第3話 陰陽師、貴族の暴走を止める


 豪華絢爛な馬車から降りてきたのはまず二人。

 左右に伸びた髭を擦る高貴な男と、明らかに育ちがよさそうな息子がすまし顔でこちらへ歩いてくる。

 しかもぞろぞろと前も後ろも帝国兵で固めている。

 自分を守りたいのか、権力を誇示したいのかが良く分からなかった。

 

「ヴァロン卿。今日は遠路はるばるお越しいただき、ありがとうございます」


 親父が握手しようと差し伸べた手を払うヴァロン卿。

 髭を触りながら、少し苛立った様子をこちらに向ける。

 

「道が険しすぎる。人の住む所とは思えん。近い内に公道整備を取り付けるとしよう」


「それは、ありがとうございます」


「勿論お前達この地方の金でな」


 愕然とする親父と、全てを見下した様な目線のヴァロン卿。

 さっきから髭触ってるの、トレードマークだとでも思ってるのか?

 

「先程、イノシシの魔物にも遭遇した。勝手に死んでいったがの」


「……左様でございましたか」


「あんなものを放置する君の姿勢にも、問題があるんじゃないのかね」


 親父が何も言い返せず、笑顔を保ちながらも掌を強く握りしめている。

 

「だが今日は、お前達から取り立てる税金の話をしに来た」


「恐れ多いですが、税金がこれ以上増えたら……領民は生きていけない。今でもカツカツなのです」


「業腹だ。この程度の家など、幾らでも取りつぶしが出来るのだぞ」


「私どもの家が無くなろうとも構いません。ですが何よりも領民の生活が第一です」


 流石親父。領主として守るべきものを分かっている。

 

 しかしいつの世も、こんな呼吸するように人様を養分とする神様気取りがいるもんだ。

 ヴァロンの息子であるアレンも似たようなものだ。

 二回りも三回りも年上の大人に、よくぞまあ馬鹿にした面が出来るもんだ。


「……まずは、長旅で疲れた。続きは座ってゆっくりやるとしよう」


「分かりました。こちらへどうぞ。ツルキ! アレン様をお食事場へ案内差し上げろ」


 この手の話は内密なものとなる為、最低限の当事者だけでやるのが決まりだ。

 息子と言えど未成年であれば参加することは出来ない。だからこそヴァロン侯爵のご子息アレンが暇にならない様、村で最大限の料理を振舞って暇にさせない。


「君は、さっきの領主様のご子息かい?」


 甲冑に身を纏った兵がぞろぞろと一緒に歩いているからか、鉄の足音で聞こえづらい。

 辛うじて聞き取れたので、最大限の社交力を持って応じる。

 転生してから一番成長したのが、この社交力なのだ。

 

「そうです。シンタ=アンフェロピリオンが息子、ツルキ=アンフェロピリオンです」


「だよね。お父さんと同じで、あまりいいもの食べてなさそうだもんね。領主でこれじゃ、出てくる料理もたかが知れてるかな」


「この辺りは土の質が良いので、使う食材も美味なものばかりです。そう見えるのは、質素倹約に努めているだけです」


「まあいいけど。それよりも今から行く店には、女はいるだろうな」


「ええ。村一番の娘に料理を持たせます」


「ふふ、少しは楽しめそうだ」


 今すぐにでもこいつを丸焼きにしたい気持ちを抑えて、食事場となる店に到着した。

 何が苛立ったかって、この村の料理を不味そうだと言った事だ。

 どこまで田舎を見下したシティボーイだこいつ。

 

