第4話 陰陽師、最初の奇跡を起こす

「逃げ出さない態度だけは称えよう。それとも苦境という言葉を知らないだけか?」


 店の前の通りで、剣を構えるアレン。

 両手で剣を構える体勢には隙が無い。

 

 成程、これは厄介な戦闘になるかもしれない。

 世界一の名門魔術学院であるグロリアス魔術学院。

 入学するだけでも狭き門だ。入学試験は非常に競争率が激しいらしい。

 そこにちゃんと入学出来るだけの実力はあるという事か。

 

 アレンの刃を、柄から赤い魔法陣が通り抜けていく。

 直後、明らかに超高温の灼熱が刀身に宿ったのが分かった。

 あれが噂の魔法剣って奴か。上位の魔術師しか出来ない、高等魔術だ。

 付与したのは地水火風という魔術基本属性の内、一番殺傷力の高い火属性って所か。

 

 誇示するかのようにアレンが炎の魔法剣を天に掲げた。

 流石にこれはまずいな。俺も顔を思わずしかめてしまった。

 

「ここで最後のチャンスだ貧民よ。土下座をすればすべて水に流そう」


「うーん……どうしようかな」


「この期に及んで、まだ悩むなんて余裕があるのか……」


 あの魔法剣がどれだけ熱いか――は正直どうでもいい。

 陰陽道が露見しそうな危機に、俺は瀕していた。

 

 流石に陰陽道使わないでどうにかなる場面じゃない。

 だが周りからは村人や兵士達の視線が釘付けだ。

 陰陽道の媒介となる折り紙を使えば怪しまれる。

 俺が陰陽道の使い手だというのはひた隠しにしているし、これからも隠すつもりだ。

 

 陰陽道ではなく、魔術の一種と片付けられても都合が悪い。

 最悪、また世界を救うなんて面倒な事態に発展するかもしれない。

 俺はただ、普通の生活が送りたいだけなんだが。

 

「時間切れだ優柔不断が」


 とうとう怒りが頂点に達したような顔で、アレンが剣を上段に構えて突進してくる。

 仕方ない。陰陽道がばれない程度に、なるべく静かに陰陽道を使うしかない。


「だとすると……“易占”《えきせん》を使うしかねえか」


「だらあああああああああああ!」


 上段から振り下ろし。

 からの、右から横薙ぎの振り。

 距離を取った俺に、反対の手から魔術で火炎放射。

 左に避けた俺に、再び距離を詰め突き。

 あえてそのままの体勢。体を捻って魔法剣を紙一重でかわし、蹴りを見舞う。

 鍛えていない蹴りだからダメージは少ないだろうが、アレンは怯みながら困惑の表情を見せる。

 

「何故だ、何故当たらない!」


「いや偶然」


「嘘をつくな! 貴様何者だ! “さっきから全部未来予知しているレベルじゃないと”その動きは出来ん!」


「だから偶然だっての、こっちだって必死だよ」


 嘘だけど。

 “易占えきせん”で少し先の未来を見て、回避出来ているのだけれど。

 易占は占術の一種で、要はアレンの動きを占いながら動いているのだ。

 これは媒介も要らない陰陽道で、分かりやすい異常現象も発生しない。

 これなら周りに陰陽道の事を悟られず、偶然を装ってアレンに勝てる。

 

「だったら何で当たらないんだよおお!」


 アレンが焦燥しようがしまいが、何十回俺に向かって刃を振るおうが当たらない。

 その何十回先の軌道まで読めているし、範囲攻撃もしてこないから簡単に避け続けられる。

 アレンの必死そうな顔を眺めるのも趣向かと思ったが、あまり長引くと周りに怪しまれる。

 ここは偶然を装って勝つとしよう。

 

 その時、俺の後ろにいたのはさっきアレンに意見した少年兵だ。

 腰に帯刀している剣に手を伸ばす。

 

