第6話 陰陽師、前世を語る

 応接室の前まで辿り着くと、確かに活戦が繰り広げられていた。

 

『ふん! こうなれば儂の力を使って、貴様を地獄へ叩き落してやる!』


 最初に聞こえたのはヴァロン卿の怒鳴り声だった。


『王国に貢献しない怠け者め! 何も我々に協力をしないような国民も領主も、この王国にはいらん!』


『領民たちは精一杯王国に税を納めています。これ以上税を上げるようなら全力で戦いますぞ!』


 小さく笑いながら、アルフが腕組をして俺を見る。

 

「似た者同士だね。親子だからか」


「そうだな、アレンが成長したらヴァロン卿みたいになりそうだな」


「いや、ツルキと父君の事言ったんだけど」


 へっ、て変な声が出てしまった。

 俺ではあんな親父みたいに、侯爵に真正面から楯突けるとは思えないが。

 

「僕が兵士に成りすますのは、貴族の権力を笠に着たヴァロンの様な暴政を止める為さ。ツルキ、少し付き合ってくれ」


「言われなくても」


 応接室を勢いよく開ける。

 親父とヴァロン卿が一斉にこちらを見た。

 当然釘付けになったのは、アルフの方にだが。


「アルフレッド殿下……!?」


「ヴァロン卿。王政では税金の値上げは行っていない筈だ」


 アレンの時と同じように、しどろもどろになるヴァロン卿。

 だが親父も同じく、突然の殿下の登場に狼狽えざるを得なかった。


「な、何故アルフレッド殿下が……こんな所に。ツルキ、これは一体」


「まあ、色々あってね」


「しかしですなアルフレッド殿下、このアンフェロピリオン地方の税金の取り立てが他と比べて低いのは殿下とて……」


「その代わりに質の良い農作物を収めてくれている。それだけで他地方よりも税を納めていると言える」


 ヴァロン卿も抵抗しているが、どちらに分があるかは明らかだ。

 すまし顔を変えないアルフに比べて、不意打ちを喰らったヴァロン卿は困惑したままだ。

 

「ヴァロン。お前の狙いは分かっているぞ。この地方から搾取するだけして、この領土を奪い取ろうとしているな」


「そ、そんな事は……」


「そして都市開発をして権力者たちの目線を集める……か。お前の動きに気付かん王家とでも思ったか」


「くっ」


 俺も口を挟みたくなってしまった。

 都市開発なんて言葉で特に。

 

「何か? ここの人達を追い出して、豊かな自然を伐採して、ヴァロン卿好みの街を作ろうとしていたのか」


「そうだ、証拠も固めてある。だが君の父君が最後の砦だったようでな。礼を言いたい」


 突然殿下に頭を下げられ、とんでもないと腰を低くする親父。

 

「私はこの地方の命と、自然を守る義務があります。私の使命に従ったまでです」


「貴方に領主を任せたのは正しかった。父である国王なら間違いなくそう言うでしょう」


「嬉しき言葉、ありがとうございます」


 良かったな、親父。

 と心で呟きながら、俺の目線は悔しそうに俯き続けるヴァロン卿に向かう。

 

「ヴァロン卿。あなたの子息が、お食事場で村娘に手を出された事、ご存じですか?」


「なんだと?」


「未遂で済まない所まで行きました。アレン様の父親として、どのように思うかお聞かせ願いたい」


「ふ、ふん。そんなのは日常茶飯事だ。下民ならそれくらいの奉仕は当然だ」


「あなた方にとって国民とは、凶弾を防ぐ盾か、自らを癒す情婦か、金と労力を捧げる奴隷を定義するようですね」


 ヴァロン卿が見返してきたが、俺は目線を逸らさない。

 かなり力が入ってるつもりだが、睨み負けない。

 やがてヴァロン卿の目線が逸れたが、それでも凝視し続ける。

 

「あなたは自由を奪い去る者だ。ここから去っていただきたい」


「……覚えてろよ、子供が。父親も地方諸共……!」


「ヴァロン卿」


 アルフの声にびく、とヴァロン卿の体が脈打った。


「あなたと、あなたの息子の蛮行は国王に報告する。爵位剥奪の可能性もあるから覚悟しておけ」


「アルフレッド殿下……」


 苦虫をかみ潰したような顔を見せて、ヴァロン卿は応接室を去った。

 外に行った時には、アレンも載せて馬車が去っていったのだった。

 

