第8話 陰陽師、道中で魔物を倒す

 アルフが用意した馬車に乗って、既に半日が経過した。

 流石王家御用達の馬車。ヴァロン卿が乗っていった馬車よりも乗り心地がよいのは間違いないだろう。

 尚、馬車の中に兵士はいなかったので聞いてみた。


「お前仮にも殿下だろ? 途中で襲われたらどうするんだ?」


「大丈夫だ。ここには世界で一番強い護衛がいる」


「ああ成程。騎手さんが実は世界最強って事ね」


 えぇっ!? と騎手の爺さんがオーバーリアクション。しかし佇まいから、確かにただの騎手の様だ。


「一応ツルキが護衛と建前上なっている。という訳で途中暴漢や魔物が出てきたらよろしく」


「いやいや。もっとすごい魔術師だっているだろ? 俺は世界最強なんて称号、かたっ苦しいからいらねえぞ」


 世界で最強の陰陽師になったが、魔王を倒しても良い経験がなかったからな。

 最強の椅子取りゲームは、勝手に知らない所でやっててくれ。


「うわあ!」


 半日の間、何もすることが無かったので会話や仮眠を繰り返していたが、そこで騎手の悲鳴があった。

 林道の先から、魔物らしき巨大な影がこっちに向かって走ってくる。

 木を玩具の様に簡単に吹き飛ばして、突進してくる。

 ……ってよく見たら昨日のイノシシじゃないか。


「いや、昨日の魔物とは細部が違う。別個体だろう」


「昨日のイノシシの身内って所か。魔物は1匹見たら100匹いるもんだって教えられたっけ」


「そんな世界は流石に僕は嫌だなぁ」


 妖怪は大体そんな感じなんだけどな。

 まあ平和な世界の方がいいよな、と俺とアルフは笑いあった。

 

「お二人とものんきに笑ってる場合じゃないですよ!」


「うーん。このコースは直撃だな。南無三! 今までありがとうございました。先生の次回作にご期待ください!」


「ひぃぃ!? 進路を変えます!」


「いや、いい。このまま進んでくれ」


 慌てる騎手にそれだけいいながら、俺は馬車の窓から身を乗り出す。

 右手に紙飛行機を一枚用意して、傍若無人に暴れ狂う巨体を眺める。

 

「昨日も見たが、その紙飛行機が陰陽道の正体か?」


「全部じゃないがそうだな。一部陰陽道には媒介となる物体が必要だ」


 アルフの質問に答えながら、炎の霊力を加えた紙飛行機を投げる。

 陰陽道仕様にコーティングされた紙飛行機は、風にも重力にも縛られずイノシシにぶつかる。

 

「“燎原之火りょうげんのひ”」


 紙飛行機がイノシシに接触した瞬間、巨大な爆発が巻き起こる。

 イノシシの前半分は彼方へ吹き飛び、後ろ半分も灼熱に塗れて灰になっていく。


 良かった。

 今度は広がった火炎が巻き起こす、大規模火災による森林破壊の心配はなさそうだ。

 

「お、お坊ちゃま……あなたは一体」


 開いた口が塞がらないと言った表情で、騎手がこっちを見てくる。

 アルフも陰陽道の事を知っているのにも関わらず、苦笑いを見せていた。

 

「とんでもないな……やはり君の陰陽道は、確実に上級魔術を凌いでいるな」


「一応陰陽師にしてみれば、燎原之火りょうげんのひは基礎中の基礎だ」


「あれより上があると?」


「またそれは機会があれば」


 アルフも唸って黙り込んでしまった。

 騎手は騎手で聞かなかったことにしようと取り繕って、再び馬に鞭を当てる。

 