「ごめん、剣借りる!」


 返事も聞かずに剣を引き抜くと、今度は俺からアレンに突っ込んだ。


「ふ、ふん。攻撃はてんで素人じゃないか」


 と笑われた。別にツルキとして剣術を鍛えてきたわけじゃないからな。

 陰陽道には刃を使った接近戦なら、“剣印の法”という術がある。

 だがあれはダメだ。目立ちすぎる。

 なので素人らしく偶然を装って、易占えきせんで見える未来の隙間に突っ込む。


「なにっ!?」


 易占による未来予知でアレンの剣閃を全て潜り抜け、一気にアレンの懐まで踏み込む。

 そして偶然を装って、アレンの足を払って、一緒に転びこむ。

 馬乗りになった俺は、剣をアレンの首筋に付ける。

 

「おっとっと、格好悪い結末になっちまったが、これで終いだ」


「……貴様」


「マグレっぽいが、負けは負けだ。認めてくれるな、アレン様」


 ……駄目か。この後アレンが「ふざけるな!」と言って剣を振るう未来は変わらない。

 高貴さが売りなら、負けは負けと認めてくれよ。

 仕方ない――“アレンの髪の毛を一本引き抜いて”、逃げるか。

 

「ふざけるな!」


 未来予知通りの行動を取って俺が距離を取るや否や、全力の魔力が籠った紅の魔法陣が浮かび上がる。

 魔力の流れは分からないが、アレンの表情が理性なんてものを振り切っているのは分かる。


「死ね! フレアボール!」


 正直賛同しかねるネーミングの詠唱と共に出てきたのは――火球だった。


(ん? 全力にしては小さくないか? もしかして爆発するってオチか?)


 とも思ったが、易占えきせんで占った未来でも、そこまで大きな爆発はない。

 あれ? こいつ思ったより弱い?

 ……だがそんな事よりも、火球の進路は確実に被害者が出る。今度は避けるだけでは駄目だ。

 

 後ろ手でこっそりと紙飛行機を投げる。

 勿論、既に陰陽道を仕込んである。火球に皆目が釘付けで、折り紙には気付かない。


 火を打ち消すには、定石通り水の属性が最適だ。

 だから今投げた飛行機には、水属性の霊力を仕込んでおいた。

 

(“水不知みずしらず”!)


 火球と紙飛行機が衝突した瞬間、道を埋め尽くす噴水が天へ伸びた。

 勿論火球は一瞬で鎮火した。

 水浸しになる観衆だが、丸焦げになるよりはマシだろう。

 

「貴様、今度は何を!?」


「誰だか知りませんが鎮火のご協力、ありがとうございまーす!!」


 と、今の水柱は勇敢な兵士が魔術で出した事にした。 

 だが、俺が地面にいる限り魔術を放たれたら周りに被害が出る。

 ならばすべき行動は一つ。

 “俺が地面から離れるしかない”。

 

「えっ」


「あれ、浮いてない……?」


 ざわつきが耳に触った。

 全員、アレンさえも完全に呆けた表情でこっちを見上げている。

 

 ん?

 飛ぶの、そんなに珍しい……?

 重力の制約解除なんて、陰陽道じゃ名前も付かないくらいに基本なんですが。

 

「おい、あんな魔術あるか……!?」


「出来るとしても相当数が限られているぞ……奴は一体何者だ!?」


「いや、飛行できるとしても、あんなに自由には……!?」


 試しにちょっと皆の周りをぐるぐると飛び回ってみると、ある人は完全尻もちをついてしまった。

 アレンでさえも、完全に驚愕しきった顔でこちらを見てくるではないか。


 物凄い嫌な予感がするんですが。

 ……あれ、俺まさか、これはやってしまったか?