 だが親父も、あの胃がはち切れそうな侯爵様相手に頑張っている。

 俺だけが台無しにするわけにはいかない。


「ふぅん、確かに美味しいな」


 木の皿に盛りつけられた前菜や肉料理を口に運んでいく様を見る感じでは、そこまでトラブルにはならなそうだ。

 上流階層らしい礼儀に沿った食器使いで、淡々と咀嚼していく。

 だがどうやら料理に興味があるというよりは、隣で相手している村一番の娘――エルに酔いしれているようだ。


「だが先程から運んでくれる、この子が可愛いからかな」


「きゃあっ!?」


 確かにほれ込むのは分からなくもない美貌だがちょっと一線超えている。

 体を密着させ、肩に回した手で……どうみてもセクハラしているな。

 エルはというと機嫌を損ねてはいけないという使命感で笑顔を取り繕っている。

 だが恥辱に精神を蝕まれていき、次第に涙目になっていく。

 

 だが村の人間と言えば、アレンの権力が怖く見過ごす他ない。

 兵士も同じだ。エルに申し訳ないという顔をしながらも、アレンという権力に屈している。

 

 仕方ない。

 親父、ヴァロン卿との話に差し支えがあったら申し訳ない。

 だが流石に服の中に手を突っ込まれて、それでも笑顔を無理に取り繕っているエルを見たらいても立ってもいられない。

 俺の社交力も限界だ。

 

(止めるか……)

 

 俺が制止しようと前に出ると、割り込みがあった。

 兵士だ。だがその兵士は主人の邪魔をする俺を捕えようとした訳ではなかった。

 寧ろお楽しみ中のアレンに向かって物申し始めた。


「アレン様、それ以上はなりません」


 少し胸がスカッとした。

 こんな風に権力に対して物申せる兵士もいるもんだ。


「なんだ、一兵卒のくせに俺に指図するのか」


「人権を無視するような振る舞い、侯爵の名誉を傷つけるとは思わないのですか」


 口だけならともかく、更にエルをなぞっていた手を掴んだのだ。

 この兵士、天晴にも思い切った事をする。

 だが当然アレンは青筋を立てて、声を荒げる。


「離せ気持ち悪い!」


「危ない!」


 アレンが力づくで兵士を振り払う。

 丁度近くにいたおかげで、俺がその兵士を受け止める事が出来た。


「大丈夫ですか」


「ああ、すまない……」


 ん? 上背と甲冑のせいで分からなかったが、こいつよく見たら俺と同い年くらいの少年じゃないか。

 しかし整った顔だ。しかもどこかで見た事がある。

 

「誰かその兵士を取り押さえろ。親父に言って重罪にしてやる」


 静かに怒気を孕んだアレンの命令があった。

 ぞろぞろと兵士が、勇気を出した少年に向かって群がり始めた。

 他の兵士は本当に操り人形だな。

 

「……どいつもこいつも権力が怖いのは分かるが、素直にうなずけたものじゃないな」


 思わず声に出しちまった。

 図星を突かれた全兵士の鋭い視線が俺に集まり、勇敢な少年兵も意外と言った顔でこっちを見てくる。

 その少年兵の肩をポンと叩きながら、言いたいことをぶちまける。

 ええい、もうなるようになるさ。

 後の事なんか、後で考えればいい。

 世界の為に我慢して後悔するような人生なんて、前世で終わりだ。


「今お前達がしょっ引こうとしてるこの兵士は、猥褻行為を受けているエルを救おうとした。お前ら兵士が法の番人だってなら、どっちを羽交い絞めにすべきかは説明するまでも無いよな?」


「ああ、面倒だな! おい! その貧乏領主の倅も捕まえろ!」


 兵士達の後ろから、理不尽な命令を投げるだけの声。

 だがアレンに逆らえない兵士達は、込み上げる罪悪感に苦しむ顔から一転、“仕事”をこなすプロの顔に変わる。

 思わず笑っちまった。

 操り人形の様に世界を救っただけの、前世の誰かさんを思い出して。


「お前ら、自由じゃねえな。まるで世界の歯車みたいだ。人生楽しいか?」


「うるさい。アレン様の命に付き、ツルキ。貴様も拘束する」


 聞く耳持たずで、群がる兵達が腰から剣を抜き始めた。

 さてどうするかな。と思案していると横で少年兵士が群れに突っ込む。

 

