第5話 陰陽師、殿下と語る

 アレンが焦燥感を顔に出しながら、ひたすらアルフレッド殿下に向かって謝罪する。


「殿下とは分からず大変粗相を……」


「ほう。僕と分かったら途端に跪くのかい。君には信念がない」


 アレンの後頭部を押さえつけて、アルフレッド殿下も謝る様に膝をつく。

 それも王太子の登場でなんて反応すればいいのか分からない村人たちに向かって、だ。

 

「騒ぎを起こしてしまって申し訳ない。貴族を代表して、あなた達に謝罪する」


「いや、殿下にそのような事……!」


 次にアルフレッド殿下が向かったのはエルの下だった。

 首根っこを掴まれた猫の様なアレンも一緒だ。

 目を白黒させるエルに対し、跪く姿勢をとる。

 真摯に謝罪する紳士の姿が、そこにはあった。

 

「特にあなたには、謝罪してもしきれない恐怖を与えてしまった」


「い、いえ……!」


「謝って済む事ではないが、まず謝罪をさせてほしい」

 

 そういえばアルフレッド殿下はエルがセクハラを受ける直前に止めに入っていたな。

 何故こんなお忍びをしているのかは分からないが、もうその時点で傍観は止めていたのだろう。

 だがもっと早く止めに入るべきだったと、アルフの顔には後悔の念が刻まれていた。

 

「そしてツルキ……だったね」


 最後に来たのは、俺の所だった。

 

「済まない。直ぐに止めようとしたのだが、君が只者じゃないと思っていてね」


「いえいえ、俺なんかただの只者ですよ」


「そうかな? 先程の飛行は風魔術で飛んだのではなく、完全に重力から分離された様に見えたけどね」


 この殿下鋭いな……。

 先程兵士の群れに突っ込んだ事もそうだが、アレンとは根本から違う。


「それに僕の見立てでは、さっきのイノシシの魔物。倒したのは君だね」


「それこそ買い被りというものです。きっと別の理由で燃え死んだんでしょう?」


「おや? 誰もイノシシが燃えた、とは言っていなかったと記憶しているが? 君がそれを知っている理由を話してもらおうか」


「ええっ、先程ヴァロン卿が壮大に燃えたとか言ってませんでしたっけか?」


 適当に取り繕いながらも、墓穴掘ったと思った。

 俺の記憶でも、誰も燃えたなんて事は言っていないからだ。

 完全にこの殿下、見透かしてやがる。


「そもそも、普通は気丈に権力に逆らわない。君は村の先頭に立って、権力という理不尽と徹底抗戦を繰り広げた」


「この地方の人間を、村の人間を守るのが領主の息子である俺の務めなんで」


「心技体。全て君は常軌を逸しているよ」


 正直皆の前で、あまり称えるのは止してほしかった。

 褒められ慣れていないから、恥ずかしい。


「大体にして、さっきから君が話しているのは国王の息子だぞ? まったくヘコヘコ感が感じられない」


 アレンとは違って、揶揄う様な上から目線。


「おお! これは大変失礼いたしました、陛下! あれ? 殿下? どっちだっけ?」


 まずい、もう少し社会常識について勉強しておくべきだった。

 しかし俺が冷や汗をかいていると、物凄い高笑いをされた。


「もう遅い。寧ろ呼び捨てにしてくれ。殿下と呼ばれるのは正直嫌なものでね」


「あ、そうなの?」


「そうだ。多分君と僕は同い年だろう? アルフで構わないよ」


「じゃあ、アルフで。俺はツルキだ」


「って言われて切り替えられる人もいないんだがな。だがそれが君の強さなのだろう。こちらこそよろしく、ツルキ」


 強く握手を交わすと、アルフの眼が俺の家へ向いた。


「さてツルキ。もう一つの戦いをそろそろ終わらせるとするか?」


「戦い?」


「父君が戦っているだろう? そこに加勢しに行くんだよ」


 俺とアルフは二人で、親父とヴァロン卿が大人の会話をしているであろう館へ向かう。

 途中でアルフがこんな事を聞いてきた。

 

