第10話 陰陽師、入学試験に合格する

「的は予備を用意すれば問題ないでしょう」


 静まり返った場内で、一人だけ拍手をしていた。


「合否判定は採点できなくとも、火を見るより明らかでしょう」


 痩せぎすの中年だった。オールバックにまとめた髪と、細い眼鏡が特徴だった。

 他の教師がスーツなのに対し、黒のロングコートが印象に残りやすい。

 採点係の教師がいやいや、とそれに対抗する。

 

「ですが、今のは明らかに何かがおかしいです! あの的を壊せるなんて、理論的にあり得ません!」


「ありえないという事はないでしょう。この学院の生徒がこぞって攻撃すれば、多分こうなると思いますよ?」


「ですが、そんな事を一人でやってのけるなんて……裏がある可能性があります」


「まあそこは検査で良いと思いますが……私の見立てでは、何も出ないと思いますよ」


 中年教師は俺の所まで来ると、一礼して依頼をしてくる。

 

「すまないが、検査に協力してもらっていいかな。あまりに君の魔術が凄まじすぎて、私達も理解が追い付いていない状況なんだ」


「それは構いません」


 それで疑いが晴れ、合格が出来るなら容易いものだ。

 それにこの中年教師の目は疑いの眼ではなく、俺の無罪を証明しようとする優しい眼をしていたから安心が出来た。


 その後魔力検査や持ち物検査を一通り受けて、結局何も不正をしていない事が証明された。

 検査終了後に呼び出された部屋で待っていたのは、俺を信じてくれた中年教師だった。

 

「お疲れさま。折角素晴らしい魔術を見せてくれたのに、不躾な対応をしてしまってすまない」


「いいえ。ただ的を壊してしまったので、あの後の受験生に差し支えがなければいいのですが」


「予備があるから問題は無いよ。先程全員無事に終わったと連絡を受けた」


 テーブルの上には、書類一式が置かれていた。

 これってつまり……。

 

「おめでとう。ツルキ=アンフェロピリオン君。本校は君の入学を正式に認める事に致しました」


「そうですか……! ありがとうございます!」


 良かった! 受かった!

 正直嬉しくて、教師の前にもかかわらず深くしゃがみ込んで歓喜してしまった。

 

「あれだけの成果を出しているのに、自分の合格を確信していなかったのかい?」


「勝負に絶対はないですから」


「最後まで油断しないか。謙虚な子だ」


 おっと、と中年教師は何かいけない事をした様な声を漏らす。

 

「自己紹介が遅れたね。私はヒューガ。恐らく君が在籍するであろう来年度Aクラスの担任だ」


「俺がAクラス!?」


 Aクラスって確か、入試成績が最も良い20人が在籍するクラスだよな。

 

「先程会議があってね。一次試験の敗者復活戦的な立ち位置でもある二次試験ではAクラスに所属する事はないのだが、君は特例で入れる事にした」


「……でも、金持ちしか入れないとも聞いた事があって」


「言っておくが我が校では、家柄で贔屓しない。王子だろうと一般市民だろうと、分け隔てなくの実力主義だ」


 嘘は言っていない。本当のことを言っている。

 若干強い口調のヒューガ先生の言う事は、初対面でも芯まで信じられるものだった。


「何はともあれ。まずはこの教科書類を持ち帰って、しっかり喜びをかみしめて入学までに準備をしてくれよ」


「ありがとうございます。ヒューガ先生」


 教科書等資料がたくさん入った袋(かなり重い)を持つ前に、ヒューガから手を差し伸べられた。

 俺をその手を取り、強く握手するのだった。

 

「三年間、一緒に頑張っていこう。ツルキ君」


「はい、よろしくお願いいたします」


 この時、ほんの僅かに自分がグロリアス魔術学院の生徒になったんだという実感が生まれた。

 その実感は帰路を一歩ずつなぞる度に、どんどん膨らんでいった。

 

 

 

           ■         ■



 ――一方その頃。

           

「あの野郎……っ!」


 アレンは、苦々しい表情で家の壁を叩く。

 Aクラスの在籍人数は元々20人いたのだ。そこにツルキが入った事によって一人溢れてしまい、Bクラスへ所属することになった生徒が一人いた。

 今こうして怒り心頭になっているアレンだ。

 ギリギリで折角滑り込んだAクラスの栄光が、無かったことにされてしまったのだ。


「この俺が……Bクラス……だと!? 嘘だあああああああああ!」


 息を荒げながらも、部屋の前に立っていたヴァロンが髭を擦りながらアドバイスをする。

 

「アレンよ。ならば入学を取り消してもらえばよい」


「入学を取り消す……?」


「そうだ。あの鬱陶しい地方当主の倅が、恐怖に怯えて入学を取り消してもらえばいいのだ。さもなくば、死んでもらうのもありだな」


「父上……何をお考えで」


「お前には一人、有能な駒がいるだろう」


「……“ハノン”か」


 アレンはすぐさま行動する。

 辿り着いたのはグロリアス魔術学院の寮だ。

 しかしハノンがいる女子寮に直接入るのではなく、彼女のいる部屋に小石を投げて呼び出す。

 

 出てきた少女――ハノンは自分と同い年であり、しかも本来であれば自分も所属する筈だったグロリアス魔術学院初年度Aクラスに席がある少女だ。

 藍色のきめ細やかな髪が一本に結われており、切りそろえられた前髪の下には、13歳としては完成された月も恥じらう美貌があった。

 しかし折角の可憐な顔も、どこか暗い怯えた表情でくすんでいた。

 

「アレン様……何をさせる気ですか」


「一人、ボコボコにして欲しい奴がいるんだ」


 ツルキの名前と、人相が分かる絵と、現在の宿泊先を示す地図を渡す。


「殺す必要まではない。再起不能にして、単純に入学を取り消せと脅せばいいんだ」


「……そんな卑怯な事、駄目です」


 しかしそれ以上の口答えは、アレンの不躾な手が顔を掴んだことによって塞がれてしまった。

 

「お前がなんで俺に口をきいてんの? お前は俺の奴隷だぞ」


「うっ……」


「大体、俺や父上に歯向かったらどうなるか分かってるよな? お前の父親、俺達の手中にあるのは説明するまでも無いでしょ?」


「……分かりました」


 残念そうに、心を殺して俯くハノン。

 

「大丈夫だ。お前なら出来る。何せ第一次試験では、お前がトップの成績を叩きだしたんだからな」


「……」


「頼んだぜ、“主席合格”」


 ここにも自由を奪われた少女が、哀しい事に一人いた。

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