義と意味のある豊かなものになるから。どんな道に行けばいいか分からなくなったら、相談しなさい」
アレンに最後に見せた顔と同じだ。
こんな感じで、ヒューガ先生はいくつもの生徒を救ってきたのだろう。
さて、とヒューガ先生が話を変える。
「ちなみに担当科目は歴史だ」
(歴史……?)
いや、この人が魔術や体術を担当するのではないか?
実際先程俺の暴挙を止めた時のヒューガ先生の動きは、あのハノンよりも洗練されていた様な気がしたが……。
他のクラスメイト達もざわつき始めた。確かに魔術学院の選抜クラスともなれば、相当の魔術師が担任に着くことが想像されたからだ。
アルフとエニーも、話が違う、と言わんばかりに眼を見合わせていた。
「ん? 私が歴史では不満かな?」
「い、いえ……」
「というか魔術学院に来ておいて、何故歴史を今更学ばなければならないのか。そう考える人もいるだろう」
いや、多分そこに皆の思考は行っていない。
だがヒューガ先生の言って聞かせる読み語りのような口調は、瞬く間に生徒達の小声を静めて見せた。
「歴史を学ぶことは、君達が未来を生きる上での道標となるからだ。過去を準える授業ではなく、過去の経験から未来を紐解く為の授業だ」
歴史が未来を生きる上での指標……。
俺も思わずヒューガ先生の話に聞き入っていた。
「明日の政治の情勢から、国の盛亡までどうなるのか」
「人間がどうして生まれたのか。人間はこれからどうなるのか」
「魔術がどの様に進化したのか。魔術がどの様に進化するのか」
「文化はどんな轍を踏んできたのか。文化はこれからどんな技術を吸収していくのか」
「主義や価値観の変遷。そしてその未来はどうなるのか」
眼鏡を一度直して、さらに続ける。
「……知識のアップデートを怠らなければ、近い精度で未来を見通す事が出来る。知っておいた方が、良い魔術師になれると思わんかね? あるいは領主になれるとは思わんかね?」
確かにここまで言われると、ヒューガ先生が歴史の授業をしてくれた方が良い様な気がする。
「魔術や体術の授業は、ちゃんとその道のエキスパートが手厚く君達に授業をしてくれるさ。気にする事じゃない」
ああ、そこの違和感にも気付いていたのか。
だがヒューガ先生、少なくとも体術は十分エキスパートではないですか?
と聞こうとしたところで、まるでそう言われるのが分かっていた様にヒューガ先生がフォローを入れる。
「これでも今45歳でね。その上こんな線の細い人間が実践もある魔術や体術とか、君達も不安だろう? 最近四十肩も酷ければ、骨密度も低いと診断されてね。君たち若い体が羨ましくて仕方ない」
肩や腰を擦るヒューガ先生に、教室中からどっと笑いが込み上げた。
「若さには無限の可能性がある。そんな言葉を後悔しながら振りかざさない様に、毎日を全力で生きる事を勧める。青春なんて、本当に一瞬だから」
ホームルームが終わり、出席簿をトントンと教卓に叩いて整えるヒューガ先生に謝る。
「ヒューガ先生。先程はすみませんでした。止めていただきありがとうございました」
この人がアレンへ放とうとした拳を止めてくれなければ、俺は早速憧れの学校生活を手放す結果になっていただろう。
感謝も込めての、謝罪だ。
「……過去の偉人にも、その場の感情に流された結果全てが台無しになった者もいる」
それは前世でも、この世でも変わらない常の様だ。
「だが権力に立ち向かう心を持っている。反骨心は立派な長所だ」
励ます様に肩を叩かれた。
その手は細いけど、重かった。
心の芯を揺さぶり起こしてくれる感覚があった。
「特に領主になってからはこういう場面の方が多い。後はそれを律する理性だな、それをこの学院で鍛えよう」
あれ?
俺あの人に領主になろうとしてるって言ってたっけ?
と考えている間にヒューガ先生が職員室に戻ったので、早速次の授業の準備に取り掛かる。
この後の授業は“魔術Ⅰ”。
とはいってもいきなり授業に入る訳ではなく、自己紹介を兼ねた魔術の見せあいをするらしい。
「つまり魔術の実践って事か、ちょっとまずい事になったな……」
「どうした?」
俺が悩んでいると、アルフに声をかけられる。
「魔術の実践なら君の専売特許だろう。的を破壊した歴史上初めての男なのだから」
「いや、それは陰陽道でやった事ね。魔術の授業で陰陽道使っちゃ意味がないだろう?」
アルフがここで俺が過去に言った事を反芻する。
「君、そういえば魔術はからっきしと言っていたな……」
「あれは嘘じゃない。俺、魔術が殆ど使えないんだよな」
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