 

「あれ、これくらい魔術じゃ当たり前、ですよね……?」


「そんな訳あるか……お前本当に何なんだよ」


 アレンの反応と周りの反応が一致している。

 気づくのが遅すぎた。

 魔術では、飛行は超上級魔術師にのみ許された特権らしい。

 結論。この世界の魔術は陰陽道より、遅れている。


 その事実に今気づいた俺は、何事もなかったかのように地面に降り立つのだった。

 周りの奇異な目を何とかする方法を模索する。でも上手い言い訳が思いつかない。

 そもそもそんな暇は無さそうだ、と易占による未来予知がアレンの行動を示してくれた。

 

「お前が何者かは分からないが……不気味な奴だという事は分かった」


 占い通りの言葉を発したアレンが、再び眼前に魔法陣を生み出した。

 

「お前の様な化物は、この俺が消してやる!」


 仕方ない。これはやりたくなかったが。

 ポケットの中で仕込んでいた人型の折り紙に、さっき引っこ抜いておいたアレンの髪の毛を括り付けた。

 そしてこの折り紙を媒介に、少し最低な呪術を発動する事とする。

 もうこんな茶番は終わりにしよう。

 

「“丑の刻参り”」


「うっ……」


 呟きながら、ポケットの中でアレンの髪の毛ごと、人型のお腹の部分を絞めつける。

 するとアレンの前から魔法陣が消え、腹を抑えてその場で蹲った。

 

「な、なんだこれ……」


「どうした、お腹でも痛めたか? トイレへ案内しようか?」


「う、うるさい……」


「日頃の行いが悪いって事だ。まだ戦う気か?」


「む、無論、き、貴様なんぞ、ぞ、ぞあああああああああああああああああああああああ!!」


 更にポケットの中で今度は人型の頭を絞めつける。

 同時、アレンが頭を抱えながら悲鳴を上げた。

 

 “丑の刻参り”――人型を衒った折り紙に、相手の髪の毛を巻きつける事で発動する呪術中の呪術。

 発動すれば、“人型折り紙が受けたダメージが、そのまま相手に伝導する”。

 だから俺が人型折り紙の腹を指で潰した時は、猛毒でも食べた様に腹を下した感覚だろうし。

 俺が頭を指で潰した時は、万力で潰されるような激痛がアレンを襲った事だろう。


 人型に釘でもなんでも穴をあけたり、破いたりすれば相手は死ぬ。


 一見条件を満たしさえすれば必勝必殺の呪術に見えるが、一応抜け道はある。

 だが少なくともアレンがこの丑の刻参りを打ち破ることは出来ないだろう。

 

「お前……何をやった!?」


「何もやっていないさ。そちらの体調管理不足だろう」


「さっきの浮遊といい……貴様一体……」


「――勝負はついたな」


 甲高い拍手の音がした。

 その方向を向くと、一人の兵士がこちらに歩いてくる。

 さっきアレンに楯突いた、勇敢な少年だった。

 

「お、お前ら何をしている! そいつを捕まえとけと言っただろう!」


「それが……このお方……」


 アレンの恫喝に対しても、誰一人反応しない。明らかに皆、様子が変だ。

 アレンからの圧力以上に、何かに怯えているような顔をしている。

 一人笑みを絶やさない少年兵士は、俺とアレンに近づいてこう言った。

 

「お前も侯爵の息子なら、恥をかかない振る舞いをするべきだ。テーブルマナーまでは良かったんだがな、その後の娘への淫行、兵士への暴行、そして決闘に負けたにもかかわらず見苦しいったらありゃしない……」


「何をペラペラと……俺を誰だと思っている! 俺は……!」


「じゃあ僕が、誰だか分かるのかな? アレン君」


 不穏な空気を漂わせる発言をしながら、少年兵が兜を脱いだ。

 この世界では珍しい金髪に、とても端正な顔立ち。

 多分13歳である俺と同い年なのは間違いないし、更に言えばかなり良家の生まれだ。

 だが甘い蜜しか吸ってこなかった様なアレンの箱入り息子的な顔とは違う。

 本物の、大物のような顔立ちだ。酸いも甘いも知っていると言った顔だ。

 

「あ、あ……そんな……」


 さっきまで傲慢が服着て歩いていたようなアレンが、わなわなと顔を青ざめさせた。

 終いにはひれ伏した。

 

「アルフレッド殿下……!」

 

 うわ、この人思い出した。

 現国王の息子の――アルフレッド=アイルラーン様じゃないか。

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