第11話 陰陽師、襲撃者に出くわす

「……入学式、明日か」


 俺は宿で荷物を整理しながら思わずつぶやいていた。

 任意で事前に泊まる事も出来るが、入学式以降はグロリアス魔術学院の寮に泊まる事になる。

 勿論教科書類も、親父から返事としてもらった入学のお祝いの手紙も忘れない。


 入学したら何をしよう。

 まずはひたすら勉強したい。ノートが一杯になるまで勉強してみたい。

 良い領主になる為には? ヴァロンみたいな奴と戦えるための法律知識は? 地方をよくする為のあらゆる技術知識は?


 そして、魔術をちゃんと勉強してみたい。

 陰陽道ではなく、魔術だ。

 その辺アルフ教えてくれないかな? 基礎中の基礎はグロリアス魔術学院ではやらない気がする。

 

「……恋愛してみてえな」


 準備が終わってベッドに寝転がった俺は、思わず口にしてしまった。

 価値観まで13歳に逆戻りか俺は。

 だが、前世の俺は恋愛も愛情も全てが縁遠かった。

 陰陽師は人工授精で産まれる、ただの作品だったから。

 誰かに猛烈に恋して、自分を犠牲にしてでも愛してみたい。

 出来る事なら、そのまま結婚して一緒にアンフェロピリオン地方を盛り上げてほしい。

 

(遊奈……)


 正直自分が創った命で、自分で自分を慰めているに過ぎないけれど。

 しかし独立した一つの心が、俺にいつも寄り添ってくれた事があった。

 狐の耳を生やした物憂げな顔を思い浮かべながら、俺は眠りに――

 

「うおっ!?」

 

 しかしそんな自分の思考を罰するかのように、トントン、というノック音が聞こえた。

 正直居留守を使いたいくらいに眠かったが、そこはマナーとしてドアを開ける。

 

「…………えぇ」


 思わず声が出た。

 ドアの先で待っていたのは、多分少女だった。

 だって今俺が持っている制服の、女性版を持っているのだから。

 若緑色のブレザーに、チェックのスカート。タイツで包まれた細い脚。

 胸の膨らみから見ても、そそる体つきから見ても間違いない。


 だがそれよりも目が向いたのは、顔を覆い隠す“狐面”だった。

 物凄いコメントに困っていると、狐面の下から声があった。

 

「ツルキ、だな」


「はい。そうですが、どちら様でしょう?」


「グロリアス魔術学院への入学を辞退しろ」


「なんで?」


「さもないと、地獄を見る事になる」


 腰から細い剣を抜く。

 室内だから振り回せないんじゃないか? と思っていたが、準備の身のこなしが心得ている。

 狭さを弁えた上で、十全な剣閃を振るってきそうだ。

 しかし勿論入学を辞退するかどうかと言われれば、答えは決まっている。

 

「当然ノーだ。帰ってくれ」


「ならばイエスというまで、地獄に晒すだけっ!」


 ピュン、と弾丸の様に細剣切っ先が俺目掛けて放たれた。

 狭い室内だ。横には避けられない。

 だが“易占”によって突きの軌道は見えていたので、上半身を逸らす事で回避する。


 そのまま後退り、窓ガラスを開ける。

 

「へい。何だか知らないが落ち着こうぜ」


「……!」


 呼びかけても無駄な返事はない。

 再び距離を詰める未来が見えていたので、そのまま窓ガラスから飛び降りる――のではなく浮遊する。

 路地裏で人もいないので、存分に陰陽道が使える。

 このまま空を飛んで逃げよう。

 とりあえずこれで諦めてくれるかな。

 置き去りにした部屋を見ながら易占で未来を占う。


 だが、未来予知の結果に思わず笑っちまった。

 

「忍者か何かかよあの子……」


 トントントントン! と。

 狐面の少女が、宿の壁と向かいの壁を交互に蹴る事で登ってきている。

 華奢で身軽ってのもあるが、普通じゃないな。

 

