第7話 陰陽師、広い世界に出ていく

 その後、暫くしてアルフを客室に案内する。


「君の話は、僕と父君の胸にとどめておく。異世界転生なんて話を信じる人間もいないと思うが」


「すまない」


「だが君が陰陽道という魔術とは別概念の力を使っている事は、今回の件がなくともいずれ広まった事だと思う」


 人の口に戸は立てられないと言うからな、とは唇に人差し指を置いたアルフの談。


「秘密にしていたのは、それで注目されて生きにくくなるのが面倒くさかったからだ。バレたら仕方ないと思ってるさ」


「陰陽師である君に注目は行くかもしれないが、それで生きにくくなると考えているなら工夫が足りないぞ」


 両肩を竦めるアルフ。

 

「これでも王位継承権第三位なのでね、説得力はあると思っている」


「成程。確かに自由にお忍びをしていらっしゃるな。我が王国の皇子は」


「自分の力をデメリットにしてはいけない。ちゃんとメリットとして活かすべきだ。僕の権力も、君の陰陽道も」


 陰陽道をメリットとして扱う、か。


「それは君の言葉で言うならば『自由じゃねえ』という奴じゃないのか?」


 俺は確かに今の生活にとても満足している。

 満足しているからこそ、外の世界に出る事でそれが壊れてしまうのが怖かったのかもしれない。

 やっとつかんだ人間らしい生活に入り浸って、それ以上の世界に上るのが怖かったのかもしれない。


 ただ紙飛行機を飛ばしているような毎日に、勝手に満足して。

 でも紙飛行機の様に飛ぶ事を恐れていたのかもしれない。

 確かに自由じゃねえな。

 

「なあ、グロリアス魔術学院の願書申し込みはいつまでだ?」


「8ページ目を参照しろ」


 アルフは頷いて微笑み、パンフレットを渡した。

 グロリアス魔術学院のパンフレットには、興味を引くような内容が沢山あった。

 前世で見た大学の様な施設。魔術教育、知識教育の豊富さ。

 魔術師、魔術剣士を養成する機関として戦闘訓練も存在する。

 領主や他の道のスペシャリストになる為のカリキュラムも多数ある。

 全ての土台となる、王国が誕生する前から創立されたという長い歴史。

 

 何よりパンフレットに書かれていた、とてもセンスの良い制服。

 単純に一度袖を通して見たかった。これは前世からの願望だった。

 

 心から行ってみたい。

 沢山学びたい。

 色んな人と話したいと思った。

 このパンフレットを読む前から、ずっと思っていた。


 パンフレットの8ページ目には、願書申し込みの締め切りが一週間後までと記されていた。


「一宿一飯の礼もある。入学試験までは面倒を見よう」


「本当か!?」


「だがそこからはコネ無しの一発勝負だ」


「落ちたらその時はその時だ。この村に戻って親父を助けるだけだ。人間として生きている限り、道は幾らでもあるさ」


「面白い。僕らの前にはドアがある。色んなドアがいつもある、か」


 アルフが面白さを体現しているかのような笑顔をする。


「だとしたら、まず話す相手を間違えているんじゃないか……父君に話は通したのか?」


「これからだ」


「発つとしたら明日、僕が呼んだ馬車と一緒にだ。今日の内に父君に納得してもらうんだな」



 アルフの言う通り、話す順番を間違えた。

 一番に分かってもらわないといけない親父の所にすぐさま行った。

 行って、言った。

 グロリアス魔術学院を受験するという、突然の我儘を。

 

「それがお前の決めた事ならば、やるといい」


 反対されると思ったが、存外快諾してくれた。

 そんな俺の心中を見抜いたかのように、覗くような目で親父は言う。

 

「なんだ、反対されるとでも思ったのか?」


「正直な」


「お前にはこれまで沢山の我慢を強いてきた。今日だってやりたくもない道楽息子の相手をして貰っていたしな」


「あんなの、我慢とも思わないさ」


 だって、人間としての生き方を教えてくれた親父だ。

 これくらいの苦労は、寧ろ楽しいくらいだね。


「お前が陰陽師……だっけか? その生まれ変わりだって聞いた時な。正直そうじゃないかと薄々と思っていた父さんがいたんだ」


「えっ?」


 思わず力が抜けて、変な声を出してしまっていた。

 確かに俺が転生した存在だと知った時、親父の反応は薄かった気はするが。

 そこで親父が出してきた話は、去年病死したお袋の事だった。


「母さん、本当は10年前に死ぬと医者からは宣告されていたんだ。だが、その宣告から10年近く生き延びていた」


 手を組んで、はにかむ親父。


「俺は見た事があるんだ。横たわる母さんに、ツルキが何か祈っている姿を」


 最初は子供が母の無事を祈る為の、純粋な心だと思っていた、と付け加えた。

 確かにあの時、俺は母親に陰陽道を掛けていた。とはいえ、せいぜいまじないレベルの快気の陰陽道だ。

 正直こっそりやっていたつもりだったが、露見していたか。

 

「丁度その頃からだ。母さんがちょくちょく元気になっていたのは」


「……」


「最初はお前の幼気いたいけな思いに母さんが応えただけだと思っていた。でもそれだけで10年も余命より長く生き延びるなんて事もおかしい。あれはお前のおかげだったんだな」


「それは違う。親父」


 俺はそんな親父の考察を、否定した。


「陰陽道は除霊は出来るが、病気を治す事は出来ない。その人の後押しをしてやるだけなんだ」


 俺がお袋にやっていたのは、霊力を分け与えていただけだ。

 陰陽道が人の体へプラスに作用する事なんて非常に限られている。

 霊力を増やして、活力を上げるくらいだ。病気に手を出す事は陰陽道には出来ない。

 陰陽道が得意なのは、手品と破壊だと相場は決まっている。

 

 奇跡は、陰陽道が起こす物じゃない。

 奇跡は、人間が起こす物だ。

 

「だから、お袋が10年長く生き延びたのは、お袋が生きたいと願ったからだ」


「生きたいと願ったのは、お前のその後押しに母さんが勇気づけられたからじゃないか?」


「……」


 言葉が詰まった。

 だって嬉しかったからだ。

 あんな優しいお袋にずっと生きてほしいって祈っていたのは、嘘じゃないからだ。


「あの奇跡は、お前が起こしたんだよ」


「……」


「陰陽道ってのが何かは父さん、良く分からないがお前が思っているよりも良いものだと思うよ」


 親父は腕組をして、大樹の様にどっしりとして俺の不安を平らげる様に言った。


「金の事なら気にするな。俺とて領主だ。息子一人の学費や生活費を何とかできるくらいの貯金はあるさ」


「親父……」


「今度はその奇跡を、みんなへ分け与えてこい。そして今度の人生は自分が楽しんでみろ」


「……俺は必ず帰ってくるよ。その時、いろんな話をする」


「ああ。ここはお前の帰る家だ。いつでも帰っておいで」


 次の日。

 俺は初めて、広い世界に出ていった。

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