「時にツルキ、君は今何歳だ?」


「13歳だ。アレンと同い年だよ」


「そうか。ならば来年度魔術学院に入学できる歳じゃないか」


 確かにアルフの言う通り、魔術学院へは13歳の時に入学が可能になる。

 そこから3年の月日をかけて卒業まで魔術の鍛錬に励むことになる。


 確かに俺も入学は出来る。

 勿論魔術学院へ受験をしていれば、だが。

 そもそも一定以上の魔術や体術を習得していれば、だが。

 

「何か期待してたら申し訳ないが、俺は魔術学院には入学しない」


「それだけの力を持っているのにかい?」


「確かに魔術学院とか、学校教育機関には憧れている」


 きっと今、アルフの希望とは真逆の回答をしているのだろう。

 だが俺は魔術学院には行かない事にしている。


「今日来てもらったから分かると思うが、この地方にはやる事が山積しているんだ。親父の手伝いをして、いずれは俺も継ぐ。それに金も無いしな。俺だけ魔術学院に行っている場合じゃないんだ」


「そうか……残念だが、殊勝な心掛けだ」


「アルフはもしかしてグロリアス魔術学院に入学するのか?」


「ご明察だ。あのアレンとは同級生という事になるな」


「だとしたら、どちらにしてもアルフと同じ魔術学院に通うのは無理だ。俺は魔術はからっきしだからな」


 結構早足で歩いていたから気付いた時には、止まっていたアルフが少し遠くに見えた。

 非常に驚愕しきった表情で俺に詰め寄る。


「いやいやいや! さっきの君の浮遊や未来予知はなんなんだ! 魔術じゃないというのか!?」


「……それは」


「それにイノシシを焼き尽くしたのも君だ! あれが魔術じゃないってどういう事だ!? はっきりいってグロリアス魔術学院を首席で卒業どころか、賢者レベルの魔術師だ!」


「いっ、そ、そうなの!?」


 ここであまり距離が近い事に、「失礼」と間を置いてさらに続けてくる。

 だがアルフの言う通り、俺がやった行動が魔術でないなら何だ、という話になる。

 ちくしょう、今日は墓穴を掘ってばかりだ。

 あまり陰陽道を使って目立つ生き方はしたくないんだがな。

 この地方を支えつつ、のどかな丘から紙飛行機を投げるだけの人生で充分なんだがな。

 

 確かに前世でやってみたかったことの一つとして、学校というのは気になるんだけどな。

 

「謙遜深いのは結構だが、君の魔術はグロリアス魔術学院だろうと余裕で合格し、特待生としてお金を受け取る事が出来るレベルだ」


「そうなの?」


「ああ。だからさっき君が言った金がない、という問題はそれで解決する」


「だけどアレンやアルフが入学決まってるって事は、もう受験の時期はとっくに過ぎたろう?」


「いや。第二次入学試験が残っていてね。今からでも十分申し込めば間に合う」


「……まあ、俺はこの地方に残るけどな」


「もし君がここの領主として地方創生する気なら、なおさらグロリアス魔術学院に入った方がいい」


「何故だ?」


「卒業だけで箔がつくし、領主として必要な勉強も出来る。領主の跡取りとしての能力に十分還元される筈だ」


 この殿下、俺をグロリアス魔術学院に誘導してくる。

 同時に一体俺の正体が何なのか、という推察に思考を張り巡らせている様にも見える。

 だが警戒心を持った俺に気付いたのか、はっ、と声を出すと謝罪を始めた。

 

「済まない。出会ったばかりなのにしつこくて。正直、君の実力をこのまま開花させないのは勿体ないという僕のエゴもある」


「認めてくれるのは嬉しいが、期待には応えられない」


「だが君はさっき、学校生活に憧れていると言った。行きたいという気持ちはあるという事だろう?」


「……正直な」


「生まれ故郷を離れたくないという君の気持ちも尊重されるべきだ。ここは食事も美味しく、人も良い。素晴らしい場所だ。だからこそ君に一度、世界という物を知ってもらいたい」


「……」


「行こう、まずは父君を助けに。この地方を助けに。話はそれからだ」

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