「おーい、殿下置いて行ってるぞー」


「いい。あんな髭だけが取り柄の男と相席する趣味はないんでな」


 逃げるように小さくなっていく馬車に眼もくれず、俺とアルフは家に戻った。

 広間に着くなり、王子へのおもてなしの為に急遽集まった村人達と、下座に座る親父の姿があった。

 そりゃあ、一王国の王子が来ている訳だもんな。

 だがアルフは席に座るなり、まずは緊張を解こうと軽い笑顔で話すのだった。


「父君。寝床を用意してくださるとは申し訳ない」


「十分なおもてなしが出来ず、客室一つしか用意できない無礼をお許しください」


「いやいや、こうやって兵士に紛れていると野宿が当たり前で。柔らかいベッドで寝れるだけ幸せです」


 王子が野宿。

 一番有り得ないミスマッチだった。


「アルフ、本当に王室の人間なのか?」


「おいツルキ、口の利き方に気を付けなさい」


「父君。友人として接してくれと言ったのは僕の方です」


 親父の指摘をとり静めると、周りのメイド達を見渡して一つ要求をするアルフ。


「突然で申し訳ないが、父君。村の方々を外して頂けないか? 大事なことについて話したい」


「は、はぁ……」


 親父がメイド達に指示を出すと、頭を下げながら村人達が広間から出ていく。

 広間に残ったのが親父と俺とアルフの三人になったところで、本題に入る。


「父君は、ツルキが先程アレンと決闘し、勝利したのはご存じですか?」


「ええっ、そんな馬鹿な。アレン様はグロリアス魔術学院に入学するほどの腕前。そのアレン様に勝てるような実力は私も持っておりません故」


「成程……上手く隠してきたようだな。ツルキ」


 まだ事実をあまり呑み込めておらず、戦いの顛末も見ていない親父にアルフが補足する。


「彼は先程、未来予知の様な不思議な術を使っておりました。加えて空も飛べるのをこの目ではっきりと目撃しました」


「空を飛ぶ!? いやお待ちください殿下、そのような事……」


 話が進まなさそうだし、今更開き直れる事ではないので実践した。

 少しだけ浮遊して下を見ると、親父が魂を取られた様な顔をしている。


「ツルキ……お前……」


 どちらにしても、他の村の人間も目撃している。親父の耳に入るのも時間の問題だった。


 それにしてもどう誤魔化そう。

 そんな無駄な思考がぐるぐるしていた所で、アルフが爆弾を投げ込んできた。



「単刀直入に聞こう、ツルキ。君は何かの生まれ変わりなんじゃないか?」



「いっ!?」


「それもこことは別の、未知の異世界からやってきたのでは?」


 珈琲吹きそうになった。

 異世界からやって来た……本当に転生してきた俺が言うのもなんだが、一人の人間の推察がそんな所にまで行きつけるものなのか。

 この王子、本気で只者じゃない。

 

「……図星のようだね」


「生まれ変わりって殿下、そんな……」


 そうだ、親父。異世界も転生も常識ではありえない事だと否定してくれ。

 だがそんな否定を、打ち消すようにアルフは首を横に振る。


「あまりにも常識からかけ離れた馬鹿馬鹿しい推論だが、でなくては皆目見当もつかないんだ」


「そんな常識から外れた推論を、何故そこまで押すんだ?」


「アレンを圧倒した常識から外れた、魔術でも語りづらい不可思議現象の数々。しかもそれを君はしっかり使いこなしていた。あれは才能なんて言葉だけでは説明するには不十分だ。となれば、途方もない極論を持ってくるしかないだろう」


 アルフの説明も筋が通っている。

 確かにそれが真実なだけに、常識で否定しづらい。


「それに君は先程、魔術はからっきしと言った。あれが謙遜ではなく、本当にそういう意味なのだとしたら?」


 うわ、しまった。

 俺の先程の失言に触れてきた。やはりアルフの中で引っかかっていたのか。


「つまり君は魔術とは別の、この世界では定義されていない力を自由自在に使えるという事だろう?」


「……そうなのか、ツルキ」


 もう隠しきれないか。

 俺は観念して、返答を待つ親父とアルフを交互に見た。

 

