第9話 陰陽師、入学試験を受ける


 手続きを終え、俺は宿屋に帰るなり入試要項を確認していた。

 どうやらグロリアス魔術学院の第二次入試は基本一芸特化の様で、実技一本勝負のようだ。

 しかも毎年お題が違う為、前年度からの対策を取ることは出来ない。

 今年は魔術特化の課題試験の様だ。だが一つ問題があった。

 

「うーん、これは面妖な」


 と俺が呟いたのは、そのお題の条件について、だ。


『道具を使ってはいけない』


 つまり、魔力増復路の役割を果たす杖も使えず、魔法剣の基となる剣も使えないという事だ。

 魔術はそもそも媒介いらずで、魔力を自在に操って現象を再現させるものである。

 だからこそ、一切の道具を使わず自分自身の力というものを見せて見よ。基礎がなっているかを示せ。というのが学院からの意図なのだろう。

 

 ……つまり、媒介となる折り紙が使えないのだ。

 しかも今年の課題は“的当て”。

 未来予知である“易占”も使えなければ、“丑の刻参り”みたいにこっそり敵を倒す術も意味がない。

 攻撃魔術である必要がある。


 攻撃魔術となると、やはり折り紙が欲しい。

 媒介無しの陰陽道も可能だが、威力が弱まって万が一、という事もある。

 確実な手段で行きたい。

 

「まあこうなったら、“九字”しかないわな」

 

 とはいえあまり絶望視するほどの話じゃないし、代替え手段はあるので、当日遅刻しない様にスケジュールだけ叩き込んでその日は寝た。

 陰陽師の前世では、折り紙が使えない瞬間の方が実は多かったくらいだ。


 

 5日後、入学試験の日がやってきた。

 他の受験生たちも千差万別の思いが込めてここに来ている。

 育ちの良さそうな人、地方から成り上がりを望む人、最初から受かる訳がないとあきらめている人、腕に絶対の自信がある人。本当に色んな同い年がいるな。

 教員たちに案内されて辿り着いたのは、魔法陣が浮かび上がった黒い的が配置された演習場だった。

 

 強力な魔術が付与されている事を示す魔法陣。

 実際、見ただけで相当高度な防御力が付与されていると分かる。

 

「今から皆さんにはあの的に向かって、持ち前の魔術を放っていただきます」


 流石に教師が説明している間はシンと鎮まり返っているが、大体心中穏やかじゃないだろう。

 俺もそうだ。前世で妖怪相手する時なんかより緊張している。

 掌に汗が溜まって仕方ない。

 こういう一回勝負の入試って、前世から通算で初めてだから。

 

「うおおおおおお!」


 最初の受験生が魔術を放つ。

 水属性の魔術だ。少し小さめな気がするし、威力もそこまで無い気がするが、きっと杖がないからだろう。

 この前のアレンの時も思ったが、陰陽道よりも威力が控えめに見えるのは皆まだ来年で14歳だからだろう。

 ……だがもっと年下の陰陽師達の方が恐ろしい陰陽道放ってたが。

 

「はい、記録は34点」


「えっ……」


 受験生の心が折れる音が聞こえた。

 あの魔法陣は魔術に対する採点機能も備えているのか。

 100点満点中で、合格点は95点。もうここで合否が決まってしまうのだ。

 

「28点」


「45点」


「2点」


「89点」


 今89点と呼ばれた受験生だけ、別室に連れていかれた。

 どうやら吟味の必要がありという事で、まだチャンスがあるのだろう。95点下回ったら即不合格――という事ではないらしい。

 しかし大体が50点を下回っている。70点超えるのは稀だ。90点超えがまだいない。

 別室に連れていかれたのは、まだ3人とか4人だぞ? 今日受験生1000人いるんだぞ?

 俺の出番は958番目……その間全ての試験を見させてもらったが、今年は相当厳しいんじゃないか?

 

「ツルキ=アンフェロピリオンさん」


「はい」


 とうとう俺の出番が来た。長かったが、皆の魔術を見させてもらってたから暇じゃなかった。

 俺は魔術を放つことが出来ないから、誰も彼も尊敬する人だらけだ。

 だから俺は俺のメリットで戦う。陰陽道はもう隠さない。

 それを気付かせてくれたアルフとの約束も果たすために。

 

「行きます」


 そう採点係の教師に宣言すると、俺は目の前で横線五本、縦線四本を引いた。

 霊力を指先に備えているので、筆の様に線が引かれる。

 これが九字だ。

 

 折り紙の代わりに、霊力を備えた指を媒介にする技だ。

 これで出来る術は限られている。

 アレン戦の時使おうか悩んでいた“剣印の法”。

 そして今から発動しようとしている“破邪の法”。

 もしくは、とある一つの奥の手くらいだ。

 

「破邪の法……発動」


 本当は『臨・兵・闘・者・皆・陣・列・在・前』を唱える必要があるが、詠唱破棄で以下省略。

 俺の前に具現化した四縦五横の格子。計20もの交点にて、霊力の充填が行われる。

 やはり陰陽道は未知なのか、教師達も困惑した声を出しているようだが聞こえない。

 もう格子の交点に集まった20の霊力が掠れる音で、俺の耳は一杯だ。

 

「斉射」


 鼓膜を破かん轟音。視力を奪い去ってしまいそうな輝き。

 20もの霊力が、ただ対象を消滅させるための光線となって突き進んだからだ。

 邪なる者を、容赦なく破る為の攻撃陰陽道。

 いつもの癖で格子から伝わる感触で、目前の存在がいなくなったことを確認してから破邪の法を解いた。

 

 結果、的どころか後ろの壁までもう少しで消滅させそうな勢いだった。

 久々で加減が効かなかった。危なかった……。

 

「ってって……あ、……へ? い、今の何……? 的は……」


 思考が追い付かないという顔が何個もあった。

 先程まで冷酷に点数を告げていただけの採点係も、ぽかんとしたまま固まってしまっていた。

 

「えっと、点数は?」


「いや、的が消滅したので……測定不能です」


「えっ、測定不能!? まずい!」


 魔法陣も一緒に消えたから、採点が出来ないのか。

 的が残るくらいの威力に抑えるべきだった。

 いやそもそも、この後41人もの受験生がいるのだから的を残していなきゃダメだろう。

 何やってんだ俺……。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る