「一体陰陽道はどういう原理なんだ? 魔術とは違うのか?」


「魔術が魔力を源にするのに対して、陰陽道は霊力を源にする」


「霊力……、なんとなく想像は着くが、人の魂に憑いているものか?」


「ご明察だ。人間の魂にとって筋力みたいなものだな。勿論人間なら皆備わっている」


 灰になっていく魔物の巨大な躯を横切る時に、若干呆れた目線を亡骸に向けるアルフ。

 

「僕もあそこまで出来るというのか」


「あれくらいだったら大体の人間は出来る筈だ。もっとも、それ相応の修練は必要だがな」


「だが折り紙が必要なのだろう?」


「媒介となるものだったら人それぞれだ。陰陽師はこの媒介を“霊符”と呼ぶんだがな。俺の場合は折り紙が霊符だ」


 そう言いながら、俺の袖から紙を沢山ばら撒く。

 紙飛行機の基となる、正方形の折り紙だ。

 陰陽道用語で言うなら、これらが霊符だ。

 

「随分と仕込んでいるんだな……弾数切れも心配無さそうだ」


「いや? これも陰陽道で創り出している」


 木属性陰陽道“八百万やおろずの紙”。

 媒介いらずの術で、霊力から草木を生み出す木属性陰陽道を利用し、自由自在に紙を生み出せるのだ。

 

「これも陰陽道としては当たり前の技術だ」


「……ある程度は覚悟していたつもりだが、何でもありだな」


 生み出した折り紙を見て、すっかり力が抜けてしまったアルフを尻目に馬車は王都“ユグドラシル”へ到着した。



 グロリアス魔術学院へ向かう王都ユグドラシルの道を歩きながら、俺は一つ不思議に思った事があった。

 

「アルフ……一応王太子がいるのに、誰も反応しないのな」


「こんな雑踏の中にアルフレッドが歩いているなんて誰も思わないものさ」


「俺、今からここにアルフレッド殿下がいるぞー! って叫んでいい?」


「やめてくれ。俺も下手に殿下としてヨイショされるのは嫌なんだ」


 勿論冗談だが、結構険しい顔で言われたので今後は使わない事にする。

 

「大体、僕よりも上位の皇位継承権を持っている兄が二人いるからね。僕への注目率は元々低いのさ」


「それは聞いた事がある。だがつまり、王様になれないって事じゃないか」


「王位には興味がない。僕もいずれ王家を出ようと思っていてね。やりたい事もある」


「へえ! どんな事をするんだ?」


「大したことじゃない。ただ玉座で足を組んでいては見えず、救えない世界もあるって事さ」


 そこで俺達はグロリアス魔術学院の前に辿り着く。

 まるで前世のアテネ神殿を思わせるような、壮大な石造りをしている。

 入口の大きさが学校機関のそれではない。何かここで神聖な儀式でもやるのではないかと言わんばかりの大きさだ。

 その後ろに広がる敷地は果てしなく続いていて、先が見えない。

 スケールがまるで違う。

 

「さあ、僕はここまでだ。手続きが完了したら僕が言った宿で暫く過ごしてくれ」


「ああ、何から何まで本当にありがとう」


「礼はこの学院に入学して、陰陽道の一つでも教える事で返してくれ」


「これから王宮か?」


「ああ。ヴァロン卿とアレンの越権行為を父親に報告しなきゃいけなくてね」


「出来る事ならアンフェロピリオン地方に二度と近づけさせるなって言っといて」


「勿論だ。どこの地方でも勝手が出来ない様にしておくよ」


 アルフが去り際に、俺に手を振る。

 

「ではごきげんよう、ツルキ。次は同級生として会おう」


「ああ。絶対合格報告してやる」


 アルフの後ろ姿を見届けたので、俺も手続きを――。


「!?」



 ……流石に長旅で疲れたのか?

 しかし今、アルフの背中にあの男の影を見たのはどうしてだろう。



 葛葉院鶴樹が最後に戦った、妖怪達を率いて人類を滅ぼそうとした魔王――山本五郎左衛門の影が、どうして見えたのだろう。

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