「流石は一国を統べる血を持つだけあって、洞察力が凄まじい」


 俺は、話すことにした。

 陰陽道の存在を、そして俺の前世を出来るだけ最小限に説明することにした。


「確かに俺は……こことは別の世界から転生してきた。奇しくも鶴樹という名前だったがな」


「そうか。やはり異世界転生は実在したのか」


 頷くアルフ。

 親父も先程は常識外だと否定したにもかかわらず、まずは聞こうという姿勢を見せてくる。


「前世では、魔物よりも厄介な妖怪という存在がいてな。そいつらを退治する陰陽師というのが、前世での俺の役割だった」


「陰陽師……?」


「前世では魔術は無かった。だが特殊な訓練をした陰陽師という連中は、陰陽道という魔術もどきを使っていた」


「陰陽道。それが魔術とは別の、この世界では定義されていない力か」


 俺が紙飛行機を取りだして、天井へ投げると砂金に変わって消えていった。

 金の属性を付与した陰陽道。

 テーブルの上に散らばった砂金を手に取って確認する二人。陰陽道が魔術とは別次元の概念である事は理解してもらえたようだ。

 

「妖怪達との戦いの果て、俺は一度死んだ……死んだ後、魂ってのはどうなるか分かるか?」


「いや。死んだ記憶は僕もなくてね」


「輪廻という概念がある。死んだ魂はそこに集まって、記憶や自我を消されて次の時代、世界に進む」


 悪人の魂は地獄で消毒され、善人の魂は天国で昇華される――という過程の説明は面倒だから省く。ここら辺の記憶は俺にもないから、天国へ昇ったのか地獄へ落ちたのか分からないし。


「だが稀に輪廻転生の中でも記憶や自我を失わない例がある」


「それが君だというのか」


「俺は記憶や陰陽道を引き継いだまま、この世界に転生した」


「だからこの世界でも、陰陽道が使えるという訳か」


 一応の納得を示したうえで、アルフが続けて訊いてくる。

 

「しかしそれだけの力を持っているなら、何故ひた隠しにしてきた? 僕なら見せびらかしてしまう自信がある」


「陰陽道で出来る事なんてたかが知れてる。戦いと、後は手品くらいだ」


 今度は俺がアルフと親父に尋ねる。

 

「……ここまで話を聞いて、この世界で言えば勇者の様な扱いを陰陽師が受けていると想像していないか?」


「いや。だって要は世界を救っている訳だろう?」


「妖怪ってのは一般人には認知されない。認知されないまま人間社会を蝕む魑魅魍魎だ。見えない知らない存在を退治した所で、誰が陰陽師を賞賛する?」


「……」


「まあ別に賞賛はどうでも良かった。ただ俺が欲しかったのは、自由だ」


「自由?」


「陰陽師だった前世に自由なんてなかった。日々人間社会の監視と戦い。その為の地獄のような修練。まるで監獄の様だった」


 語っている間に感情が入ってしまった。

 親父もアルフも、突っ込み辛いと言わんばかりの顔だ。

 少しアイスブレイクをしよう。


「だけど俺は俺を産んでくれた親父に、お袋に感謝している」


「よせよ、急に……俺達はお前に毎日領主としての苦労を強いてばかりだ」


「その苦労を一度してみたかったんだよ。人間らしい生活をしていなかったら、この日々すらも恋しいんだ」


 これは本当の話だ。

 俺は前世で妖怪達と死線を繰り広げている中で、下界で同じく何かに苦しむ人間を見ていた。

 不平等に、不条理に、競争社会に、人間関係に喘ぐ人間達を見てきた。

 だけどそうやって苦しむ事すら、俺には出来なかった。

 ハードルを乗り越え潜り抜け、その先にある幸せを享受する事が俺には出来なかったから。


「……信じるか信じないかは親父と、アルフ次第だ」


「そうか。話しづらい内容だったと思うが、腹を割って真実を話してくれたことに感謝する」

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