 しかし浮遊する俺に驚かず適正な対処をしていると見える。

 という事は、俺の浮遊や未来予知を知っている人間から情報を渡されているな。


「ははぁ。何となく黒幕ってのが見えてきたぞ」


 屋上の上を取った時には、狐面の少女も屋上まで昇っていた。

 見上げる少女に、俺が尋ねる。

 

「お前アレンの指示で動いているんだろ?」


「いっ、な、何故分かった!?」


「いや図星とはいえ普通喋るかよ……」


「……ごめんなさいだけど。あなたには何としても入学を取り消してもらう!」


 細剣に眩い閃光を走らせた。魔法剣なのは間違いない。

 その魔法剣を大振りすると、途端に虹色の真空波を飛ばしてくる。

 魔法剣ってそんな使い方も出来るのかよ。


 三次元に動いてかわしても、何度でも飛ばしてくる。

 恐らく色んな属性を混ぜ合わせた、超高度な魔術なのだろう。

 勿論当たれば即真っ二つの凶悪な凶器だ。こいつは相当の実力者だ。

 

「さっきから魔術も体術もアレンなんて目じゃないくらいに強いじゃないか。何が悲しくてあんな奴の言う事を聞いている!?」


「……」


「仕掛けておいて黙秘権発動かよ」


 だが何だ、この違和感。

 確かに一つ一つの攻撃は凄まじいが、まったく俺に当てようという気配がない。

 俺の易占えきせんによる未来予知を考慮した動きじゃない。

 

「早く……入学を取り消して」


「事情は分からねえが。俺も折角手に入れた学院生活だ。はいそうですかと同意すると思うか?」


「お願いだから、私に倒される前に早く!」


 狐面のせいで顔は見えないがこの子、さっきから迷いばかりだ。

 俺が全部避けるだろうと見透かした上で、無駄な攻撃を放っているようにも見える。

 更に言えば、意志に反して無理矢理戦っているように見える。


「さては、こんな事あんたもやりたくないんだろ?」


 俺はあえて地面に降り立ち、彼女の魔法剣による飛来斬撃をかわす。

 かわしながら一歩ずつ狐面の少女との距離を縮めていく。

 斬撃の軌道は全て易占えきせんによって予測出来ている。決まったタイミングでそこに体を動かすだけの簡単な作業だ。

 俺がのらりくらりとかわして距離が近づくにつれ、狐面の少女も追い詰められたような声を出し始める。

 

「そんな……」


「お面を被っていれば嫌な顔しててもバレないと思ったか? 残念だが、そういうのは態度に出るもんなんだよ」


「そんなことは無い! 私は私の意志で剣を握っている!」


「口では嫌がっても、体は正直じゃねえか」


「……!?」


「剣を握る手が震えている。おかげで動きがカチコチだ。“易占”すら使う必要なく読めんぞ」


「……う、うわあああああ!」


 悲鳴にも似たような雄叫びから繰り出された斬撃。

 あえて俺は紙一重で掠るように避けた。結果、斬られた左肩からは出血が始まる。

 しかし浅い。しかも何故か、当たる直前で魔法剣が解かれていた。

 この程度なら痛覚など無いに等しい。


「あ、あああ……」


「痛いな。だがあんたの方がよっぽど痛く見えるぜ。さては傷つける覚悟もなくここに来たな?」


 狐面の少女を襲っていた震えが更に広がる。

 俺にダメージを与えて、有利になった筈なのに。


 実際、さっきの剣の扱いからして彼女が素人な訳じゃない。

 寧ろアレンよりも、下手すればアルフよりも魔術剣術共に実力者だ。

 万全な状態だったら俺もこんな余裕ぶっている暇はないかもしれない。

 

