第2話 陰陽師、転生する
「この世界でも、紙飛行機は良く飛ぶからまあいっか」
彼方まで飛んでいく紙飛行機を見つめながら、俺はそう呟いていた。
森が一望できる丘で日向ぼっこをしていたら前世の夢を見たので、ちょっと感傷的になったのかもしれない。
そもそもこの世界でも“ツルキ”という名前なので、あまり前世から変わった気はしないのだけれど。
「“もう一回”」
俺が口にすると、丘の下の森に着地した紙飛行機が一人でに飛んできて、俺の手元に戻ってくるのだった。
陰陽道としては、息をした程度の術だ。
ただしこの世界では、陰陽道と言う言葉すらない。
代わりに魔術という概念が存在する。
スマートフォン等の文明の利器を生み出す地球人とは異なり、一人一人が魔力と呼ばれる摩訶不思議な才能を持つ。
それを媒介に、様々な現象を引き起こすのが魔術だ。
ただし、勿論人によって個体差はある。使えないも同然の人間もいる。
「さて、早く良い風が吹かないかな……って、ん?」
丘の下で砂煙が巻き起こっている。
目を凝らしてみると、何とも巨大なイノシシが木を薙ぎ倒しているではないか。
魔物――前世で言えば知能を持たない妖怪だ。妖怪よりも積極的に人間を襲うから質が悪い。
イノシシの前では、林道を馬車が駆け抜けている。
だがサイズが違い過ぎる。追い付かれるのは時間の問題だ。踏み潰されるのは時間の問題だ。
「ははぁ、さては王都からのご来賓か何かかな」
見つけてしまった以上、無視して死なれては寝覚めが悪い。
結構完成の高い紙飛行機だったが、仕方ない。これを呪術の媒介にしよう。
霊力を炎の属性に変え、紙飛行機に宿す。
「“
陰陽道は、霊力の入れ物たる媒介に込める事で発動が出来る。
俺にとっては折り紙が十八番の媒介だ。
放った紙飛行機は陰陽道によって高速で飛んでいき、遠く離れたイノシシへ激突する。
途端、霊力が焔となって暴発する。
爆炎にすっぽりと覆われた巨大なイノシシが、大火の中で停止する。
苦しまない様即死させたので、許してくれ。
だが飛び散った火の粉が、辺りの葉に移った。このままだと森が大火事になっちまう。
言い訳だが暫く陰陽道使わない間に、加減が苦手になってるな。
「まあこの世界に陰陽道は必要ないからな」
と言っている間にまた一つ紙飛行機を降り終えたので、今度は満天の青空に向かって放つ。
紙飛行機に込められた水属性の霊力が、雨雲となって空を覆いつくす。
要は――雨ごい。天候操作だ。
「“雨男”」
燃え広がった部分にのみ降り注いだゲリラ豪雨は、瞬く間に消火してくれた。
後に残ったのは、真っ黒こげになった魔物のイノシシだけだった。
混乱の最中、馬車はいずこかへと消えてしまったらしい。
「……はぁ。今日は帰るか」
陰陽道を解き、霊力で作った雲を消すと村へ戻ることにした。
正直、こういう時でもない限り陰陽道は使いたくない。
だから親にも俺が陰陽道を使える事も、陰陽道という概念についても教えていない。
誰も俺が陰陽師である事は知らないし、それでいい。
陰陽道はかつて急急如律令という前置きが必要だった事も、詠唱破棄と呼ばれる技術によって前置きが必要なくなった事も、この世界の住民には教える必要はない。
この世界に、陰陽師は必要ない。
この世界に、降神憑きは必要ない。
この世界では、俺はまだ13歳の一般人だ。
何も考えずに、紙飛行機の様に少しの自由があれば、それでいい。
「おう、帰ったかツルキ」
俺の帰りを出迎えてくれた、父親のシンタ=アンフェロピリオンはこのアンフェロピリオン地方の領主だ。
領主とは言っても爵位は非常に小さく、治める範囲も狭い。
とはいえ土の質はいいし、こっそり陰陽道使って天候も操作しているので、食糧には困ってはいない。
前世で人間らしい生き方が出来なかった俺からすれば、恐ろしく恵まれている環境だ。
こんな静かな暮らしをしたかったからだ。
シンタ――親父には感謝しかない。
「暫くは、無用の外出は控えるんだ」
「なんで?」
帰るなり言われた忠告に、疑問で返した。
「この辺で、イノシシの魔物が発見されたようだ。王国で討伐隊が組織されたが、何回もやられている」
「あぁ……」
まさかさっき俺が丸焼きにしたイノシシじゃなかろうな。
しかし単独では無理でも、精鋭兵士が討伐隊組んでれば確実に倒せそうだと思うんだがな……。
「去年母さんが亡くなって、お前まで失うわけにはいかないんだ」
「……ああ、分かったよ」
母親は、親父に負けず優しい人だった。
だが生まれつき体が弱く、俺を産んだのをきっかけに衰弱の一途をたどって、去年亡くなった。
聡明で、優しい母だった。
相方がいなくなり、多忙極める中でこうして俺との時間を取ってくれている親父もだ。
これ以上心配させる訳にはいかないと、俺は深く頷いた。
もう多分その魔物、焼イノシシになっているけれど。
「おっと。すまないが、これから準備が必要でね」
「準備?」
「ああ。侯爵がここに来るのでね。父さんはそのおもてなしの準備に取り掛からないといけない」
侯爵……この王国の中でも、二番目に高い爵位の事だ。
そんな貴族が来るとなれば、確かにさっきから後ろで忙しくテーブルセッティングしているのも分かる。
一地方の領主と、侯爵ではその力は天と地程に差がある。
「済まないがツルキ。侯爵のご子息も来る。その相手をしてもらえないか?」
「ああ。それだけでいいなら」
「話は俺とヴァロン侯爵だけでする」
「ヴァロン侯爵……!? 聞いた事があるぞ。結構傲慢な振る舞いが多い貴族じゃないか」
俺は嫌な予感をしながらせっせと一緒に準備を始める。
準備完了と同じくらいのタイミングで、ヴァロンを載せていると思わしき絢爛豪華な馬車が見えた。
ん? あの馬車、見覚えがあるぞ。
さっきイノシシに追われて、慌ててた馬車じゃないか。
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