第12話 陰陽師、入学式にて一目惚れする

 入学式当日は、残念なことに曇り空だった。

 せめてこんな晴れ晴れしい日くらいは快晴にしてくれ、と天候操作の陰陽道を放ちたくもなった。

 無用な天候操作は、後々異常気象を生み出す事もあるので控えたが。

 

「やあツルキ、改めて合格おめでとう」


 入学式は自由座席で、とりあえず空いている所に座っていた。

 暫くして俺の横に座ったのは、最早目新しくもない殿下のアルフだった。

 

「聞いたよ? 的を完全破壊しての完全合格ってね」


「おかげで不正を疑われまさかの身体検査だ」


「いい経験じゃないか。入学試験で検査をされて特待生合格するなんて、君くらいしかいないだろう」


「流石殿下。ポジティブシンキングはお手の物だな。ところで……」


 俺はそこで、アルフの更にもう一つ隣を覗く。

 アルフと一緒にもう一人、女子が座ってきていたのだ。

 年相応より幼く見える。椅子から伸びた足が地面につかないくらいの短背矮躯に、庇護欲を掻き立てる幼顔。

 だが黒髪の下に掛けた丸眼鏡が彼女を知的に見せている。だがそれを中和するような可憐な笑顔がとてもよく似合う。

 

「エニー=ノットと申します。アルフ様の従者をしております。ツルキさんと同じAクラスです」


「ああ、俺はツルキだ。趣味は紙飛行機を投げる事、よろし……ん? 従者?」


 少しだけ苦い顔をしていたアルフと、腰の低いエニーを交互に見て改めて尋ねる。

 

「従者ってつまり、身の回りの世話をする人って事か? 掃除とか? メイド!?」


「はい、そうなります」


「殿下ともなると、こんな可愛い子がいつもメイドしてくれるのか……」


 思わず可愛いと言ってしまったせいで、エニーが不意打ちを喰らったように目を逸らす。

 少し反応に困っていたアルフが、ようやく口を開けて補足する。


「王家のしきたりっていうか宿命でさ。必ず従者とセットで通学しないといけなくてね」


「羨ましいといえば羨ましいが、王家も自由じゃねえな」


「まあ従者なんて目で見ずに、一人のクラスメイトとして接してくれ」


「勿論だ、よろしくな。エニー」


 その後、式場で座っていく面々が増えていく中で俺はアルフとエニーに昨日起きたことを離した。

 突然襲撃にあった事。その犯人がこの学院の生徒であった事。

 更にAクラスの女子生徒であった事(背の違いからエニーでない事も付け加えて)。

 どうやら後ろで糸を引いているのが、十中八九アレンである事。


「僕もアレンで間違いないと思う。奴は今回君が合格したことによって、定員を割ってしまった結果Bクラスへ移動になったからな」


「でも許されない事です。逆恨みですよそんなの……」


「その女子には心当たりがある」


「本当か、アルフ」


 だがそこで式場は暗くなり、ステージの上に魔術による光が当たった。

 遂に入学式開始の時間。新入生は皆それを察知し、談笑の声も一気に静まった。

 司会の教師が舞台の上に立ち、新入生達の拍手を浴びながら入学式の説明を行う。

 

『――それでは最初に、新入生代表より挨拶をしていただきます。第一次試験主席合格“ハノン=ローレライ”』


「はい」


 ハノン=ローレライという少女が、壇上に上がる。

 正直、天使と見紛うような美貌だった。

 背中までまっすぐ伸びた細い、深海よりも澄んだ藍色のポニーテール。

 制服を纏った華奢な肢体は、移動の挙動だけで充分にしなやかに洗練されている事が分かる。

 スカートから伸びた二本の線は、黒タイツに包まれているおかげで逆に俺の感情を逆なでにしてくる。

 そんな完璧な体の上に載っている顔も、とんだ美貌だ。魔性さえ感じる。

 

『ご紹介に預かりました、ハノン=ローレライです。この度は皆様と共に、輝かしきグロリアス魔術学院に入学できたことを大変喜ばしく思います』


 だがどこか疲れ切った表情で、元気がない。

 どこか追い詰められているが、頑張って隠している様な顔だ。

 

「彼女だ」


「えっ、何が?」


「君を昨日襲った女子で、心当たりがあるといったろ?」


 アルフの言う通り、多分俺を昨日襲ったのはハノンだ。

 昨日の彼女の動きを覚えている。階段を上る姿からしても、体運びが昨日の犯人と酷似している。

 何より機能微かに見えた藍色の髪。アルフの助言が無くとも分かる事だった。

 

「しかしローレライ家は伝統ある騎士の一族だ。ハノンも実力者だけでなく、人格者としても注目されていた筈だ……何故そんなことを」


「昨日の感じ、人格者だよ。闇討ちは主義に反するって感じだった」


 真面目な人格者程、悪人は手玉に取りやすいものだ。

 そして人格者が不正を強制される時程、迷いは生じやすい。

 スピーチの最中も、どこか心ここにあらずと言った感じだ。

 

『最後になりますが、在校生と教師の皆様、3年間ご鞭撻のほ……ど……』


 一瞬目に見えてたどたどしくなり、聴衆からもざわつきがあった。

 この時、実は俺とハノンで目が合っていたのだ。

 その瞬間、ハノンの挙動がおかしくなった。


「今彼女は君を見て慌てたように見える。確定だね」


 アルフもそれを見て取れたらしく、昨日の襲撃犯だと確信している様だった。

 確かに無理矢理俺から目を逸らしている様に必死だ。何というか不器用だな。

 しかしそのせいでスピーチも内容も飛んでしまったようで、酷く言葉に詰まり始めた。

 

 そうやって頬を赤らめて、焦る姿が何故かずっと見ていたくて――。


 

「ツルキ。君まさか、ハノンに一目惚れしていないかい?」



 ガツン、と後ろからハンマーで殴られた様な感覚だった。

 どこか悪戯めいたアルフから言われた内容を、俺は全力で否定する。


「えっ、いやそんな事ない。平常心平静平穏そのものオールグリーンだぞ俺は」


「本当、真っ赤っ赤ですよ、完全に惚の字の顔ですよ、ツルキさん」


「まああの子は確かに清楚そのもので可愛いとは思うが、それと一目惚れは多分違うんじゃないか」


 畜生、二人して物凄い疑惑と興味の眼で見てきやがる。

 アルフは若干いじめっ子的精神が入っているように見えるが、エニーは何か切ないラブストーリーでも見ているかのようにピュアな目で見てきやがる。

 だが確かに俺の眼は、逃げるように去っていくハノンを確実に追っていた。


 確かに今俺は、心中穏やかじゃない。

 やばいな、これが恋心って奴か。

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