「戦い慣れしてるが、こういう闇討ちは趣味じゃねえんだろ。騎士の出か? さぞかし高潔な事だ」


「……」


「もしかしたら俺と同じ今年の入学生じゃないか? 更に言えば俺と同じAクラスだ」


「……な、何故……いや、そんなことは無い」


「あっはっは……あんた、本当に嘘をつくのが苦手なんだな」


 どうやらこの狐面、悪い子じゃないらしい。

 正直で、誰かを不当に傷つける事が嫌で仕方ない魔法剣の達人だ。

 更に言えばグロリアス魔術学院の今回の入学生で、俺と同じAクラスの少女だ。


「よっこらせっと」


「た、戦いの最中に何をしている!?」


 俺はその場に座り込んだ。


「まあ座れよ。あんたと話がしたい」


「話……?」


「折角だし腰を落ち着かせて話してみようぜ。明日からは同じ釜の飯を食うクラスメイトだろ?」


 狐面の少女は警戒をして座らない。

 しかしアドリブも苦手なのだろう。剣を振るうでもなく、中途半端に立っているだけだ。

 

「まずは自己紹介だ。俺はツルキ。アンフェロピリオン地方領主シンタの息子だ。趣味は紙飛行機を飛ばす事だ」


「……!?」


「ほれ、次はあんただよ。意味深な狐面を取って、名前を教えてくれよ」


「ふ、ふざけるな!」


 一喝すると狐面の少女が俺の首筋に刃を当てる。

 だが俺は特に何も反応しない。する必要もない。

 カタカタと震えるこの刃に感じる事は何もない。

 さっきから一切の殺気も生まれず、罪悪感に塗れたような不安定な剣に警戒する事は何もない。

 

「入学を取り消せ! さもないと……!」


「俺の首が飛ぶってか? やめてくれよ、そんな事されたらあんたの名前も話も聞けないじゃねえかよ」


「私の、話……!?」


「そうだ、俺はあんたの話が聞きたい」


「……」


「話してみろよ。あんたが何者で、あんたがアレンに何を付けこまれているのか。そしてこんな不快な足枷から、自分を離してやれよ!」


 だってこんなの、自由じゃねえ。

 誰からも賞賛を受けず、後味の悪い辻褄合わせをさせられ、そのために自分が傷つく。

 まるで前世の誰かさんの様だ。

 俺を襲ってきた奴であろうと、クラスメイトである以上見過ごす事が出来なかった。

 

「入学を取り消させる事なら諦めろ。こちとらずっと待ち望んできた事なんだ。死んだって梃子でも頷かねえぜ」


「……う、うう」


 刃が引いた。

 同時に狐面の少女も後退る。

 彼女の戦意の一切が砕けたようだった。

 

「肩の傷……ごめんなさい」


「いや待て、どこに行くんだ!?」


 追いかけようとしたが、その前に狐面の少女は屋上から飛び降りていた。

 勿論自殺を図ったという事ではなく、下を覗くと既に彼方まで走り去っていった。逃げ足速いな。

 俺は速く走る事が苦手だ。追い付くことは出来ないと諦めた。

 

「……」


 アンフェロピリオン地方と違い、この王都ユグドラシルは夜闇に包まれても構わず光を垂れ流す。

 だが眩しければ眩しい世界である程、影も濃くなって広がっていく。

 妖怪も、人間も穢れた部分もその影を温床に育ってしまう。

 

 結局名前を聞けなかったが、狐面の少女も人間の闇に囚われている。

 そんな一人の少女の悲鳴など関係なく、今日も世界は回る。

 これじゃ前世と同じだ。

 

「ったく、いつの世も自由じゃねえな」


 平穏なだけの世界は、どこに行ってもあり得ない。

 自由に生きたければ、それだけの障害を乗り越えろという事か。

 上等だ。前世で、あれだけ陰陽師として我慢したんだ。


 艱難辛苦の修羅場はお手の物だ。

 今度は俺の為に生きて、色んな人の笑顔を見てやる。

 あの狐面を剥がして、お前の笑顔を見てやる。

 

「待ってろよ、キャンパスライフ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る