「おい、あんた!」


「僕の事は気にするな……!」

 

 流石に多勢に無勢かと思えば、寧ろ逆だった。寧ろ少年兵士が圧倒している。

 剣も持っていないのに、まるで人体の動きを分かっている様な的確な体術を披露しては、次々と兵士達を地面に倒していくのだ。明らかに修練に修練を重ねた動きだ。こいつ間違いなく普通の兵士じゃない。

 俺も呆気に取られていると、少年兵士が俺の方を向く。


「君の正義を信じよう。アレン様から娘を解放するんだ!」


 巧みな動きで、アレンまで一直線の道を開けてくれた。

 これならあの子を助けられる!

 

「誰だか知らないが強いな。助かるぜ!」


 空いた空間を通り抜けると、不測の事態に苛立っていたアレンの眼前まで辿り着いた。

 エルに伸びていた手を掴み上げると、すっかり怯え切っていたエルをアイコンタクトで遠ざける。


「貴様……!」


「生憎この村には風俗店はないんですよアレン様。これ以上食事を楽しまず、害を撒き散らすだけならどうぞお帰り下さい」


「ふざけるな! 俺は侯爵の息子だぞ! 今貴様は何を言っているのか分かっているのか!」


「ええ、お客様は神様と言わんばかりの疫病神を除霊している最中にございます」


「この僕が……疫病神!? しかも除霊……!?」


「先程あなたの相手をしていた、エルの顔をご覧ください」


 俺が指差した先には、店主である母親に抱き寄せられやっと自由に泣けたエルの顔があった。

 無礼千万に怒り狂うアレンとは真反対の顔だ。


「侯爵の身内ってのは、あんな風に女の子を泣かせる権利でも持ってるんですかい?」


「おい! 何を泣いてんだ! 俺の側室にしてやるほどの器量を持ってるんだ、そこは喜ぶところだろう!」


 どこまでも傲慢な野郎だ。


「こんな貧村から解放してやるんだぞ! 黙って傅けばいいだろ!」


「なんだと!?」


「いい加減にしろよこの成金野郎!」


 遂に村の人間からも野次が飛び始めた。兵士達を数の利で抑え始める。

 アレンが何故俺に逆らうんだ、って顔をして周りを見渡す。

 外見の華やかさでしか価値を見出せない奴には一生分からないがな。


「どうやら料理がお口に合わなかったようだ。この地方の代表として謝罪しましょう」


「……」


「ですがこの村は土が良い。取れる作物には絶対の自信があります」


 再び先程までアレンに不貞行為をされていたエルを見る。

 彼女が作る料理は間違いなく美味しいし、笑顔という最高の香辛料を振りまく子だ。

 良く飛ぶ紙飛行機の様にいつも笑って、食事に来る俺に夢を話すのだ。

 あんな泣き顔を見るのは初めてだし、見たくもない。


「あの子はいずれこの地方の料理を発展させ、世界に轟かせるという計り知れない夢を抱いています。あなた如きが穢していい未来じゃあないんですぜ」


「如き……貴様、先程から俺を何だと思っているんだ」


「先程も申しましたが、あんたは疫病神だ。とっとと何でも世話してくれる貴族の世界に帰ったらどうだい、アレン様」


 ドン! とアレンがテーブルを叩く音が全ての時間を停止させた。

 爆発前の爆弾という感じで、怒りに震わせながらアレンが立ち上がる。


「親父に頼んでこの村を廃村にするのは容易い……だが俺がまるで何もできないという言い方は無視できんな」


 置いてあった剣を鞘から抜いて、銀の刀身を俺に見せつけてくる。

 今にも人を殺さんとする気迫も酷いくらいに伝わってくる。


「貴様と違うのは爵位だけだと思うな。僕は来年度からグロリアス魔術学院への入学が決定している」


「グロリアス魔術学院?」


 聞いた事があるな、世界一の名門魔術学院か。


「表に出ろ。この村を潰す前に、お前をすり潰す」

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